勢いで結婚して良かった!すごく幸せ
最終話です。
短編で完結した話の続きを書くのは思ったより大変でした。
なんとか形になりました。お付き合いいただき有り難うございました。
ユーナジアの中での一大イベント、“ベティの結婚式”を終え、故郷でレイモンドを紹介した事で彼女の株も上がった。長女の評価が“都かぶれの行き遅れ”から“玉の輿”に変わったので、両親の鬱憤も晴れただろう。
王都に帰ったユーナジアは自身の結婚披露式の準備に追われる。
貴族の披露パーティには花嫁のドレスコードに決まりはなく、瞳とか家紋とか、相手側の色を纏うのが今の流行りらしい。
レイモンドがユーナジアの故郷の慣習に倣い、白の花嫁衣装を希望したので、白のドレスに決まる。ベティの結婚式は非常にレイモンドの参考になった。
花嫁が平民である事は招待客たちは周知しており、恋愛に興味なかったレイモンドが溺愛していると噂していた。結婚を承諾した女性をそのまま神殿に連れて行き、彼女の気が変わらないうちに婚姻届を出したと、事実が流布している。レイモンドが敢えてそう仕向けたのは言わずもがなである。
元々レイモンド自身が華美を嫌うのは皆知っていて、気軽な食事会として参加してほしいとの招待状に、あまり格式張らないようにしようと納得した。
「ジュエリーは本当にいらないの?」
伯爵家に打ち合わせで訪れたユーナジアはレイモンドの母に「はい」と答える。
「遠慮しなくていいのよ?」
「いいえ、レイ……モンド様の魔法で作った髪飾りと耳飾りをつけたいので」
うっかり“レイちゃん”と言いそうになるユーナジアは言葉がつっかえた。
ちなみにこの若夫婦が互いを“ユーナちゃん”“レイちゃん”呼びをしているのは、伯爵家の全員、使用人を含めて知っている。だけど節度を保とうとするユーナジアが微笑ましくて、伯爵夫人も気が付かない振りをしていた。
『レイちゃんの才能は魔道具作るだけじゃなくて、繊細な造形魔法も使えるんだとみんなに知ってもらいたい』
レイモンドはユーナジア以外に魔法の花を贈った事がない。それを知ったユーナジアが『生活魔法や戦闘魔法だけじゃない、ただ綺麗なだけの魔法を見てほしい』と魔力の装飾品を強請ったのである。
しかしそんな彼女の思惑より、レイモンドは「これ以上ないほど僕を身に纏ってくれる」と喜んでいた。
そうしてついに二人の結婚披露式が行われる。
出席のためにグレース家が王都にやってきた。当然のようにレイモンドは彼らの元に馬車を向かわせ、移動負担を軽減させた。カーナセスも結婚秒読み段階なので、今回はヨルクの弟子兼義理息子その二のアルフォスも参加である。
彼らは高級宿に宿泊し、これまた手配支払いはレイモンドだ。
「レイちゃん、私だって貯金はあるんだから、家族の滞在費くらいは負担するよ」
さすがに規模が違いすぎて披露パーティ代を折半とは言えなかったユーナジアが、せめてもと提案する。
「冗談でしょ」
レイモンドは一笑に付す。
「僕が奥さんの家族を最上級におもてなししたいんだよ。あっちではすごく良くしてもらったしね」
「うーん、でも……」
「ユーナちゃんのそんなとこ好きだけどさ。うちの家族も張り切ってるから費用全般は任せてほしい」
ユーナジアは伯爵家で大事にされていると思う。それはレイモンドが可愛がられているからに他ならない。
ジュニス夫人にとっては実の息子の結婚披露パーティだ。結婚式を省略した息子に「ユーナジアさんのご両親もさぞ驚いたでしょうから、誠意を示しなさい」と小言を言ったらしい。
それから彼女は何かとユーナジアに気を遣ってくれている。至らない嫁すぎる自覚ありのユーナジアが恐縮するくらいだ。
披露式の日は晴天で、気持ちのいい風が吹いていた。
レイモンドの兄たちも披露パーティを行なった伯爵家の別館は、サロンや夜会でよく使用されている。白亜の壮麗な外観が美しい。
立食パーティに近く、料理はビュッフェ形式にした。気取らず、食べやすい工夫をしているのはグレース家への配慮だ。主に最近「カトラリーって言葉を覚えたぜ」な、食いしんぼうなセイロウに対する気遣いである。
『うちの家族なら大丈夫よー。遠慮なんてしないわよー』
楽観視するユーナジアにレイモンドは溜息をつく。
レイモンドの観察によればそこまで強心臓なのはユーナジアとセイロウで、両親とカーナセスは彼らほどではない。
ユーナジアが貴族社会で馬鹿にされないようにと、実家として行動に気をつけるに決まっている。ましてやアルフォスなんて一般的な平民の感覚だ。臆するなという方が無理である。
結婚するにあたり、ユーナジアに『ゴタゴタしない?』と問われ『しないさせない』と答えた。なんとしてもレイモンドは彼女を悪意から守らなければならない。
幸いな事に、姉と兄嫁たちはユーナジアを貴族女性の口撃から守る同盟を作ってくれたらしい。女性だらけの中には介入できない場面もあるだろうから助かる。母も姉も義姉たちも素直で明るいユーナジアを気に入ってくれていて有り難い。今日を乗り切れば、うるさい親戚知人に会う義理は当分ないので、レイモンドは気合いを入れる。
中央に大テーブルが置かれ、高級食材を使用した凝った料理がずらりと並び、菓子や酒も種類がすごい。そして端の方にテーブルに椅子、壁際にはソファーも並べられている。お好きに過ごしてください、と云うわけだ。
「よだれ出すんじゃないわよ。姉さんたちが入ってきたら、そっちをずっと見るのよ!」
カーナセスは料理をキラキラした目で見ている弟に、睨みを効かせていた。
新郎新婦が会場入りすると、一斉に視線がそちらに向かう。
レイモンドは貴族の装いではなく、魔術師の正装の白いローブ姿で来客たちを驚かせた。花嫁もそれに合わせた白いドレス姿である。
レイモンドがどんなジュエリーを花嫁に贈ったのか気にしていた淑女たちは拍子抜けした。
「……あの花冠みたいなティアラ、ガラス細工ですわよね?」
「あんな精巧な物、ガラスで作れるのかしら」
「でもどの角度から見ても虹色に輝いて綺麗だわ」
「平民には勿体ないから、宝石を贈らなかったのではなくって?」
「見初められただけあって、見た目はいいな」
「なかなかどうして。堂々としたもんだ。自分が貴族になったつもりか?」
「所詮平民の田舎娘だ。すぐに化けの皮が剥がれるさ」
「婚約の話も聞かないと思えば、平民の小娘を内緒で娶るとはな」
装飾品に対する評価や、ユーナジアに対する反感、侮蔑。思った以上に聞こえるのは、彼らが聞こえるように喋っているからだ。
レイモンドは唇を噛む。親戚の年配者どもが煩い。やっぱり無理にでもケチを付けて呼ばなければ良かった!
そんなレイモンドの腕に手を置いて奥の壇上に向かうユーナジアは、彼の顔を覗き込んで頷く。大丈夫だ、と。彼女は眩いばかりの笑顔を崩さない。レイモンドはその姿に力を得た。
三段の壇上に上がり、二人は来賓客たちに向かって礼をする。ユーナジアの身体はブレる事のない美しいカーテシーを披露した。
「今日はご多忙の中、私たちの披露パーティにお越しいただき有り難うございます」
貴族では新郎が挨拶をする。一応拍手は盛大に響く。
「本日、私は魔術師として彼女の隣に立ちたいと思い、この出立ちです。彼女は宝石でなく、私が魔法で生成した装飾品を身につけたいと言ってくれて、このように」
言葉を切ったレイモンドは手に魔力を込め、七色に輝く薔薇もどきを作り出す。
それを見た一同から感嘆のどよめきが起こった。
「花冠も首飾りも耳飾りも、私の魔力でできています。これらは数刻すれば跡形もなく消えますが、彼女は私のこんな魔法が優しくて綺麗で大好きだと言ってくれます」
それからレイモンドは腹に力を入れて声を張った。
「そんなユーナジアが愛しくて、私は彼女を一生守りたいと思いました。それは貴族たちの理不尽な悪意からもです」
いつもにこやかなレイモンドが放つ絶対零度の視線は怖い。ぐるりと会場を見渡しただけで身に覚えのある者たちは身を竦めたのだった。
「すごい牽制だぜ! レイにいちゃん、かっこいい!」
静かになっていた会場で、セイロウの声は存外響いた。あ〜あ、やったな、この子……と家族は気まずそうな顔をしている。しかしユーナジアだけはセイロウに完全同意だったので、誇らしげに微笑んでいた。
レイモンドと同世代の令息たちは彼からユーナジアの惚気を聞いていたので、気さくに話しかけてくる。
親戚のうるさ方たちは、レイモンドの宣言と義弟の無邪気なアシストにより、文句を言う事ができなくなった。
女性たちは二人を囲み、魔力の装飾品に興味津々である。彼女たちを喜ばせるために、レイモンドはお得意の頭上に花を降らせる魔法を使った。
人々がバラけてきた時間に、気を張っていたユーナジアはソファーでオレンジジュースを飲みながら休んでいた。
そこに一人の若い女性がやってきて彼女を見下ろした。
「この泥棒猫……」
その女性は美しい顔を歪めて低く呟く。
「はあ?」
一生浴びせられる事はないと思うタイプの罵声だ。びっくりしたユーナジアが素で返す。
「ほら、下品な声出して。どんなに取り繕っても品がないのはすぐバレるのよ」
「泥棒猫とは聞き捨てなりません。レイちゃんは婚約者はおろか、恋人もいなかったわ」
「レイちゃん、ですって?」
「ええ、彼がそう呼んで欲しいって言うから」
既にユーナジアは喧嘩を買っている。ユーナジアは笑顔だし静かに会話をしているので、ここで新郎をめぐる戦いが勃発しているなんて誰も気が付かない。
「私が十八歳になったらレイモンド兄様と婚約するはずだったのよ」
「お話は全てお断りしていたはずよ。お義父様のアーヴァイン閣下からもそう聞いたわ」
レイモンドの父を引き合いに出すのも、目の前の女を煽るためだ。ユーナジアは口喧嘩に妥協はしない性分である。
「お爺様がなんとかしてくれるって言ってたもの……」
いかん、弱いなこの子、涙目になっちゃったわ。やばっ!
内心焦っているユーナジアの元へ、レイモンドの姉が慌ててやって来た。
「あら、メイベル嬢、どうかされましたか?」
「エリザお姉様……」
メイベル嬢は義姉の顔を見上げた。
「ユーナジアさんと仲良くしたかっただけなのに、レイモンド兄様に近寄る女は許さないって、場末の女のような下品な言葉で罵られて……」
やられたー!! 弱そうな女の振りをして陥れるタイプだったー。男がまんまと外見に騙されて味方しちゃうやつだ。 私が虐めていると思わせて評判を下げる作戦かー!
義姉は困惑しながら目で合図してくる。ああ、分かる人には分かってるものなのね……。ならば続戦よ。
「場末の女のような下品な言葉って……どんなものですか。貴族のお嬢様って博識ですのね。場末って町外れって意味以外の何かがあるんですか?」
「え?」
なんだ、涙出てないじゃん。泣き顔作るの上手いなー。
多分だけどね、“場末”の後には“酒場”とか“娼館”とか付くと思うんだよね。でもお嬢様だから続く言葉を忘れたんじゃないかな。この子は“お爺様”が差し向けた刺客に違いない。
揉めている気配を察してレイモンドが大股で近づいて来た。怒っている。珍しい表情だ。
「あっ、レイモンド兄様! 私、奥さんに酷い事言われて」
先制攻撃してきた。こんな戦い方に慣れてる……! 貴族令嬢、こっわ。
「メイベル嬢、ユーナちゃんに絡まないでくれ。いくらカイプス侯爵の孫娘だからって嘘は許さないよ」
「違うわ、レイモンド兄様!」
「レイちゃん、私、この令嬢に泥棒猫って罵られたんだけど。自分がレイちゃんと婚約するはずだったって」
「何度も打診はきてたけど、一門の侯爵家の令嬢だから、すごく気を遣ってその都度丁寧にお断りしていたよ」
レイモンドは振り返り、「ですよね!? カイプス侯爵!」と恰幅のいい老人を睨みつけた。
「あ、ああ、そうだったな……」
「お爺様!!」
何かを言い掛けたメイベル嬢を「いいから来なさい」と彼は引きずっていった。
「全く。もう結婚済みなんだから、今更あの子とどうこうなる訳ないのに」
「メイベル嬢の恋心を利用したのは間違いないけど、ユーナちゃんを陥れるつもりだったのよ侯爵は」
「え?」
姉の言葉にレイモンドはきょとんとしている。
「メイベル嬢が気弱に泣けば、卑しい平民の女が可憐な貴族令嬢を泣かせたと、馬鹿な貴族男たちがユーナちゃんを敵視するのよ。狙いはそれってわけ」
「お義姉さん、解釈一致です」
「今後も一門の年寄りたちの動向には目を光らせます」
レイモンドは改めて決意した。
こうして修羅場未満のハプニングはあったけど、概ねいい感じでパーティはお開きになった。
伯爵家の本邸でお泊まりする。やっと二人きりで落ち着く。
レイモンドも伯爵家もユーナジアを守ってくれる。バリバリの格差婚なのに、すごく婚家に恵まれた。レイモンドが防波堤になってくれるなら、ユーナジアは今後も諸々と戦える。
「レイちゃん、好き。すごく幸せ」
初めてユーナジアから言葉で好意を示されたレイモンドは、思わず心の中で「っしゃ!」と叫んだのだった。
「レイちゃん、私の事、好き?」
「僕は一生ユーナちゃん一筋だよ」
「ちがーう!」
「好きだよ。愛してる」
「よろしい、私も愛してる!」
ずっとやってろ。