第百八十一話
「お兄ちゃん、あれを見た後でイカ玉頼むって・・・」
「それはそれ、これはこれだ。細かい事は気にしない」
普段自分が倒した突撃牛やオークのお肉を食べているのだ。そんな事は気にしていられない。
「でも、本当に海中にダンジョンが現れたら恐いわね。誰も気付けないし間引きも出来ないわ」
「水中で戦うなんて、お兄ちゃんでも無理よね」
「それは流石に無理だな」
玉藻なら空歩の応用で水中を歩けるかもしれないが、あれは水中でも足場を作れるのだろうか?
「お待たせ致しました。豚玉二つにミックス、イカ玉です。ご注文はこれでお揃いでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
注文したネタが届いたので各自で焼いていく。舞の手付きが少し危うかったが、母さんが上手くフォローしていた。
「お兄ちゃん、上手くひっくり返したわね」
「器用さには自信があるからな」
幼い頃からの訓練は伊達じゃない。その成果は木彫りや調理でいかんなく発揮されている。
「真面目な話、海中のダンジョンが出来ていたなんて事ないわよね」
「少なくとも帝国海軍の活動範囲内では聞いたことは無いな。軍が秘匿していたら分からんが、無いと思いたいな」
焼けたお好み焼きを食べながら会話は続く。訓練施設という特性から人が入れない海中にダンジョンがあるとはまず考えられない。
情報源を明かせないので言えないけどね。まさか素戔嗚尊様から直接聞きましたなんて言えるはずも無い。
全員お好み焼きを完食しお会計を済ませた時、それは起こった。店の中程から女性の悲鳴が店内に轟いたのだ。
そちらを見ると、その女性の連れらしい男性が倒れている。悲鳴をあげた女性はいきなりの展開に何も出来ず震えていた。
「優、すぐに救急を呼んでくれ。いいか、皆ここを動くなよ」
「もしもし、急患です。新都心西口のお好み焼き屋で人が倒れました。少し離れているので詳細はまだ分かりませんが、父が医師で見に行っています。取り敢えず救急車をお願いします」
まずは救急車を寄越して貰うのが先決だ。父さんが診断して内容は改めて伝えれば良いだろう。
「私は医師です、通して下さい!」
「おお、お医者さんか。血を吐いているみたいなんだ」
倒れた人の周囲に集まっていた人達は父さんが通る道を開けてくれた。父さんは患者さんの側に座りそっと手に触れた。
「ふむ、この人は重度の胃潰瘍みたいだ。食中毒や感染症の類ではないから安心して欲しい」
「な、何でそこまで分かるんだ?手に触っただけだろう?」
「父さんは接触する事で相手の健康状態が分かるスキル持ちです。診たては間違いありません!」
父さんを疑う声が出たが、すぐに説明したので疑う声は無くなった。俺は再び救急の電話をして父さんがスキルで診断した事、重度の胃潰瘍で吐血した事を伝えた。
程なくして救急隊が到着。救急本部から連絡が来ていたようで、隊員さんは父さんに感謝の言葉を述べると手際よく患者さんを収容していった。
「お客様、本当にありがとうございました。お陰で助かりました」
店長さんの心のこもったお礼を受けてお店を後にした。原因がお店に無いと即座に判明したのはお店にはかなり有り難かっただろう。
「お父さん、凄く格好良かったよ!」
「本当だよね。母さんも惚れ直したんじゃない?」
顔を真っ赤にしながらも手を繋いで歩く父さんと母さん。これは新たに弟か妹ができるかな?




