第百十七話
冬休みに入ったある日、俺は素戔嗚様との約束を果たすべく氷川神社に向かった。神社は年始の仕度で忙しいだろうが、神社の関係者の手を煩わせる訳では無いので平気だろう。
大宮の駅で降り商店街で買い物をしていく。三段重ねのお重を二つに天ぷら粉、油と卵に加え天つゆと醤油と塩も買い込む。
それらをリュックに入れて参道を歩く。まだ大晦日まで三日あるのだが、既にちらほらと夜店が並べられている。流石に営業はまだやっていない。機材の搬入とかの都合で早めに設営されたのだろう。
途中参道から外れて木々の奥へと踏み入る。人の目が届かないだろう場所で玉藻となりリュックを持って迷い家に入った。
家屋の台所にリュックを置いて畑に向かう。茄子にじゃが芋、さつま芋に玉ねぎと人参を収穫した。
それからは天ぷらを作りまくった。玉ねぎと人参でかき揚げ、茄子天、じゃが芋天、さつま芋天。それに夫婦鶏の鶏天の五種類を揚げて二つのお重に詰めていく。
天ぷらが詰まったお重と天つゆに醤油、塩を入れた容器も持ってお社に行く。それらをお供えして感謝の意を伝えた。
「良いスキルをありがとうございます。男の手料理ですがお納め下さい。来年もよろしくお願い致します」
天ぷらセットが消えて嬉しそうな意思が伝わってきたので、多分喜んでいただけたのだろう。
家屋に戻りもう一つのお重と天つゆと醤油、塩を風呂敷に包んで迷い家を出る。手水舎で手を清め、本殿で二拝二拍手一拝を行う。
「よく参った。こんなに早く来るとは、律儀な事よのぅ」
「年を跨ぐ前にと思いまして。もしよろしければこちらをお納め下さい」
前回と同じ部屋に通され、素戔嗚様と言葉を交わす。無事に持ち込む事が出来た風呂敷包を差し出した。
「心遣い感謝する。我らは飲食の必要は無いが、飲食出来ぬ訳では無い」
「専門の料理人ではなく素人料理で恐縮なのですが」
「我の為に調理された手料理、心の籠もらぬ物に劣る事はなかろうて」
ほんの僅かながら口角が上がっている。こちらも喜んでもらえたようで嬉しい限りだ。
「後に稲田姫といただくとしよう。して、そなたの前世の武術だが・・・」
素戔嗚様は包みを消すと武術の話を促した。流石は武を司る神様だ。食い気より武術が優先された。
その後、学校で学んだ剣道や柔道の話をし、習わなかったが見学をした抜刀術や合気道の話をした。
それだけでは満足されなかったのでテレビや本で知り得た武術の話をして再訪する事を命じられて開放された。
本殿前に戻ると、空には星が輝いていた。素戔嗚様の御屋敷では時間の経過がわからなかったが、かなりの時間が経っていたようだ。
「一応遅くなるかもとは言ってはおいたが、心配されておるじゃろうのぅ」
これは少しでも早く帰った方が良いだろう。境内から出ると参道から外れ、暗がりで空歩を発動する。地上から肉眼では見えないであろう高さまで上がって駆け出した。
玉藻の高い身体能力により、電車を使うより早くに帰り着く事が出来た。庭の隅で迷い家に入りリュックを回収、男に戻る。
「ただいま、遅くなってごめんね」
「お帰りなさい、優ちゃん。できれば遅くなると一報して欲しかったわ」
「ごめんなさい、話に熱が入ってしまって」
その後父さんと舞にも怒られたが、全面的に俺が悪いので素直に怒られた。
でも、素戔嗚様の御前で「ちょっと家にメールします」とは言えないよなぁ。と言うか、あの空間電波通じるのかな?




