第百四十九話
週明けからテストが始まるという追い込み時期の金曜日。外が俄に騒がしくなり校門近くの車止めに黒塗りの高級車が次々と入って来た。
その尋常ではない雰囲気に生徒が浮足立ちざわめく。それを注意しなければならない立場の教師はそれを諌めようとしなかった。
「緊急放送です。板橋ダンジョンにて氾濫の予兆が報告されました。生徒の皆さんは教師の指示に従い速やかに下校して下さい」
「お前達、聞いたな!全員廊下に整列しろ。赤羽線や山手線を使う電車通学の者は板橋を通らない経路で帰宅するように!」
クラスメート達は広げていた教科書やノートを畳みカバンに収納する。それが終った者から廊下に出ていった。
同時に幾つかの教室から避難用シューターが降ろされた。そこを滑り降りた生徒は車止めの方に駈けていく。
「滝本、何を見て・・・ああ、あれは財閥や政治家、軍のお偉いさんの子女達さ。ああして車で逃げるから俺達一般生徒とは別ルートで避難するんだ」
ここが公立学校なら問題視されそうだが、ここは私立の学園だ。そういった忖度がされていても当然と言えば当然だ。
「よし、三年生は降りきった。前のクラスに続いて降りるぞ」
この校舎は四つの教室が並んでいて両脇に階段が設置されている。その片方の階段で一年生が三階から避難していて、俺達は三年生が避難し終えてから一年生が使っていない階段を使い避難する。
「お知らせします。氾濫の原因となった階層は十九階層との連絡が入りました。避難の際は飛行系モンスターに注意して下さい」
階段を降りている最中に追加の情報が流された。耐久力が高いモンスターと素早いモンスターが混合で出てくる事になる。
「なあ、板橋の十九階層って確か・・・」
「レアモンスターだったよな」
近くの生徒が話す声が耳に入る。夫婦鶏が出る階層のレアモンスターとはどんなモンスターなのだろう。調べたいが階段を降りながらスマホを弄るのは危ない。
「今は探索者が時間を稼いでいるそうだが、氾濫を抑えられない可能性が高いそうだ。速やかに離れるように」
原因が浅い階層ならば溢れる総数も少ないし強い敵も居ない。しかし十九階層からではかなりの数のモンスターが出てくると予想できる。
一階に降りた生徒は靴を履き替えた者から学園を出て駅へと向かう。殆どの生徒は電車通学だし、この辺りに住んでいる生徒は危ないので避難する必要がある。
俺は駅へ向かう人の波から外れて横道に入る。幾ら探索者が頑張ってモンスターを食い止めようとしても、全てのモンスターは止められない。
特に飛行型モンスターは厄介だ。ダンジョンの中とは違い逃がす訳にはいかない。しかし飛ぶ相手に対応出来る探索者は少ないだろう。
俺は近くの公園に向かって走る。駅へのルートから外れる公園には誰も居ない。適当な茂みに入り外から見えない事を確認する。
今の御時世、誰も居なくても監視カメラに撮られる可能性がある。外の道路が見えない事を確認して女性体を発動、直ぐ様妖狐化も発動した。
一瞬迷い家を発動して鞄を放り込む。学園指定の鞄なんて持っていったらすぐに身元がバレてしまう。
「よし、急いで向かうとしようかのぅ」
空歩を発動し、ビルの間を抜けて走っていく。どこのビルも避難しているようで、誰かに見られて騒がれる事は無かった。
板橋ダンジョンの場所は知らなかったが、警察車両がサイレンを鳴らして疾走しているのでそちらに向かう事で無事に到着した。
・・・あっ、玉藻は探索者証を持っていないが参加出来るだろうか。まあ、狐の手も借りたい位に忙しいだろうから大丈夫だろう。
 




