第百四十七話 とある車内にて
とある高級車の車内。対面式で六人は座れる座席に三人の男女が座っている。進行方向に向いた座席に女子が二人、逆の座席に男子が一人で座っていた。
「やはり実際に会ってみるものですね。資料で見た彼とは少し印象が違いました」
「怒りを顕にすると思ったのですがね。表情も変えぬとは予想外でした」
鈴木緑の言葉に鈴代守が同意する。話題になっているのは、先程会った少年だった。
「父親を侮辱され喧嘩を売り返したらしいので、感情的な人間だと思っていましたが・・・」
「地雷は本人ではなく家族、という事でしょうか」
鈴華光が正解を言い当てた。彼女は鞄から滝本優についての調査書を取り出しパラパラと捲る。
「感情に任せた言動をとる人間では無かったのは良い材料と言えるでしょう。彼が転入初日に見せたというスキル、かなり使えます」
「ああ、装備を瞬時に入れ替えるって奴か。でも複数武器を持っていけば良いだけの話じゃないか?」
優を評価する鈴華に対して鈴代が反論する。それを聞いた鈴木がため息をついた。
「鈴代、あなたはダンジョンに潜った事が無いから分からないのですね。複数の武器を持ち込めば、それだけ嵩張り重量も増えます」
「あなた、幾つ武器を持てますか?一階層やニ階層ならいざ知らず、十階層まで全て持って歩いて行けますか?」
鈴木と鈴華のツッコミに反論出来ない鈴代は、せめてもの抵抗にと顔を背けて車外の風景を見る。
「しかし分からないのが、軍を志願しているという事です。ソロでこれだけの実績を積めるなら、探索者としてやっていく方が良いと思うのですが」
「態々軍に入りたいなんて、余程の理由があるのでしょうね。恐らく家族に関係する事なのでしょう」
鈴木も調査書を取り出し読んでいく。鈴木も鈴華も目を通してはいるのだが、優が軍に志願する理由を推測する材料を探す為もう一度読んでいく。
「父親の親族は年始の事件で縁が切れたと見て良いでしょう。となると、母親の方の親族ですが・・・」
「瀬戸内の出で特にこれと言った問題は無さそうですね。とすると父親か母親、妹なのか・・・」
母親方の親族は父親方の親族と違い、特に問題がある訳では無かった。ただ物理的に距離が遠い為疎遠になっているだけだった。
「使えるかもしれませんが、お嬢様がそこまでして引き入れる男ですかね?」
「調べによると、夫婦鶏の肉を大量に家に入れてるらしいわ。それだけでも十分に引き入れる価値はあるわ」
「あの肉は中々手に入りませんからね。そもそも市場に出る機会が少ないですから」
ダンジョン内で泊まらずに十九階層でレア狩りをする優が異常なだけであって、夫婦鶏の肉をそれなりの数入手しようとしたら大掛かりな準備が必要となる。
そして、十九階層で連続した狩りを出来る実力があるならば普通はもっと下を目指して潜っていくので、荷物になる肉を集めようとはしない。
その為、夫婦鶏の肉をそれなりの数集めようとするならば専属の探索者を雇う必要があるがその費用はかなりの額となる。
なので鈴木のお嬢様といえども常に口にするという訳にはいかないのが現状だった。
「以前ご相伴に与った夫婦鶏のチキンステーキは絶品でした。あれがまた食べられるというのなら、是が非でもお嬢様の配下に迎えるべきです」
「チキンステーキだけではなく唐揚げに竜田揚げ、シンプルに焼き鳥も良いですね」
優を勧誘出来た訳でもないのにあれこれと夢を語る女子二人。鈴代はそんな二人の声を聞こえないふりをして時間が過ぎるのを待つのであった。




