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見よ!これが私の旦那様である

(うちの旦那、超かっこよくない!? ふふん、みんな見惚れるがいいわ!!)

(……ユーナちゃんのドヤ顔も可愛いよね)

 勝手にやってればいい、新婚だから多分許されるよ!

 翌日、ユーナジア希望の“自慢の旦那を連れ回す”わがまま案が決行された。大した事ではない。単に二人で近所をぶらぶらするだけだ。ラブラブではない。ブラブラである。


 近所のパン屋ではカーナセスが接客中に「姉さんが結婚して旦那と帰省している。相手は伯爵家のイケメン魔術師」と喋りまくっているはず。自主的に工作員役を買って出るとは姉思いの子だ。

 冗談はさておき、お喋りな子だから義兄を自慢したくて仕方がないだろう。


『有り難う、姉さん! これで私もアルフォスと十六歳のうちに結婚できるわ!』

『……カーナ、ごめんねー、お待たせして』

『ううん、あと一年は待たされる覚悟してたから平気!』


 王都銘菓とワインの他、ヨルクとセイロウには工房用の最新工具と、弟子分も含めて丈夫な革エプロンを。カーナセスとマルグレットには流行りの服とアクセサリーを手土産にしたレイモンドへの、家族の好感度は高い。やっぱり財力ってすごい。


 今まで帰省する時は日持ちするクッキーくらいしかお土産なかったしなあ。

 でも仕方ないよねえ。王都との往復だけでも結構なお金がかかるんだから。愚痴れば帰ってこいと言われるから黙っていたけど。


 今回ユーナジアがフェルジェラルド家使用の二種類の高級石鹸、香油、保湿剤、化粧水をカーナセスに渡せば、殊の外喜ばれた。結婚式までに輝く肌と髪を手に入れてもらいたい姉心である。



「ユーナちゃん、配合を間違った花器とか模様付けに失敗した容器があったじゃない。あれはあれで味があると思うんだよね。溶解する前に花を入れて店に飾ってみない?」


「レイモンドはお洒落な事思いつくねえ。やってみようか」


 花屋の前で二人は足を止める。


「いらっしゃい……ってユーナか?」


 店先で花束を作っていた若い男がユーナジアに声を掛けた。


「やっほうメロウ、元気そうね」

「……あ、ああ、帰って来たんだな」

「そうよ、ベティの結婚式があるからね」


 メロウはチラチラとレイモンドの方を窺う。やっぱり見慣れない顔は気になるみたいだ。


「ベティより早く結婚しちゃった。私の旦那様よ。レイモンド、こっちは幼馴染のメロウ」


 同じ商店街育ちである。気安い仲ゆえに、帰るたびに行われる「行き遅れ」「余計なお世話」と定番のめんどくさい会話から、やっと解放された。


「母さんがパン屋でカーナから聞いたって言ってたけど、本当だったんだ……」


 さすがカーナセス、仕事が早い。ユーナジアが結婚した話は、午前中にはこの一帯を席巻しているだろう。


「ユーナちゃんの夫のレイモンドです。こちらに帰った時はよろしく」

 

 ユーナジアが花を選んでいる間、レイモンドはメロウに愛想よい笑顔を見せる。


「……ええ、よろしく」

 明らかに動揺しており、メロウは意気消沈していた。これは。

「無頓着で無関心の被害者、か……」

「え?」

 レイモンドがうっかり呟いた言葉を聞き咎めた怪訝な顔のメロウに、「失礼、なんでもない」と首を振った。


「このくらいでいいかしら」

 花を見繕ったユーナジアが立ち上がると、メロウは慌てて受け取ろうとした。

「あ、リボン巻くんだよな」


「ううん、小分けにして店に飾るからこのままでいい」


 手の塞がったユーナジアの代わりに代金を支払ったレイモンドは、ユーナジアの抱えた花から黄色いマーガレットを一本抜き出し茎を折ると、ユーナジアの髪に飾った。


「明るいユーナちゃんには黄色が似合うね」

 びっくりしたユーナジアが、髪に触れたままのレイモンドを見上げる。


「や、やあね、王都じゃないのよ。こんなキザな真似やめてよ。恥ずかしい!」

 

 王都でも花屋の店先でこんな事するヤツはいない。大体、花を髪に挿すなんてレイモンドも初めての経験だ。

 照れ隠しであたふたするユーナジアに「帰ろうか」とレイモンドは促す。花屋の青年の視線を痛いほど感じ、レイモンドはユーナジアの背中に手を回して肩を抱き寄せた。


 ユーナジアが王都に出たのは十七歳。こちらでは女性の結婚適齢期である。結婚を強要されるのが嫌で飛び出すその前に本気で求婚していれば、ユーナジアは彼に絆されていたかもしれない。


 ……一名様限りの早い者勝ちだよ。


 勝ち取ったのはレイモンドである。



 グレース家に戻るとユーナジアは楽しそうに花を飾る。空きスペースに花があると銀色だらけだった店の印象が、がらりと変わった。

「華やかになったわ」

 ユーナジアは鼻歌まじりでご機嫌に、余った花をカウンターに飾ると、ぐるりと店内を見渡して満足げに笑う。


「ユーナジア! 料理を教えるからおいで!!」

 母に呼ばれユーナジアは「ごめん、行ってくる。レイモンドはどうする?」と尋ねた。


「工房にお邪魔していいかな」

「どうぞー。でも父さんは商工会会議に出てるから、セイロウとカーナの婚約者のアルフォスだけだよ」

「じゃあ義弟たちと親睦を深めてくるよ」


 レイモンドは裏手に回る。

 工房に入ると、セイロウとアルフォスはちょうど休憩中だった。


「お邪魔していいかな」

 初対面のアルフォスが立ち上がり、「は、初めまして、カーナの婚約者のアルフォスです」とレイモンドに頭を下げた。

「ユーナちゃんの夫のレイモンドです。よろしく。セイロウくんの兄弟子にあたるんだよね?」

「は、はい」

 実直そうな好青年である。


 緊張しているアルフォスの隣で「そうなんだよ。父ちゃんに弟子入りしたいと隣町からやって来てさ。いつの間にかカーナ姉ちゃんと良い仲になってるんだもんな」と、セイロウはチョコクッキーを頬張りながら説明した。


「王都のチョコクッキー美味いよなー」

 独り言を呟きつつ、セイロウは手際よく紅茶を入れてレイモンドに渡す。

「蜂蜜も何にも無いし、味も保証できないけど」

 アルフォスがハラハラしているのがレイモンドに伝わる。おそらく貴族相手にその態度でいいのかと心配しているのだろう。


「有り難う。頂くよ」


 セイロウとアルフォスと同様にそこらの木箱に座ったレイモンドは、セイロウから直接カップを受け取る。

 アルフォスは味に文句も言わず黙って飲むレイモンドの様子に驚き凝視している。今、彼の中で貴族の概念が崩れていた。


「ユーナちゃんが結婚するまでカーナさんと結婚できなかったんだってね。待たせてごめんね」


「いいえ、とんでもないです! 確かに彼女の希望は十七歳までにでしたが、俺はまだ半人前ですし……」

「敬語じゃなくていいよ。身内なんだから楽にして」

 

 レイモンドが言えば、セイロウが「なっ、アル義兄ちゃん! レイ義兄ちゃんは気さくだって言った通りだろ?」とアルフォスを小突いた。


 全く。ユーナジアにそっくりだ。レイモンドはしみじみと姉弟だなと思う。“レイにいちゃん”か。悪くない。


「レイ義兄ちゃん、ユーナ姉ちゃんと散歩してたんだろ? 田舎で驚いた?」

 散歩ではなく、正確には“ユーナジアが旦那を連れ回す”である。

「いや、僕の実家領地の田園地方の方が余程田舎だよ」

 実際ここらの商店は多種多様で充実しており、生活水準は高い。ユーナジアの教育具合を見れば、学業施設もちゃんとしているのだろう。


「花屋でメロウって人に会ったよ。ユーナちゃんの幼馴染なんだって?」


 レイモンドが水を向けるとセイロウが頷いた。

「ああ、メロウねー。よくユーナ姉ちゃんに絡んでた。あいつの初恋、ユーナ姉ちゃんなんだわ」

「こらっ、セイロウ、余計な事言うな!」

 慌ててアルフォスが咎める。


「うん、なんかそんな感じはしたよ」

 あまりにもセイロウがあっさり暴露するのでレイモンドは苦笑した。

「ユーナ姉ちゃんが出て行った時は落ち込んでたよ。でもあいつ、ユーナ姉ちゃんより年下だから引き止められなかったんだよね。当時十三歳だったかな。三つ違いだけどまだ十四歳になってなかったはず」


 ペラペラと語るセイロウを黙らせるのを諦めたアルフォスは、苦々しい顔をしている。嫁に惚れていた男の話なんか聞きたくないだろうと、人の心の機微に気遣える性格らしい。


 ……そうか。十三歳なら求婚できなかっただろうな。レイモンドは納得した。


 そうして初恋の女性は王都で年上の男にかっ攫われたのだ。気の毒と言えば気の毒である。しかし同情するのはお門違いだ。ユーナジアはもうレイモンドの妻なので、早く彼女への未練を断ち切ってもらいたい。


 あとは当たり障りない話をして、レイモンドは工房から出る。

 店の方に戻れば、ユーナジアと誰かが言い争っている声が聞こえた。そっと覗き込むと、相手は裕福そうな若い女性だった。


「だからあ、マイカ、あんたはどうして私が帰省する度に喧嘩を売りにくるのかな!?」


「商会に行く道沿いだから、あんたの情けない顔を拝みに来てやってるのよ。名前の呼び捨てはやめてって言ってるでしょ。うちの取引先の娘のくせに!」


「錫工房組合長のうちの父が貿易商のあんたのお父さんと取引してるだけで、私たちは関係ないでしょうが。それにあんたももう十八歳でしょ。人に突っかかってくる暇はないんじゃないの?」


「私はより素敵な相手を選ぶのに時間がかかってるだけよ! こんな田舎の男なんてお断り! あんたこそ今回は強制的に見合いさせられるって聞いたわ。結婚できそうで良かったじゃない」


「その情報は古いですわ。わたくし、もう人妻ですのよ。急がないとお嬢様こそ、すぐに十九歳になってしまいますわよ」

 

 えらく上品ぶった貴族令嬢みたいなユーナジアの口振りに、馬鹿にされたと感じたマイカは声を荒げる。


「あんた、ほんとに腹立つわね! 今度こそお父様にお願いしてグレース工房との取引をやめてもらうわ!」


「わがまま娘の言いなりになるなら、あんたのお父さんもその程度なのね」


「何ですって!!」


 レイモンドはため息を吐いた。これは王都でもよく見かけるアレだ。マウントを取りに来た女にユーナジアが応戦しているのだ。相手もユーナジア同様気が強いようで、この辺りの流通を仕切る富豪の娘といったところか。


 ここは夫として助太刀するしかあるまい。


「取引を止めても大丈夫ですよ。僕が王都に販路を作りますから」


 急に背後から声がして、驚いたマイカはびくりと肩を上げて振り返った。カウンターの向こうにいるユーナジアは、レイモンドに気がつくと満面の笑みを浮かべた。


「あっ、レイモンド! 工房はどうだった?」

「二人は休憩してたから世間話してきた」


「マイカ、この人が私の夫よ」

 現れたレイモンドに見惚れていたマイカは目を見開いた。

「えっ!? ほんとに結婚したの!?」


「どうして皆が皆、その反応なのよ」


 ぶつくさ文句を言うユーナジアだが、仕方ないだろう。“王都に憧れて出て行き婚期を逃した女”として、この界隈では知名度があるのだ。

 

 レイモンドは明らかに上流階級の男だ。さすがにマイカも怯む。


「初めまして、フェルジェラルド伯爵家三男のレイモンドです。魔術師団で魔術師をやっています」


「うっそぉ……」

「だからもう嫌味言いに来なくていいわよ」

「……ふ、ふん! どうせすぐ捨てられるに違いないわ!!」


 精一杯の虚栄で捨て台詞を吐き、マイカはぷりぷり怒りながら出て行った。


「ああ、すっきりした! これでもう絡まれないわよね。有り難う、レイモンド」

「お礼が欲しいな」

「え? なんか欲しい物でもあった?」


「普段から“レイちゃん”って呼んでよ」

「ええー? 何それ」


「なんかセイロウくんに“レイにいちゃん”って呼ばれて嬉しかったんだよね。僕は“ユーナちゃん”って呼んでるんだから“レイちゃん”て呼ばれたいなと思って」


 ……酔えば楽しくなって“ちゃん”呼びになるのは、レイモンドに対してだけではない。酒場の女将さんや大将にもだし、たまたま隣で飲んでいた傭兵のおじさんとかにもだ。酒席で近くにいた人を巻き込んでいるだけである。


 あのテンション時でなければ照れくさいのだが……。


「……レイちゃん」


 様子を窺うように呼んでみた。ぱあっとレイモンドの顔が明るくなった。本当に嬉しいらしい。


「し、仕方ないわね。旦那様が喜ぶならそうするわ!」


 やっぱり末っ子は甘えん坊ね、とユーナジアは思うのだった。



 

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