第百八十四話
関中佐の仕事は早く、翌週には任命書と身分証明書が送られてきた。非常勤とはいえ軍の一員となるので階級も付与されている。
「関中佐、優に入れ込んでるなぁ」
「評価してくれるのは嬉しいけど、良いのか、これ?」
俺に与えられたのは准尉という階級だった。これは曹長という階級と少尉という階級の間に位置する物だ。この世界の階級制度は前世帝国陸軍とちょっと違っている。この准尉という階級の扱いもその良い例だ。
准尉は少尉にしたいが何らかの理由があってまだ少尉には出来ないが、少尉になる事はほぼ確定している者がなり少尉とほぼ同等と見做される。
そして曹長と少尉の間には特務曹長という階級があり、位置的には准尉と同じだが扱いはかなり違っている。
特務曹長は何らかの都合で少尉並みの指揮権限を持たせる必要があるが、少尉にさせられない曹長がなる階級だ。
特務曹長は少尉になる事はほぼ無いが、准尉は逆にほぼ少尉になるのだ。周囲から向けられる目はかなり違ってくる。
「優ちゃんは士官学校に入る事はほぼ確定だし、遅いか早いかの差よ」
「あいつが知ったら卒倒するわね。知らせに行きたいわ」
舞が言うあいつは、多分正月の事件の上等兵だろう。俺が奴より上の階級になったと知ったら、どんな顔をするのか見てみたくはあるな。
そんな事がありつつも五月が終わり六月に突入した。ベルウッド学園では六月に一つの行事が行われる。
「先生、単独行動の申請用紙を下さい」
ある日の放課後、俺は修学旅行での単独行動をする為の申請用紙を貰うために職員室に出向いた。
「滝本は班行動しないのか。特別な理由が無ければ許可は出ないぞ」
この学園の三年生は六月に修学旅行に行く事が決まっている。秋口に行く学校もあるのだが、受験の迫った秋に行くよりも余裕がある六月の方が良いとの判断だ。
ベルウッド学園はエスカレーター式に高等部に進学出来るのだが、外部の高校を受験する者は皆無という訳では無い。
なのでそんな生徒に気遣い六月に修学旅行が決行される。行き先は定番の京都と奈良だ。
俺には財閥が運営する私立中学なら海外に!というイメージがあるが、この世界では旅客機の国際便など存在しない。
船を使えば海外旅行も可能ではあるが、その期間は長くなるので学生が行くのは現実的とは到底言えないというのが現状だ。
「実は陸軍からの要請を受けて軍属となりました。出先で軍務に就く可能性もあるので、班行動の日は単独行動の方が良いと判断した次第です」
「在学中に軍属だと?・・・うわっ、情報部所属で准尉?!」
余程衝撃が大きかったのか、届いたばかりの身分証を提示すると先生は大声をあげてしまった。当然その声は周囲の教師にも聞こえ、ざわめきが広がっていく。
「あっ、すまんな。つい大声を出してしまった。しかしそういう理由なら間違いなく受理されるだろう。必要事項を記入して提出するように」
「わかりました。後ほど提出します」
生徒の個人情報を大声で叫ぶのは論外な行為だが、どの道教師には伝達されるだろうから問題ない。しっかり伝わっていてくれないと、関中佐からの依頼で授業を抜ける時に支障がでるかもしれない。
しかし偶然とはいえ最高のタイミングで軍属になる事が出来た。お陰で単独行動する口実が出来たのは嬉しい。
俺が単独行動する理由、それは一人で伏見稲荷大社を訪れたいからだ。同じ班の人が居るのに玉藻になるのはまずい。なので一人で伏見稲荷大社に行きたかったのだ。




