第百六十六話
受付嬢さんに連れられて入ったギルド長室には、三十代前半とみられる温厚そうな人物が座っていた。
「板橋ギルドのギルド長、花江です。どうぞお掛け下さい」
「探索者の滝本です」
見た目温厚でもギルドを任されている人物だ。油断はしない方が良い。端的に名乗り勧められた応接セットのソファーに腰を降ろす。
「彗星鶏の魔石を大量に持ち込まれたという事ですが、ソロで十九階層での狩りをするとは驚きですな」
「幸いな事にスキルに恵まれましたので」
「それは着せ替え人形というスキルの事ですか」
どうやらギルド長は俺がここに来るまでの間に俺について調べていたらしい。大方換金のために提出したギルドカードから身元を手繰ったのだろう。
「そうです。詳しい運用方法は秘密ですけどね」
根掘り葉掘り聞いていても答えないよと釘を刺しておく。向こうも何から何まで話すとは思っていないだろう。
「ご存知と思いますが、このダンジョンは先日氾濫を起こしました。我々は貴殿のような腕利きを欲しています。どうでしょう、板橋の専属になりませんか?」
「私はまだ中学生です。専門として潜るつもりはありません」
「今すぐとは申しません。来年、卒業した後で構いませんよ」
本音はすぐにでも専属探索者として欲しいのだろうけど、義務教育を終えていない学徒の動員には文部省が強い反発を示している。なので強く言えないのだろう。
「残念ながら、先にスカウトを受けているので進路は決まっています。ご了承下さい」
「近くに住まいも用意させますし、他にも優遇しますよ。何なら先約された方と交渉もします!」
逃がしてなるものかと説得を続けるギルド長。あまり時間も掛けたくないし、先約の相手を教えて諦めて貰おう。
「スカウトしたのは陸軍情報部の関中佐です。あと、陸軍大宮基地の憲兵隊長さんからもスカウトされましたね」
「情報部の中佐に憲兵隊の隊長、だと・・・」
ギルドは陸軍の下部組織だ。上位組織の陸軍からスカウトされているとなれば引き抜きは絶望的だ。例え引き抜けたとしてもその後はどうなる事やら。
「もしお疑いなら情報部や憲兵隊に問い合わせして頂いても結構ですよ。他にご用が無いならばこれで失礼します」
情報部や憲兵隊という敵に回すなんて考えたくもない組織の名を出して嘘を吐く阿呆は居ない。疑いはしないだろうけど、念の為にトドメを刺しておいた。
思わぬ所で時間を食ってしまったが、その後はトラブルもなく帰宅する事が出来た。
「ただいま母さん。これ、お土産ね」
「お帰りなさい優ちゃん。卵?」
今日のお土産は真っ赤な殻の卵だ。大きさは普通の鶏卵と同じで、ダンジョン土産と言われても戸惑ってしまうだろう。
「彗星鶏のレアドロップだから、割ろうとしないと割れないし劣化もしないから。これはついでね」
卵に続いて迷い家産のお米や各種野菜も渡す。休憩した時にお土産用に収獲しておいたのだ。
「明日の夕食にこの卵と玉葱、夫婦鶏の肉で親子丼作って欲しいなぁって思うんだけど・・・」
「可愛い息子のお願い、聞かない訳にはいかないわね。楽しみにしてなさい」
ダンジョン産と迷い家産の食材で作られた親子丼は絶品でした。
「これが氾濫を起こした原因の卵か・・・」
「これだけ美味しいと依頼したくなるのも無理ないわね」
「私も探索者になって取りに行こうかなぁ」
彗星鶏の卵は両親と舞にも好評だった。板橋ダンジョンには何度も通う事になりそうだ。




