第百六十話 文部省にて
ここは文部省内にある文部大臣の執務室。そこに八名の成人男性が集まっている。
一人はこの部屋の主である文部大臣で、一人は小中等教育局という小学校や中学校を所管する局の局長。もう一人は高等教育局という高校を所管する局の局長だ。
この三人は大臣を中心に並んで座り、対面の座る四名を鋭い目付きで睨んでいる。
睨まれているのは優が通っていた中学校の校長と教頭、学年主任。それに加えて埼玉県教育委員会の委員長である。
「さて、君達が呼び出された理由は分かっているかね?」
文部大臣が低い声で問うも、問われた四人は誰も答えない。それを見て高等教育局の局長がため息をつき説明を開始する。
「最近、偏差値の高い進学校と呼ばれる高校で内申についての問い合わせが増えている。内申の基準を公開しろ、正しい評価になっているのか確認させろという物だ」
「以前にもそんな問い合わせはあった。しかし年に一件あるかないかという頻度だった。それがこの一週間で二桁を越えている。可怪しいとは思わんかね?」
文部大臣の問いかけに、まずは委員長がはっきりと返答する。
「そんな事が・・・本職にはそのような報告は届いておりませんでした」
「わ、我々は中学校なので該当しないので・・・」
校長がつっかえながらも返答し、何故かこの場にいる場違いと思われる人間をチラ見する。
「何故こんな事態が起きているのか。その答えを持ってきてくれたのが陸軍情報部の関中佐だ」
「いつぞやはどうも。今、上流階級の方々の間ではこんな噂が流れているのですよ。『公立の学校では教師が個人的な感情で内申を書いている』とね」
「なっ、何故そのような根も葉もない噂が!そんな事はあってはならぬしあり得ない!」
激昂して立ち上がる委員長。しかし、中学校の三人は顔を真っ青にしてブルブルと震えている。
「そこの三人は身に覚えがありそうだな。学年主任に聞く。何時から教師は生徒の内申を己の感情で評価した物に出来るようになった?」
「な、な、なんの事でしょう。まるで私が気に入らない生徒の評価を落としているような言い方、そんなの根拠のない誹謗中傷です!」
中学校を所管する局長に聞かれ返答する学年主任。挙動不審になっているが自分では気づいていないようだ。
「そうか。では面白い物を聞かせよう」
関中佐は持参したICレコーダーに入っている音声データを再生した。これは優のお母さんからコピーを送って貰った物だ。
「聞き覚えが無いとは言わせんぞ。これがどのような影響を齎すか、お前達は理解しているのか?」
「教師が感情で採点を操作しているなんて漏れてみろ。内申は当然ながら、音楽や体育、美術といったはっきりとした採点基準がない教科の採点も不当なのではと疑われるぞ」
二人の局長の言葉に、教師の三人は項垂れるしかなかった。もしそんな事になれば、全国各地の公立学校はその対応に多大な時間と労力を割くことになる。その責任を誰が負うというのか。
「幸い、関中佐殿が証拠の公表を抑えてくれた。ベルウッド学園の在校生から話は広がったが、何とか抑えられない事もない」
上流階級に属する者達は、子供からその話を聞いてそれが拡散された時の影響を推察。子供に吹聴しないよう申し付け、自分達は様子見をしていた。
しかし、一部の親が通わせている学校に不審を持ち問い合わせたのだった。偏差値が高い高校限定だったのは、子供をベルウッドに通わせられる家庭なら弟妹も小学校や中学校は私立に通わせているからだ。
しかし高校は偏差値の高い公立高校に進学させた親も居た為、その一部が問い合わせたという訳だ。
「これだけの問題を起こしておいて、よもや軽い処分で済むとは思っていないだろうね?」
大臣の怒りを滲ませた質問に答える者は誰も居なかった。
滝本家では地元で転校について聞かれた際に処罰の事は話していますがその後の暴言については話していません。
なので理不尽な処罰が原因と地元では認識されています。




