第百十九話 歴史が変わる時
「なっ、何が起きているのだ!」
去年ロシア帝国皇帝の座に就いたニコライ二世はアレクサンドロフスキー宮殿の居室で狼狽していた。不気味な地鳴りのような音が突如として鳴り響いたのだ。
「陛下、ご無事ですか!」
「あの音は何だったのだ、アレクサンドラとオリガは無事か!」
異常事態に駆けつけた臣下に対して、愛する妻と産まれたばかりの長男の無事を問う皇帝陛下。しかし返ってきた答えは彼が満足出来る物では無かった。
「そちらには別の者が向かっております。すぐに報告が上がる事かと思われます」
「そうか、しかしあの音は何だったのか。至急調べて報告させよ」
じきに駆けつけた近衛により、妻と長男の無事は確認された。それに安堵した皇帝だったが、すぐに凶報が舞い込む事になる。
「報告致します。サンクトペテルブルクの市街に妙な現象が発生しました。そこから得体の知れない動物が湧き出ているとの事です」
「妙な現象とは何か。もっと具体的に報告せよ!」
抽象的な報告に苛立つ皇帝。しかし、報告する方もこれまで見たことのない現象をどう表現すれば良いのかと困ってしまった。
「陛下、市街において動物が市民を襲っております。軍が対応しておりますが、銃砲が効かず苦戦しております」
「我が軍は動物に負けるような弱軍であったのか?」
「な、何故か銃で撃っても死なぬのです。最新式の機関銃で何十という銃弾を当てても怯みもしないのです」
最新兵器を持ってしても討伐出来ないとの報に、皇帝とその場に居た家臣は動揺した。そこに更なる報告が飛び込んでくる。
「湧き出る動物の勢いは衰えず、被害は拡大しております。この宮殿の安全も保証出来ません。陛下、念の為に避難を!」
「ふむ、念には念を入れるべきか」
皇帝は一時的に避難するという選択をしたが、陸軍はこの事態を利用して居城を移そうと目論んでいた。
この街は海運に力を入れるために作られた為、そこに皇帝陛下の居城がある現状は面白くなかったのだ。そこで今回の騒動を利用し皇帝陛下の身柄を内陸部に移そうと目論んだのだ。
多数の馬車に宝石を詰めた袋が積み込まれる。重く移送に時間がかかる黄金は後に運び出される事となった。
「陛下・・・」
「案ずるな。すぐに解決するであろう」
不安そうな妻を安心させようとする皇帝だったが、その言葉は現実とならず軍は壊滅し僅かに生き残った市民は逃げ出してしまう。
「駄目です、既に壊滅していました。しかし残されていた食料の確保には成功しております」
「そうか、ここも駄目であったか」
謎の動物が湧き出たのは、サンクトペテルブルクだけではなかった。ロシアのあちこちで同じような現象が発生し、銃が効かない動物が人間を襲っていた。
その後、東へ東へと逃れていった皇帝一家がどうなったのかは不明となり、現在に至るも判明していない。
軍が壊滅し、統治機構が瓦解したロシア帝国は奇跡的に自衛が出来た街が自治をする土地となった。モンスターの駆除が進み余裕が出ると帝国の後継者を名乗る者が続出した。
しかしこの中に皇統を示すレガシーを所有する者はおらず、全員が僭称者とされている。
群雄割拠する地となったロシアは国として統一されるのか。はたまた、小国が乱立する地となり覇権を求めて争いが続く地となるのか。
その答えはまだ誰も知らないのであった。




