第百八十話
「家族揃ってのお出掛けは久しぶりだな」
「そうですね。去年の氷川様以来ですか」
翌日、朝食を食べた滝本家は一家揃って電車に乗って新都心へと繰り出した。昨晩話した映画を鑑賞するためだ。
「じきに切符が変わるらしいな。紙の切符だった頃が懐かしいよ」
「紙の切符に鋏を入れてたなんて優ちゃんも舞ちゃんも知らないわよねぇ」
この世界の俺は体験していないが、前世では紙から磁気読み取りに、そしてイオカードを経てスイカになったのを経験している。
この世界の切符はQRコードに変わろうとしているが、前世の世界も変わっているのだろうか。
両親の昔話を聞いているとすぐに新都心駅に到着した。何台も自動改札機が並ぶ広い改札口を出るとピアノが置いてあった。
「あっ、あれ自由に弾けるピアノよね」
「そうだな。残念ながら弾く人はいないみたいだな」
このピアノは演奏系動画配信者の人が弾いている動画を見た事がある。しかし今は誰も弾いていなかった。
イベントやコンサートに使われる埼玉ウルトラアリーナと反対の東口に出ると複合商業施設が建っている。その中の映画館が目的地だ。
「おっ、ここだな。パンフと飲み物、ポップコーンを買わねば。優、舞、ポップコーンは塩か?キャラメルか?」
入場券を買って館内に入ると、父さんは売店であれこれと買い出した。父さんは間違いなく俺や舞より浮かれていた。
「お父さん、私達よりはしゃいでるよね」
「ああ。父さん、そんなに映画好きだったのかな?」
俺は塩で舞はキャラメルをリクエストし、飲み物とポップコーンを受け取って室内に入る。席は正面の中央寄りを四人並びで取る事ができた。
程なくして館内の照明が落ちて暗くなった。上映前の注意事項が流され、本編が始まった。
内容は東京湾内の海中にダンジョンが生まれたが人間はそれを把握出来なかった。誰も潜らないダンジョンではモンスターが増え続け、氾濫を起こすというもの。
海中から船舶を襲うモンスターに人間は戸惑い、被害は拡大する。しかし軍艦に探索者を乗せて魔法を中心に攻撃する事で反撃の狼煙を上げる。
犠牲を出しながらもモンスターをほぼ討伐したものの、最後に出現する巨大大王イカに人間の攻撃は通用しなかった。
魔法は大して効かず、剣や斧、戦鎚での特攻も体表に傷を付けるに留まった。
万策尽きたと思われた時、海軍は最後の手段に打って出る。国中からオリハルコンを集め、それで戦艦主砲の弾丸を作成した。
国民の期待を一身に背負った連合艦隊旗艦尾張は五十センチ主砲のオリハルコン弾で大王イカの討伐に成功したのだった。
「中々に面白かったな」
「どこかでお昼を食べましょう」
上映が終わって映画館を出る。父さんは中々面白かったと言っているが上映中は物語にかなりのめり込んで見ていたな。
「お父さん、反対口だけど自分で焼くお好み焼き屋さんがあるみたい」
「それは面白そうだな。お昼はそこにしようか」
お店が駅の向こうなので連絡通路を渡る。改札前ではピアノを弾いている人がいて、綺麗な音楽が聞こえてきた。
「四人ですけど入れますか?」
「すぐ入れますよ、こちらにどうぞ」
店内の席はかなり埋まっていたが、幸い待たされる事無くすぐに席に通された。父さんと舞は豚玉、母さんはミックスを頼み俺はイカ玉を注文した。




