第百七十五話 陸軍情報部にて
「お帰りなさい、中佐。文部省担当者への連絡はやっておきました」
「お疲れ、日曜なのに済まないな」
いつ何処で何が発生しても対応出来るように陸軍情報部には日曜日だろうと部員が詰めて緊急時に備えていた。
「折角の日曜日に出勤となった君達に朗報だ。お土産を貰ってきたぞ」
集まってきた部員に対して関中佐はプラスチックのタッパーを鞄から取り出した。
「干芋とはまた渋いお菓子を選択しましたね」
「これは買ってきた物ではなく滝本家からの貰い物だ。何と、優君の手作りらしい」
関中佐の言葉を聞いた部員達は一瞬固まった。そして中佐に怒涛の質問を投げかける。
「えっ、あの男の娘が作ってくれたお菓子なんですか!」
「市販品を優君が詰め直したから手作りとかじゃなくですか?」
「買ってきた薩摩芋を優君が調理したらしいぞ。市販品より美味しいからな」
実際には畑から薩摩芋を掘る所から優の手で為されているが、関中佐にそれを知るよしはない。
「生産者の顔写真付きなら一枚千円でも売り切れそうな逸品だなぁ。食べるのが勿体ない」
「うわっ、美味しい!こんなに美味しい干芋、初めて食べた!」
一口食べた部員は手が止まらなくなり、たちまち干芋は欠片も残さず完食されてしまった。
「食べ終わった所で仕事の話だ。先に伝えた通り、優君は参加を快諾してくれた。彼と組ませるパーティーだが意見はあるか?」
「スキルの特殊性を鑑みて、パーティーは変わらないようにした方が良いでしょう」
「となると年齢が近いパーティーだな。その方が長く組める」
連携もあるのでパーティーのメンバーは変えない方が望ましい。しかし軍では目的によりパーティーを組み替える場合がある。
優の場合性別を任意に変えられるという特殊性から下手なパーティーと組ませると問題が起きる可能性もある。
なので問題を起こさない信頼出来る面子と固定させたいと情報部の面々は考えていた。
「実績のあるパーティーと組ませて更に下の階層を狙うのも捨てがたいが・・・」
「トップクラスはプライドも高いからなぁ。やはり若手と組ませて共に成長してもらう方が良いだろう」
活発な意見が交わされ、候補となるパーティーが幾つか挙げられた。議論に夢中になっていた間に定時は過ぎてしまっている。
「今日はこの辺で良いだろう。夜勤も出てきたし昼勤の者は上がってくれ。俺も帰る」
きりがついた所で関中佐が部員に退勤を促した。本人も帰る用意を整え部屋から出ようと歩き出した。
「中佐、ちょっとお待ち下さい。昼の奴から聞いたのですが、可愛い男の娘お手製のお菓子をお持ちだとか?」
「ああ、確かに持っていた。しかし昼に完食してしまったから無いぞ」
中佐がそう答えた瞬間、一人の部員が中佐の背後に立ち素早く両手を掴んで自由を奪う。そこに別の部員が手を出し中佐の鞄を探った。
「中佐、これに対して何か言う事はありますか?」
「そ、それは今日居ない部員に出そうとだな・・・」
干芋が入った二つのタッパーを没収され、しどろもどろに弁解する関中佐。しかしそれで誤魔化される程情報部に配属された軍人は甘くない。
「では一つは我々夜勤組が、一つは明日出勤の者がいただきます。宜しいですね?」
「・・・はい」
こうして優君お手製干芋は没収され、関中佐は涙を飲むはめになったのであった。




