第百四十六話
転校してから一週間が経過した。時折他のクラスや学年から見に来る物好きが居る程度で、問題なく日々を過ごせている。
俺が小説の主人公だったなら電車で同じ学園の女子を痴漢から助けたら美人なお嬢様で・・・なんて展開もあったのだろうが、現実でそんなイベントなど早々起きる物ではない。
大体、学園に通う上流階級の子息子女は車による送り迎えで登下校している。電車など使わないので、そんなイベントは起こり得ないのだ。
満員電車でギュウギュウに押されながら登校するのは一般市民ながら入学できた成績優秀者か優秀なスキル持ちなのだ。
「滝本君、いきなりため息なんてついてどうしたの?」
「いや、帰りも満員電車に揺られるかと思うとついね」
初日にマシンガントークを披露した林原さんとはよく話すようになっていた。席が前後ろというのもあるし、彼女の方から俺に話しかけてくるからだ。
俺としては話しかけられれば返事をするし、話の内容も勉強に関する事や普通の雑談なので避ける理由がない。
今日も少し雑談をして帰る。そのつもりだったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「お前がこのクラスに入ったという転入生か。写真の通りだが、こいつが?」
「鈴代、少し黙りなさい」
艶のある黒い髪を腰まで伸ばした、いかにもお嬢様という風情の女子生徒を先頭に、角刈りで体格の良い男子と黒髪ショートの眼鏡という女生徒の三人組が教室に入って来た。
鈴代と呼ばれた男を諌めたのは先頭の女子ではなく後ろの女子だった。恐らくお嬢様の護衛と世話役といった所だろう。
「うちの護衛が失礼を致しました。私は鈴木緑と申します。それと護衛の鈴代守と世話役の鈴華光です。滝本優様でございますか?」
「これはご丁寧に。はじめまして、滝本優と申します」
エンブレムを見ると三人共に一年生だとわかる。護衛と世話役が付くのだから、彼女は鈴木の本家の人間か近しい血筋の人間なのだろう。
「優秀な方が転入されたと聞きまして、ご挨拶にと伺いました。転入当日にとも思いましたが、新たな環境に慣れるまで控えるべきと考え本日参りました」
「それは態々お越し頂き恐縮です。また、配慮を頂きありがとうございます」
言葉使いは丁寧で、表情は穏やか。いかにもご令嬢といった風情ではあるが、油断は出来ない。良家の子女ともなれば腹芸程度出来ても不思議ではないのだから。
「もし何かお困りの事があればいつでも御相談下さい。非力ですが一族の末席に身を置く者として少しでも力になれましょう」
「ありがとうございます。もしもの時はお声を掛けさせていただくやもしれません」
お嬢様は俺の返事に満足したのか、退室の挨拶をし二人を連れて去って行った。取り敢えず無難にやり過ごせたと思う。
「緑お嬢様が来るなんて、滝本君買われてるわね」
「目立たず平穏な学園生活を送りたいのだがなぁ」
俺は名を売ろうとか権力を握ろうとか微塵も考えていない。家族が無事でダンジョン攻略ができればそれ以上望む物はない。
「その容姿で目立たないと言うのは無理があると思うけど?THKで全国デビューもしてるし」
「それは忘れてくれると有り難い。それじゃあまた明日」
ちょっとしたイベントがあったが学園を出て電車に乗り家に帰る。あれはただ見物に来ただけなのか、思惑あっての事なのか。
色々考えたが、探ろうにも手段が無いし相手の出方を待つしか無いだろうという結論に至った。




