第百二十一話
「あら、滝本さん。あけましておめでとうございます」
「これはこれは、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
午後になり地元のお寺に初詣に来たのだが、次々と声をかけられ中々お参りをする事が出来ない。
近辺にはうちにかかった人が多く、顔を合わせれば挨拶をしてちょっとした世間話をしたりする。そしてうちは殆どが女性の患者さんであり、女性の話は長いものと相場が決まっている。
そして男はその間待ちぼうけを食らう事になる。父さんもあちらの旦那さんと少し話をしたりするものの、親しい訳でもないしそうそう話が続かない。
「お兄ちゃん。私、大きくなっても長話だけはしないようにするね」
「舞、お兄ちゃんは凄く嬉しいよ」
同じく待ちぼうけとなっている俺と舞の目から光は消え失せ、表情は抜け落ちている。その後、少し進んでは挨拶からの立ち話のコンボを繰り返し、俺と舞の忍耐力と体力は結構鍛えられた。
「あら、滝本さん。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
漸く詣でる事が出来たと安堵したのも束の間、また母さんが新たな奥さんから話しかけられた。しかし、今回は少しパターンが違っていた。
「滝本君、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「おめでとうございます、佐久間さん。こちらこそよろしくお願いします」
今回のお相手は体育祭で共に仮装競争を走ったレイさんの一家だった。
「お兄ちゃん、このお姉さんお兄ちゃんと一緒に走った人だよね?」
「そうだよ。鎧姿で見事な剣戟を見せてくれた人だよ」
俺自身は彼女達の前を走っていたので直接見ていなかったが、後で家族が撮った動画で彼女達の殺陣を見る事が出来た。
「ありがとう。でも、そういうスキルを授かったからだから・・・」
褒められ慣れていないのか、レイさんは顔を赤くして謙遜している。
「あれは本当に見事でした。目が離せませんでしたよ」
「いやいや、滝本さんの御子息はソロで二桁階層の潜るだけでなくレアドロップ狩りまでされているとか」
・・・レイさんのお父さん、話を逸らしたな。まあ、あの時の俺の格好は話題にしにくかろう。俺もあまり話題にしたくない。
「やっぱり、努力を重ねて実力を磨いているのね」
「新しい武器の時とか、馴染むまで凄く練習してるの。見てるとすぐに時間が経っちゃうわ」
舞はレイさんと俺の私生活で話が盛り上がっている。自分の話だから凄く入り辛い。俺だけ話す相手もおらず、ただ只管時が経つのを待つ。
これまでより長めの世間話を終え、更に数組の家族に挨拶と世間話をしてから帰路についた。既に日は傾き空は夕焼けで赤く染まっている。
「お兄ちゃん、レイお姉ちゃん凄くいい人だね」
「随分と意気投合したみたいだな」
話題の内容が内容だけにコメントし辛い。本人が目の前に居たのに当人のプライベートで盛り上がらないでほしい。
「そういえば、お兄ちゃんがあの時着ていたドレスはどうなったの?」
「舞、よく聞きなさい。世の中には知らない方が幸せな事や知ってはいけない事という物があるのだよ」
その件につきましては、断固として黙秘権を行使せていただきます。
尚、女性体用の衣装タンスの奥深くに他の衣装より少し大きめのドレスが入った箱があるなんて事実はありません。




