第百二十四話
幸か不幸か、この場に俺がダンジョンに潜っている事を知っている者は家族以外に居なかった。
THKに出たのは半年以上前の話であり名前も出なかったので、もし見た奴が居たとしても記憶に残っていないのだろう。
その後落とし亀の甲羅を持ち帰った事でも話題になったが、これも名前が出なかった上に玉藻の話題で脇に追いやられていたからな。
「選ばれた者が授かる戦闘系スキルの力、思い知らせてやるよ」
「どんなに良いスキルも、使い手が屑では真価を発揮できないからなぁ。まあ、期待はしないでおくよ」
火魔法なんてレアスキルを持ちながらパーティーの足を引っ張っていた軍人という実例もある。どんなに良いスキルも運用が悪ければ役立たずと化す。
母屋の前、コの字の真ん中で俺は相手と向き合う。俺は長剣代わりの棒を右手に持ち、相手はそれより少し短い棒を両手に一本ずつ持っている。
俺達を囲んで滝本家の連中とうちの家族が見守る。家族以外は奴の勝利を確信しているようで、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「処理が面倒だから殺しはしない。だが骨のニ、三本は折らせてもらう」
そう言い放つと同時に真っ直ぐ突進してきた。双剣の間合いに入るや否や右手の棒で切りつけてくる。棒で切りつけると言うのも変な表現だが、上手く表現出来ないので勘弁してほしい。
俺はそれを受け流し、左に動いて奴の突進を躱す。同時に足を出して引っ掛け、バランスを崩した奴の背中を押した。
勢いを殺せなかった奴は不様に転がり、両手から棒が離れる。俺はその後を追い、仰向けになった奴の首に棒を突きつけた。
「真っ直ぐ突進するしか能が無いとは、突撃豚と同レベルか」
「なっ、なっ、一度まぐれが起きただけでデカい口を叩くな!」
奴は首元の棒を右手で払い、落とした棒を手に立ち上がる。まだやる気のようで結構な事だ。俺もこれだけで許してやるつもりはない。
「次は本気で行くぞ!てやぁ!」
今度は正面からではなく、速さを活かして後ろに回り込んできた。しかし攻撃前に叫んでいるので奇襲の意味がない。
「背後から攻撃するなら叫ぶな。居場所と攻撃のタイミングを自分から教えるなんてアホか」
右手で振るわれた棒をこちらも棒で受け、首めがけて振るわれた左手の棒をしゃがんで躱す。先程足を引っ掛けられたのを警戒したのか軸足を引いたので、左手を着いて伸び上がるように蹴りを繰り出した。
「ぐはっ、がっ!え、うえぇ!」
俺の右足は見事に奴の腹部を捉えて吹き飛ばす。ゴロゴロと転がった奴は蹲り、アニメなら虹か光に変換される光景を生み出した。
「確かに速いのだろうが、お前のバカさがそれを殺している。言っただろう、使い手が屑なら真価を発揮出来ないと」
有用な戦闘系スキルを二つも持ち、一族の出世頭と信じて疑わなかった男が戦闘の役立たずなスキル持ちの中学生に一方的に叩きのめされている。
そんな信じがたい、信じたくない光景を目の前にして、滝本家の連中は呆然としていた。
「な、何をしている!多少強かろうがこいつは一人だ。大勢で囲ってぶち殺せ!」
奴の怒鳴り声に気を取り戻した男達は奴が落とした棒や鋤や鍬といった農具を手に俺を囲んだ。農具といえども人を殺傷する能力は十分にある。
「ぶち殺せと言われて、人を殺すに足りる凶器を手に持ち襲うんだ。当然覚悟は出来ているな?」
「戯言に耳を貸すな!軍の力でどうとでも出来る!」
囲んでいる連中は一瞬怯んだが、奴の叫びで覚悟を決めたらしい。俺を殺す覚悟を。
 




