第百二十ニ話
「父さん、最低限守るべきラインとかあるかな?」
「無い。優は何も我慢せず好きな言動をして良し!」
到底好意など持てないという親戚連中に会うに当たって、父さんに耐えるべき線を聞くと間髪入れずに返ってきた返事がこれだった。
「自営業なのだし、根も葉もない悪評とかされたらマズいでしょう?」
「優や舞に我慢を強いてまで守る評判などない。最悪引っ越せば良いし、絶縁を言い出されたら喜んで絶縁してやる。と言うか絶縁したい」
医院への影響を考えての質問だったが、配慮する必要は無さそうだ。母さんも同意見なようなので、何かされたらキッチリと反撃してやろう。
電車で二駅移動し、更に市バスに十五分程乗った。駅前はそれなりに発展していたが、その辺りは農地も残る住宅地になっていた。
「昔はこの辺り一帯が滝本本家の土地だった。中々手放さなかったから開発もされていなかったが、徐々に売られて宅地になっている」
ご先祖様が広い土地を残したが、維持する才覚が無く切り売りしていると。ありがちな話だけれど、それが親類だと気が重くなる。
そういう連中は過去の栄光に縋りプライドだけは高いと相場が決まっている(優君の独断と偏見です)。これからそんな奴等の相手をしなくてはならない。
木々に囲まれた敷地に入る。正面には大きな母屋があり、右手には車庫が。左手には農具が収められた建物が建っている。
コの字のような配置になっていて、中央は土が剥き出しの更地になっていた。そこを突っ切り母屋に向かう。
引き戸を開けて中に入ると昔ながらの日本家屋で、土間には沢山の靴が並んでいた。結構な数の人が来ているようだ。
「あけましておめでとうございます、分家の滝本です」
「おう、ちっぽけな医院をやってる分家か。珍しいのが来たな」
どこの誰かは知らないけれど、一応新年の挨拶をした父さんに対して挨拶も返さず横柄な言葉を返された。少なくともこいつには礼と言う物は不要だろう。
「スキルを授かった者は披露する仕来たりだから来ただけですよ。来なくて良いなら二度と来ませんが?」
父さんの返しも喧嘩腰だった。これは俺も遠慮や配慮という物は考えなくて良いだろう。録音している都合もあるし、こちらが不利になるような言動はしないけどね。
これは父さんと母さんにも言ってあるし、舞にも別途スマホで録音するよう頼んである。トラブルが予見される以上、録音や録画といった物証は重要になる。
「戦闘系スキルを授からなかった雑魚なんて来る必要はありませんよ。どうせ息子も下らないスキルでしょう?」
無礼な口を利いた中年男性の隣に座っている二十代半ば位の男性が、輪をかけて無礼な発言をする。しかし、それを咎めるどころか同調して父さんを嘲笑する者が多数だった。
医院を開業して手の平を返したと聞いていたが、その割には父さんを見下し過ぎている。原因は大口を叩いた若造だろうか。
あっ、肉体的には向こうの方が年上だが精神年齢は俺の方が三倍近く高いので若造呼びする事にした。
「おいおい、無茶を言うな。戦闘系スキルを授かり軍で活躍するお前に比べたら可哀相だろう」
最初に無礼な発言をしたオッサンが笑いながら言うと、他の連中も大声でバカ笑いしだした。父さんの言う通り、こいつらと絶縁できるなら大歓迎だな。
「そんな立派な方が居るなら、うちのような分家など居なくても問題ないですね。付き合いはこれが最後ということで」
「そうだな。俺達が滝本の家と付き合う事は金輪際ないと思ってくれ。これからは縁戚ではなく名字が同じなだけの赤の他人だ」
俺が絶縁を言い出すと、父さんもそれに乗ってきた。ここでさようならと別離出来れば互いに平穏だったのだが、そうならないのがこの世の常というものだった。




