第百十話
あれから進路に関する話もなく時は過ぎていった。三年生に上がったら本格的に進路指導が入るので、その時に横槍が入るだろうと予測している。
「こっちの電車に乗るの初めて!」
「国鉄から見えるけど、乗るのは初めてだな」
少々はしゃいでいる舞に父さんが答える。俺達家族はお出かけの真っ最中だ。明治天皇の誕生日だった祝日で医院がお休みなのだ。
夏休みの群馬以降家族でのお出かけをしていなかったので近場にお出かけしようとなり、一家で電車に乗り込んだ。
国鉄で大宮駅に向かいここから出ている私鉄に乗り換える。大宮駅に入線する時よく見える電車なのだが利用するのは初めてだった。
「お兄ちゃん、この電車千葉県まで行くんだよね?」
「そうだぞ。千葉県の船橋という駅まで行っている。俺達は2つ目の駅で降りるけどな」
などと会話をしているうちに到着した。駅間が長くないのであっという間である。俺達は改札を出て木々が立ち並ぶ公園に向う。
この駅は全国にある氷川神社の総本山、大宮氷川神社の最寄り駅だ。この神社の公園には小規模な遊園地と動物園が設置されている。
まだ紅葉が残る大きな池のほとりを歩く。貸しボートを借りた人達がのんびりオールを漕ぐ様子を見ながら動物園に向かう。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、熊さんが居るよ!」
「おおっ、見事な三日月模様だ。あれは月の輪熊だな」
小規模と言ったが月の輪熊やハイエナ、アナグマや孔雀といった動物達と会える為満足度はかなり高い。
「俺も来るのは初めてだが、思ったより本格的だな」
「これで無料って、どうやって維持してるのかしら?」
母さんが夢もへったくれも無い感想を漏らしているが、俺も同感だ。この動物園、入場無料なのだ。維持にかかるお金は何処から出ているのだろう。
「あっちはお猿さんだ。お兄ちゃん、早く早く!」
「舞、走ると他の人にぶつかるぞ」
お出かけにテンション上がりまくりな舞を追って俺も走る。普段聞き分けが良い子だがやはりまだ子供なのだ。
「お父さん、色んな動物さんが居たね」
「そうだな、近いしまた来ても良いな」
近場の観光地は案外行かなかったりするものだ。ネットでこうした穴場を探すのも良いかもしれない。
遊園地の方は本当に小規模だった。滑り台などの遊具に百円で動く電動カー、ぐるぐる回る乗り物というラインナップで舞の琴線に触れる物は無かったようだ。
乗り物には乗らずにスルー。次の目的地に行くことにした。途中、何かを拾って袋に集めている人が居た。
「お兄ちゃん、あれは何をやってるの?」
「多分銀杏拾いだな。茶碗蒸しに入れたりおでんの種にすると美味しいから」
美味しいのだが、拾っても臭いの処理に手間と時間がかかるのが難点だ。前世では集めた銀杏を地面に埋めて臭いを取ったのだが、この世界でも埋めるのだろうか。
風景を楽しみながら歩き氷川神社に到着した。流石は全国屈指の神域、空気が違うのが肌で感じられた。前世と違い魔力があるからだろうか。
手水舎で手を清め、二拝二拍手一拝の作法で拝礼し、会釈をして退く。その時、妙な感じを受けたのだが何かは分からなかった。
参拝も終わり、参道を歩いて帰る。大晦日には夜店が立ち並んでいる参道だが、今日は出ている店は無い。
「人形焼のお店があったら食べたかったのに」
「残念だったな。代わりに帰り道で舞が食べたいお昼ご飯を食べて帰ろうか」
駅に向かう途中の商店街で回るお寿司を見つけた舞の希望によりお昼はお寿司に決定した。舞よ、赤身より白身や光り物を好むのは誰の影響だ?
その後服屋や本屋を覗きショッピングを堪能して家路に着いた。舞は大満足な一日だったようだが、俺は心の隅にモヤッとした物が残るのだった。




