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結婚前に挨拶をするのが常識なのに!

 新婚になってユーナジアの生活は、特に美容面で大きく変わった。


 新居の風呂場には、血行を良くして肌を整える薬草入浴剤が常備されている。ユーナジアは髪用と身体用と、石鹸が別なのも驚いた。庶民はひとつで全身を洗うのだ。それに不満を感じた事もない。

 しかし使用して納得。レイモンドの金髪がサラサラ艶々なのは石鹸の違いだったのだ。洗髪後にレイモンドに香油で手入れされるのもびっくりであった。


 そんな高級感溢れる生活のお陰でユーナジアの亜麻色の髪はサラッサラ。肌も透明感が出てきた。その成果に「貴族、美しいはずだわ」と感嘆するのだった。


 そして、とうとう、とうとう! フェルジェラルド伯爵家を訪れる日がやってきた。

 結婚前に挨拶するのが当然なのに、不義理をしたのでユーナジアの気は重い。


「ああっ、胃が痛くなりそう……」

 しかし気がするだけである。神経同様に頑丈な彼女の胃が痛くなるはずもないのだった。


 レイモンドが用意したドレスを着て、有名理髪師を招いて髪を切り整えて結ってもらうと、あら不思議。見た目だけは淑女が出来上がっていた。財力ってすごい。


「ねえねえレイモンド、これって落ち着いた人妻の色気がダダ漏れてる感じ!?」


「残念ながらちっとも。そもそもユーナちゃんに色気は求めてないし」

「ひどくない!? 少しは期待したらどうなの!?」

「家族に会うのに色気は必要ないよね。夜に色気ダダ漏れで誘ってくれるつもりなら期待するけど?」


 ユーナジアは旦那の発言を聞かなかった事にした。


「すごく似合っていて可愛い。気負わなくても大丈夫。いつもの明るさで乗り切って」


 “可愛い”って便利な褒め言葉だ。“綺麗”や“美しい”と違って汎用性が高い。

 

 ……どんな無茶をおっしゃるやら。明るさだけで貴族の姑に臨めるものか。


「面倒くさい家庭じゃないから心配しないで」

「世の中のどれほどの奥さんが、夫の甘い見通しに苦労させられてると思ってるのよ」

「どこの統計?」

「王都新聞社発行の女性向け情報誌」


 レイモンドは「耳年増だと思えば。鵜呑みしないで」と嘆息した。


 いや、息子を奪う女が憎い姑は一定数いるようだ。道端や店中で立ち話している奥様方の会話で、ユーナジアは実感している。レイモンドなんか美形だし可愛い末っ子だ。ユーナジアがアウェイに不安になるのも仕方なかった。


 ルーフロップ嬢指導特訓のマナーの所作にレイモンドは合格点を出したが、男の評価は信用できない。


「おかしくても、ちゃんとフォローしてよね!」

「分かってるって」



 ……おお、貴族のお屋敷だ……。


 ユーナジアは王都の伯爵邸に、そのまんまな感想を抱く。


 フェルジェラルド家の領地は王都の北隣で本邸はそちらだ。しかし伯爵と息子も王都勤務のため、伯爵の弟の子爵が領地を治めているらしい。ユーナジアはフェルジェラルド領がどこかすら知らなかった。レイモンドはあまり自分の家庭について話さなかったし、ユーナジアは人様の家について聞きたがるタイプでないので仕方ない。


 広い応接間でユーナジアはレイモンドの家族にカーテシーをする。

 慣れない高いヒールの靴のせいで少しぐらついた。しかし澄ました顔で平然を装った。


「お会いできて光栄です。ご挨拶が遅れましたが、レイモンド様の妻となりましたユーナジアと申します」

 臆する事なく微笑する。……これでいいのよね!?


「ああ、畏まらなくていい。初めまして、当主のアーヴァインだ」

「レイモンドの母のジュニスですわ。よろしくね。気楽になさって」

 六十歳に近いレイモンドの父はプラチナブロンドに近い金髪、緑色がかった灰色の瞳でレイモンドの色合いに似ていた。キビキビした動作は気持ちよく、魔法騎士団長の威厳たっぷりである。対する夫人は静かな感じのとても綺麗な人だ。


 ……お母様、レイモンドそっくり。

 レイモンドが美人さんなわけだ。


「私は次期当主のリアムで、こちらは妻のセージだ」

「よろしくお願いね」

 

 嫡男は父親によく似ていて身体もガッチリしている。赤毛は母親譲りだ。奥様は見事な金髪碧眼で凛としている。十五歳の子息と十三歳の令嬢は学校のため不在だ。

 次男のマルコムは子爵家に婿入りしていて、今は妻子を連れて辺境の騎士団に指導員として出向している。妻の実家が近い所への赴任を希望したらしい。


「二十歳になったからレイモンドに縁談を薦めても、ずっと断り続けるので困ったものだと思っていたが、まさか心に決めた女性がいるとは驚いたよ」

 アーヴァインは感慨深げだ。


「そうですね。“彼女はいい子だし、家も問題ないから”と身元調査書を持ってきて、説得に本気度を感じたわ」

 ジュニスも微笑んでいる。

 

 あれか。レイモンドが言っていた身辺調査か。親戚に文句言わせないために実家を調べたって。


 そりゃあ息子が平民と結婚するなんて言い出して、さぞ心配だっただろう。


「レイモンドが望んだ相手なら間違いないと思うの」

 

 ジュニスの言葉にリアムは、「社交場で美女に言い寄られても笑顔で躱していたから、どんなタイプが好きなんだろうとは思っていたよ」と弟を揶揄う。


「美しさと家柄を鼻にかけて身分が下の令嬢を虐める女性なんて、いくら綺麗でも願い下げですよ」

 レイモンドがしれっと言うので、ユーナジアはそんな女性たちを想像してみた。


 ……こっわ。貴族女性のカースト、こっわ。


 しかしそれはどこでも同じかとユーナジアは思い直す。

 地元の貿易商の娘なんか、田舎商家の娘のユーナジアに会う度に馬鹿にしていた。自分も田舎住みの平民なのに。そんなに個人的関わりもない相手に、嫌がらせをする性根の悪い女はどこにでもいるのだ。


 結婚してからユーナジアと親交を深めている、回復魔法が得意なルーフロップ魔術師は、子爵令嬢だが誰にも優しくて穏やかな人である。結局本人の気質や生育状況によるのだろう。


「レイモンドは夫として、ちゃんとやれているかしら」

 フェルジェラルド家のスイーツを堪能していたユーナジアは、ジュニスに問われ彼女に顔を向けると、その優しい瞳と目が合った。

「この子、研究バカだから偏屈なとこもあるでしょ? 苦労していない?」

 

「とんでもありません! レイモンド……様、には本当によくしていただいて」


 ユーナジアはうっかり“様”をつけ忘れそうになって慌てた。それに気が付いたレイモンドが肩を震わせて、笑いを堪えている。ユーナジアはチラリと彼を見て“何よ”と目で訴えた。


 職場で“鋼の心臓持ち”と揶揄されるユーナジアとて、さすがにレイモンドの家族には好印象を持たれたい。猫の十匹くらいは被ろうと云うものだ。


「披露式の日取りが決まれば知らせてくれ」

 

 終始和やかなお茶会もそろそろお開きになるかの頃合いに、伯爵が結婚披露式の話に触れる。


「いえ! 伯爵家の皆様のご都合に合わせますから!」

 ユーナジアは伯爵の言葉に被せ気味に声を発した。


「でもご実家の方が来られるなら往復だけで日数が結構かかるんじゃない? その(かん)お店も閉めなくちゃならないし、ユーナジアさんのお家事情に合わせた方がいいわ」

 ジュニスはそう言ってくれた。

 

 確かに乗合馬車を上手く乗り継いでの移動で、五日かかる田舎だ。ユーナジアが実家に帰りづらいのは、物理的な距離も理由なのだ。


「みんなに祝福してもらわないとな。レイモンド、調整を頼むぞ」

 父に言われ、「はい、ユーナジアの実家と相談して、決まり次第連絡します」とレイモンドは頷いた。



 伯爵夫妻も跡継ぎ夫妻も歓迎してくれたようで良かった。お暇した帰りの馬車の中でユーナジアは「第一関門突破」と安堵の息を吐く。


「何、それ」


「なんとか今日の第一印象は悪くなかったみたいけど、これから会う度にボロが出るわ」


「そんな事」とレイモンドは一笑に付す。


「大丈夫だって。三年間思い続けた相手と結婚できたから、両親も兄姉も喜んでくれている。僕が騙し討ちみたいな形で婚姻届を出したと知っているから、逆に君に逃げられないかと心配しているくらいだよ」


 知ってるの!? あのぐだぐだな結婚劇を!?


「レイモンド、騙し討ちみたいな自覚はあったんだ……」


「そりゃあね。でもうかうかしてたら、ユーナちゃん故郷で結婚するかもしれないじゃない。躊躇する時間はないよね。君の見合い話はいいきっかけになったよ」


「結婚したんだから今更逃げないよ」


「うん、勝ち組確定だもんね」

 レイモンドは穏やかに笑っている。


「うっ、それを言われたら」

 打算ありまくりだった自分にユーナジアは顔を顰めた。


 レイモンドは気が付いている。素面で結婚を前提にユーナジアに交際を申し込んでも、きっと彼女は肯首しなかった。貴族に見初められたと純粋に喜びはしない。しがらみを嫌がるユーナジアは、苦労するに違いないと、格差婚を望まないからだ。


「ユーナちゃんが野心的な子なら正攻法でいったけどね」

 尤も、そんな女性ならレイモンドは惹かれなかっただろう。


 自分への好意が友愛だとしても、レイモンドはなんとしてでも結婚を承諾させたいと思っていたのだ。だからあの時が最大の好機であり、それを逃さなかったのは運命だったとさえ考える。


 平民女性と結婚する事に反対しない家族で助かった。揉めるのなら伯爵家と縁を切って平民になってもいい覚悟はできていた。しかしそれはそれでユーナジアは“自分のせいでレイモンドは家族を捨てた”と苦しむだろう。だから本当に問題がなくてよかった。


「野心的って、レイモンドに粉かける平民女性もいたの?」


「まあね。家の前で待ち伏せしてたり、出張先で部屋に夜押し掛けて来たりね」


「わーお、積極的ね。出張先って、それはレイモンドの顔がいいから、一夜の相手に選ばれたんじゃないの?」


「貴族にはよくあるハニトラだよ。関係を持てば子供ができたと押し掛けてくるかもしれない。産んでから“あなたの子供よ”なんてやられたら大変だよ。既成事実があれば妻になれるかもしれないと狙ってくるんだ」


「そんなんで結婚しても、旦那がもんのすごく頑張って守ってくれないと辛い結婚生活じゃない。使用人にも軽蔑されて、旦那の家族にいびられまくって、衰弱した挙句に捨てられるんだわ」


「……ユーナちゃん、読んでる女性情報誌、僕にも貸して」


 昨今は貴族と平民の婚姻も昔みたいに非難されない。それでも格差婚に苦しむ女性の話は面白おかしく語られる。勝ち組からの転落話はさぞ美味しいのだろう。他人の不幸は蜜の味なんて言うくらいだ。


 貴族をたぶらかしたのだから、苦しむのは自業自得だなんて意見が男女ともに主流だけど、責任が取れないなら手を出すべきじゃない。逆に男が平民だと貴族の嫁を娶ったと賞賛されるのだから、世間はまだまだ男性優位なのだ。


 魔術師団なんて完全な男社会である。そこに颯爽と現れたユーナジアは眩しかった。可愛らしい外見と、それに似合わない図太……いや、豪胆な性格はレイモンドに衝撃を与える。そして本能が囁いた。“この子を逃すな”と。


「ユーナちゃん、僕で手を打って正解だよ。もんのすごく頑張って奥さん守るし、浮気はしない」


「……こんなハイスペに手を打たせたのは、こっちな気がするんだけど」


「惚れたのは僕の方だよ? 愛された女性らしくドーンと構えていてよ」


「甘やかせば調子に乗ってわがまま言い放題になるかもよ」


「調子に乗ったユーナちゃんのわがまま聞いてみたいな」


 幼い頃は家族みんなに甘やかされた末っ子のレイモンド。甘えん坊になるかと思われたレイモンドの自立心は早くに育ち、本性は甘やかしたい属性だと思春期にはもう自覚していた。


 長女としてしっかりするよう求められて育ったユーナジアも自立心が強い。

 しかし酒が入るとそこが緩む。酔って仕草が幼くなり、彼女に『レイちゃん』と少し舌足らずに呼ばれるのは、甘えられている感じがして好きだ。

 これは誰にも、ユーナジア本人にさえ知られたくはない嗜好だから黙っておく。


「じゃあさ、性格悪いわがままなんだけど、いい?」

「何かな」

 レイモンドは意外な前振りに興味を持って身を乗り出す。


「田舎帰ったら、商店街を一緒に歩いて欲しい! こんな素敵な旦那様がいるって見せびらかしたいの!」


「どこが性格悪いわがままなんだか」


「えっ。だって王都に憧れて出て行って婚期を逃した馬鹿女なんて言われてる仕返しなのよ! 自分の功績じゃなくって夫の威光を借りるんだから性格悪いでしょ!?」


「うーん、そうなのかなあ」


 レイモンドは苦笑する。ユーナジアの故郷では女は結婚しないと出来損ないらしい。ならば正当な反撃手段だと思うのだが。


「了解、奥さん。いくらでも僕を連れ回して」


 よし! 魔術師、貴族としての力を遺憾なく発揮してやろう。みんながユーナジアを羨み嫉妬するほどに。レイモンドはユーナジアの頭を撫でながら密かに決意した。




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[良い点] 結婚したし想いも告げられたからといって、途端に甘々せずに友達の気やすさも保ってるの、良い結婚しましたね〜! [一言] ユージアナの故郷の田舎娘達が、私だって!と無闇に、もしくは張り合って都…
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