第百話
「お兄ちゃん、必ず応援に行くからね!」
「初めての体育祭参加だ。思いきり楽しむんだぞ」
「お弁当、多めに入れたから皆と分けながら食べてね」
とうとうやってきた体育祭当日。俺の気分と裏腹に、雲一つ無い快晴で絶好の体育祭日和となっていた。
「転んで怪我をしないよう気をつけるよ。じゃあ行ってきます」
見送る両親と舞に手を降って学校へ向かう。いつもなら舞と登校するのだが、今日は日曜日なので舞はお休みなのだ。
出掛けに言った言葉は本心からの言葉だ。仮装に使う靴が転びやすい靴なので、気を抜くと簡単に転んでしまう。
学校では体育祭の準備を終えていた。校庭には白線でコースが書かれ、それを囲むように綱が張られ生徒の席と訪れる家族の席が設けられている。
教室で体育着に着替えた生徒たちが指定された席についていき、生徒の家族も続々訪れて思い思いの席に座る。
開催の時間となり、体育祭が始まった。お決まりの校長先生の挨拶から始まり、来賓の挨拶、選手代表の宣誓と続く。この辺りは前世のそれと変わらない。
競技に出場する生徒が移動する。プログラムに沿って競技が進められていった。
50メートル走や100メートル走、大玉転がしや玉入れといった定番競技が続く。並行世界だからと奇抜な競技がされたりはしない。
「もう少しだ、追い抜け!」
「やった、一着だ!」
各学年の一組連合、二組連合といった縦割りでチームが作られ、順位による得点を競っている。優勝したから何かがある訳では無いが、こういうのはやはり盛り上がる。
俺は二年一組の場所にお邪魔している。仮装競争に二年一組の選手として出るので、今日だけその一員となっているのだ。
チラチラと女子からの視線を感じるが、マナーを守ってアプローチしてこないので助かっている。男子からの怨嗟の視線は、気付いていないふりをしよう。
「滝本君、そろそろ準備しないと」
「もう、そんな時間?」
まだ早いと思っていたが、呼ばれたので従う事にする。仮装に合わせたメイクも女子任せになるため、彼女達の指示には従った方が良い。
「次のプログラムは一年生と二年生による仮装競争です」
出走する三十六人が待機地点に集まる。かなり力を入れた仮装が多く、中学生の仮装だと舐めていた自分は甘かったと思い知らされた。
最初の出走者は、唐草模様の大きな風呂敷を背負った泥棒と警官が二人だった。泥棒がスタートし、少し遅れて警官が走る。
「待て!」
「待てと言われて待つ泥棒が居ると思うか?」
泥棒の的確なツッコミに会場は爆笑の渦に包まれた。ぐうの音も出ない正論だが、形式美という奴である。
「くっ、逃げられなかったか!」
「ツッコミなんか入れてるからだ」
泥棒は半ばを過ぎた辺りで警官に確保され、逮捕されてゴールまで歩いた。そんな笑いを取る仮装や戦国武者などの純粋に見事な出来の仮装をした生徒が走る。
生徒も父兄もコミカルな仮装に笑いを誘われ、手の込んだ仮装に感嘆する。出走する生徒も楽しそうで、この競技は来年以降も開催されそうな盛況ぶりだった。
「滝本君、いよいよ次が私達の出番よ」
「とにかく完走する事だけに集中してね」
いよいよ俺達の順番が回ってきた。スタートラインにつき、スタートの号令を静かに待つ。前の走者がゴールに入り、次の走者である俺達に観客の視線が集まった。
 




