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春休み、ゲームは順調に進んだ。それでも、エンディングにはまだ足りない。それに、ラスボス戦の前には、ちょっとレベル上げの単純作業がいるだろう。このレベルでは心もとないレベルだから。それを考えると、テスト期間前に終わるかは、微妙なラインだと思う。
でも、こればっかりは私だけでやってるものではないから、どうしようもない。あれだけゲームに向いてないと思える理人君が、一生懸命にやってるから、力にはなってあげたい。
この間、試しに一人でやらせてみたけど、何だかデジャブな感じを受けた。理人君、ずっとゲームの流れを見てたはずなのに。やっぱりできるのはキャラの戦闘のみだ。流石にこれだけの時間経ってると、それは、大分ましになったんだけど。
今週から前期の授業が始まった。もう、3年にもなれば、専門の授業ばかりだ。
最初の週だからか、先生たちもオリエンテーションをやって割と早くに開放してくれる。今日は学食に早目に来れて、好きな席に座れた。
…前、私と愛美と佐藤君と理人君が良く座っていた席だ。元々、私が好きで良く座ってたんだけど、そこに4人で座るようになっていた。…もう、一年前の話なのか。
あの時は、早くあの会が終わればいいと口で言いながら、どこかで終わらせたくないと思っていて。複雑な気持ちで、この席に座っていたの思い出す。
何だか感傷的になっちゃったな。
2年の前期のテスト期間くらいから仲良くなった友達たちがクラスにいて、ご飯はその子たちと行くことが多かったんだけど、今日は一人で来たので、好きだった席に座ってみた。でも、一人でいると感傷的になって、駄目だな。
食べ終わって、トレーを持って立ち上がる。
「すいません。」
前から来た人とぶつかりそうになって、避ける。
「あ、栗田か。」
え?
名前を呼ばれて顔を見ると、佐藤君だった。
「…久しぶり。」
「久しぶり。じゃーな。」
佐藤君はそれだけ言って、一緒にいた男性と奥のテーブルに向かう。
話かけられた…。これは、良い兆候、だよね?
期待を持ちそうになる気持ちには、ブレーキを掛ける。今はただ、話しかけられただけだ。
それでも、無視されていた時に比べたら、大分進歩だと思う。
このまま、普通に話せるようになるのかな? …できたらなりたい。
私の願いは、変わっていない。ただ、友達としてでもいいから、そばに居たい。
私の願いに、少しだけ、光が当たったような気がした。
その後にも、一度、学食で佐藤君に会って話しかけられた。理人君も佐藤君と一緒にいた。ただ、理人君の表情が、ちょっと浮かない様子だった気がした。
その次にゲームをする時に聞いてみたけど、理人君は、何もないよ? と、ケロッとした顔で言ってたから、気のせいだったみたいだ。
次に学食で佐藤君を見かけたのは、ゴールデンウィークの後で。
愛美と一緒に座っているのを、見つけた。
あれは、偶然? それとも、約束して? 私には、愛美の情報は入ってこないから、そこのところは分からない。
でも、愛美と佐藤君が並んで普通に話してる姿を今まで見たことがなかったから、見てることができなくなって、一緒に学食に来てた友達たちに一言言って、学食から離れた。
佐藤君の隣に居るのが別の子なら、諦めることもできる。でも、愛美だけは、嫌だ。
理人君なら、今どうなってるか知ってるかもしれない。
私はそう思って、ゲームをする予定の日を、繰り上げることにした。
「理人君、佐藤君と愛美がどうなってるか知ってる?」
部屋に入ってきた早々、私にそう話しかけられて、理人君は大きなため息をついた。これは、知ってるってことかな。
「時々、会ってるみたいだよ。まだ、付き合ってないとは言ってた。」
まだ、か。
「それは、将来的にはそうなるかも、ってこと?」
「それは、わからない。でも、可能性はゼロじゃないだろうね。」
「そうなんだ。」
でも、だとすると、愛美が佐藤君に近づいてるのに、私に佐藤君が話しかけてくるようになった理由が思い当たらない。むしろ、もっと嫌われるようになっても、おかしくないはずだ。去年の愛美なら、きっとそうする。
「理人君は、佐藤君が私に話しかけてくるようになった理由、知ってるんじゃない?」
理人君は否定したけど、あの時の表情が、その理由を知っていたからだとしたら、説明がつく気がする。
「いや。」
理人君はポーカーフェイスだ。全然、読めない。
「どんな理由でもいいから、教えて。理人君は私が人間嫌いなのは気付いてるんでしょ? 今更どんな話を聞いても、その人間嫌いが悪化することはないから。でも、理人君が知ってて教えてくれないって言うのであれば、人間嫌いは悪化するかもね。」
クラスでの友達は増えたし、その中で親友と呼べる子もできたけど、人間嫌いが治ったか、と言われれば、答えはNoだ。これだけ付き合いが長くなってて、聡い理人君が、そのことに気付かないわけがないと思っている。
私が理人君をじっと見ていると、理人君のポーカーフェイスが崩れた。勝った。
「そんな脅し、ひどいよ。」
「だって、教えてくれない方が悪いんじゃない?」
「できたら、栗田さんの耳には入れたくなかったんだけど…。」
「いいよ。どんな話でも。私、そんなに驚かないから。」
「佐藤が、郡さんに栗田さんを無視しないように説得された、って言ってたんだ。」
別の意味で、衝撃を受ける。愛美が? どうして?
私の表情を見て、理人君が言葉を続ける。
「3月までは、そんな話出てもなかったし、佐藤は郡さんと会ったりもしてなかった。でも、2月くらいから、郡さんに説得され始めたんだって…。」
2月。…佐藤君が目礼を返してくれた時期だ。話がつながって、納得する。
「逆に聞くけど、それまでの愛美の佐藤君へのアプローチって聞いてる?」
「どこかに一緒に行こうとか、そんな誘いは受けてたみたいだけど。」
…それまでは、きっと押してたんだ。でも、佐藤君の態度が変わらないのを見て、方向性を変えてみたのかもしれない。…ああ、嫌だ。愛美のやること全てに、悪意を感じるようになってるみたいだ。でも、佐藤君にそう言いながら、いまだに愛美本人は私のこと無視し続けてるから。愛美のその言葉は、佐藤君の気を引くためのポーズでしかない、としか思えない。
「佐藤君はいつぐらいから、愛美と出かけるようになったの?」
「それでも、何回かに1回くらいみたいだよ。」
「それでもいいから、いつから?」
「4月の中旬くらいからだよ。」
私が話しかけられるようになった頃だ。
「じゃあ、愛美は、佐藤君に信用されたんだね。」
愛美の手腕は素晴らしい、としか言いようがない。やっぱり、佐藤君とのことは喜べそうにない。
と言うか。この内容なら、普通私に教えてもいいと思う内容じゃないかな?
「理人君は、何で、私がこの間聞いたとき、この話教えてくれなかったの?」
「…栗田さん、郡さんと仲違いしたままでしょ? だから、何となく変だな、と思って。栗田さんが聞いたら、嫌な気分になる話なのかもしれないな、って思ったから。」
理人君は、何となく変なことに気付いたんだ。まあ、私と会ってるからね。
「そっか。そんなに気を遣ってくれなくても良かったのに。それに、その話より先に、付き合うかもしれない話が口割ってるんですけど。」
理人君が、あ、と声を出す。
「ごめん。優先順位を間違えた。」
理人君、時々ぼけたこともするんだね。
「もういいよ。両方聞きたかったし。さ、ゲームしよ。」
たぶん、もうこれ以上ここで何を議論したとしても、何も変わらない。
私は、諦めに似た気持ちで、コントローラーを握った。
その後も、時々学食で、佐藤君と愛美の姿を見ることはあった。そして、その中で時折、私に気付いた佐藤君と愛美の2人に、手を振られることもあった。私は何とも言えない気分で手を振り返す。
愛美とは未だに、話していない。それでも、佐藤君と一緒にいる時には、いかにも私と親しくしてます、と言う感じで、にこやかに手を振ってくる。
佐藤君はそれを見て、ああ、と気付いて手を挙げてくる。
何だか、茶番に付き合わされているな、と思う。しかも、私は大事なコマ。愛美に関わらなくなって1年経つのに、まだ、愛美のコマになっていることが信じられない。
本当に、愛美ってすごい子だと思う。色んな意味で。見習いたくはないけど。
この話は誰にも言ってない。1年前の後悔から学んだことだから。でも、去年できた親友はそれに気づいてて、何も言わないのに慰めてくれる。
この親友の慰めと、理人君とのゲームでの気分転換が無ければ、もっと私は腐ってたかもしれない。そう言う意味で、親友と理人君には感謝している。
ただ、理人君とのゲームは、テスト期間前になってもエンディングは迎えられそうになかった。
「理人君、どうする? 諦める?」
来週からは、テスト期間だ。一応のタイムリミットは今日までだった。
「…諦めたくはない。」
ああ、負けず嫌いだったっけ。
「私、夏休みは丸々地元に帰るんだよね。だから、夏休みはゲームできないし。」
「休み明け、月1回でもいいから、時間作れない?」
…理人君、必死だなぁ。
「…まあ、考えとく。私も、どれくらい忙しいかなんて良く分からないしさ。その時になって、で、いい?」
「それでいいよ。」
理人君が納得した顔をする。
「しっかし理人君、諦めない人だね。」
同じゲームを2年もちまちまとやり続ける人は、初めて見たし聞いたこともない。
「…諦めないのは、栗田さんもでしょ?」
話が違うし。
「頑張って、諦めようとは思ってるよ。だって、あの二人、付き合うかも知れないんでしょ?」
まだ、2人が付き合い始めたとは聞かされてない。
「まだ、目が佐藤追ってる。」
時折、佐藤君と理人君が一緒にいる時に、学食で遭遇するときがある。まだいつも佐藤君と愛美が一緒と言うわけではないから。そんな時、理人君が、私の視線の先を、何とも言えない表情で見てるのだ。放っておいて欲しい。
「そんなに、佐藤を諦めきれないなら、言ってみたら?」
…何を言い出すんだ、この人。
「どこに、そんな可能性あるの?」
可能性がないのは分かってる。
「だって、諦めきれないんでしょ?」
…そりゃ、そうだよ。
「諦めきれないのは、佐藤君が初恋相手なんだからだと思うよ。」
「栗田さんの初恋って、大学生になってから、なの?」
「まさか。昔、U県のお城のそばに住んでて。小学生の時、佐藤君とクラスメイトだったから。その時が、初恋。」
私の言葉に、理人君が目を見開いている。
「それ、佐藤、知らないよね?」
「そうだね。私、苗字変わったから。佐藤君は気付いてないだろうね。」
1年の前期の時、佐藤君は何となく気付いてるみたいだったけど、結局は別人だと思ったんだろう。直接は確認されることはなかったし。
「どうして、クラスメイトだったって、佐藤に言わないの?」
「…私、佐藤君がきっかけで、苛められて。」
理人君が、息をのむ。
「だから、佐藤君が、その佐藤君だって気付いたときは、関わらないようにしようと思ってたんだけど。愛美がメンバーに入って、4人でお昼ご飯とか食べるようになったじゃない? そしたら、関わらないでいようって思ってたはずなのに、気持ちがどんどん佐藤君に向いて行って。」
そして今、こんなことになってるんだけど。
「…そのこと、佐藤に言ったら?」
「言って、どうなるの? 昔、佐藤君にいじめられてました。だから、同情するなら付き合って、とでも脅すの?」
「そう言うことじゃなくて。佐藤と話してみたらってこと。」
…理人君、今日はいつになく、熱が入ってるな。
「佐藤君が聞いてくれるとは思えない。それに、その話をする意味は、きっと佐藤君にはないよ。」
結局、愛美の“素敵な”とりなしがあったから、佐藤君は私に話しかけてくれるようになったわけで。私の信用が取り戻せたから、ではない。
それに、苛めていた過去なんて、汚点でしかない。佐藤君が今更聞きたいとは思わないだろう。
「ごめん。理人君が私のこと考えてくれてるのは、良く分かってる。でも、私次の時間授業あるから。理人君もでしょ?」
理人君を追い出すための言い訳じゃない。本当に授業がある。
「あ、そうだった。でも、栗田さん。言ってみないと分からないことだってあるよ。自分で結論付けるのだけは、やめてほしい。」
理人君はそれだけ言うと、先に部屋を出て行った。