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「何だか、理人君の家での立ち位置が分かった気がする。」

「冗談。今日のは、僕が女の子連れて行ったりしたから、皆勘違いしてはしゃいでただけなんだって。」

「でも、今日はありがとう。」


 霧島家でのご飯は、確かにおいしかったし、楽しかった。


「いや。ご飯きちんと食べてくれさえすれば、いいよ。」

「ご飯美味しかったし、良い気分転換にもなった。」

「役に立てて、良かったよ。」


 私は頷く。


「これで、理人君と2人だけでご飯だったら、ここまで気分転換にはならなかったかもね。」

「それ、何だかひどいこと言われてる気もするけど。」

「ごめん。折角誘ってくれたりしたのに。」

「いいよ。きっと栗田さんは、あの雰囲気のほうがいいかな、と思って連れて行ったから。」


 …本気で謝ったのに。最初からそのつもりだったんじゃない。


「じゃあ、理人君がからかわれるのも、計画のうち?」

「それは、違うけど…。」


 はぁ、こんな風に人としゃべるのも、久しぶりだったな。


「ちょっと騒がしすぎた? 栗田さん家にいても、人と会わずに過ごしそうだから、ちょっとは騒がしいほうが良いかなと思ってうちにしたんだけど。」

「確かに疲れはしたけど、嫌な疲れじゃないから大丈夫。」

「それなら、良かった。」


 私は何も言わずに頷いた。

 沈黙が落ちる。でも、別に嫌な沈黙ではない。私は、夜空を見上げた。


「あ、見て、月がきれいに見える。今日って、満月?」


 私の声に、理人君も空を見上げる。


「ああ、確かにきれいだけど、満月は明日ぐらいじゃない? ちょっとまだ欠けてるように見える。」


 言われてみれば、確かにまだ欠けてるようにも見える。


「久しぶりに、月とか見た。」


 私の言葉は、そのまま夜空に吸い込まれていくみたいに思えた。


「栗田さん、上ばっかり見てると、ぶつかるよ。」


 塀にぶつかりそうになって、理人君に腕を掴まれる。


「ごめん。つい。」


 理人君が笑いながら腕を離す。


「ゲームの続きは、テスト明けからなら、大丈夫?」


 理人君の言葉に、考え込む。

 テスト明けてからのスケジュールを思い出す。


「ごめん。テスト期間明けても、9月いっぱいは、ちょっと無理かも。」

「忙しいんだ? 夏休みは免許取りに行くとか? でも、夏休み中には取れるんじゃない?」

「そう免許。私、運動音痴だから、免許取るのは時間がかかって大変なんじゃないかって思うから。実家にも帰りたいしね。」


 理人君がクスクス笑う。


「そうなんだ。うちの母と一緒だね。」

「汐里さん、運動音痴なの?」


 結局、霧島家のお父さんは“弘人先生”、お母さんは“汐里さん”、お姉さんは“莉子さん”と呼ばされることになった。


「そう。テニスに行っても、母だけ見学。一人で楽しそうにスケッチしてる。だから、ダブルスとかできない。」

「理人君がテニスとか、意外。」


 運動音痴とは言わないまでも、スポーツ全然しないのかと思ってた。


「良く言われる。」


 やっぱり、そう言うイメージだよね。


「理人君はもう免許取ったの?」

「去年の夏休みに。」


 ま、大体そうだよね。


「夏休み中に取れたんだ?」


 からかうつもりで言うと、理人君にちょっと睨まれる。今日の家族にからかわれてる理人君見てるから、全然怖くありません。


「取れたよ。それで、栗田さんは9月いっぱいは忙しいかもしれないんだね? まあ、9月になったら後期の授業も始まるし、自動車学校との両立も大変になるかもね。」

「だから、忙しいのが終わったら、連絡する。」

「早く取れるといいね。」

「そうだね。」


 理人君の私をからかう音色は、スルーしておいた。




 私の忙しさは、9月中旬で目途がついた。


「免許取れたんだね。おめでとう。」


 部屋に入ってくると、理人君が、ケーキの入った箱を渡してくれる。


「別に、こんなことしなくて良かったのに。」

「だって、栗田さんが免許無事にとれたなんて、祝わないと。」


 理人君の言葉に含まれたからかいの音色に気付いて、ムッとする。


「失礼な。私だって…。」


 言いかけて、止まる。


「何? 言い訳したいなら、どうぞ。」


 絶対馬鹿にしてる。


「もういい。理人君、仲良くなると、人のことからかったりするんだね。」

「あんまりやらないけどね。」


 …私はからかいやすいってこと? あんまり人からからかわれること多くないんだけど。


「今日は、前にセーブし損ねた中ボスの所からだから。終わったら、ケーキ食べて、慰労会しよう。」


 私の言葉に、理人君が、ああ、と声を漏らす。

 その後、私をチラッと見る。


「まだ何か、言いたいことあるの?」

「佐藤のことなんだけど。」


 …その、話か。

 心が沈む。

 後期になっても、愛美との関係は変わっていない。愛美が佐藤君と会っているとしたら、私のことを何て言っているか、気にならないわけではない。…いや、正直気になっている。あれ以上、佐藤君に嫌われたくはない。…もう、今更なんだけど。


「何? 佐藤君に、私のこと何か言われた?」

「いや。郡さんからは誘われてるみたいだけど、サッカー以来、会ってはいないみたいだよ。」


 そうなんだ。愛美は私を蹴落としたけど、まだ佐藤君との関係は、変わっていないんだ。

 何となく、ほっとする。

 ああ、人の恋路が上手く言ってない事にほっとするなんて、人としては最低だよね。

 自嘲したような私の笑いを見て、理人君が不思議そうな顔をする。


「どうしたの?」

「人の恋路が上手くいってないのをほっとするなんて、人としては最低だな、と思って。」

「それは、仕方ないんじゃない? まだ佐藤のこと好きなんでしょ。相手が幸せになってくれたらって、自分以外の恋が上手くいくことを手放しで喜べる人ばかりじゃないし、人としては、当たり前の感情じゃないかな。」

「…そうかな。」


 そう答えた後、ハッとする。理人君の前で、気を抜きすぎてる。


「そんなこと、佐藤には言わないから、大丈夫だよ。」


 理人君は私がはっとした理由に思い当たったらしい。でも、気を付けないと。学んだはずのことなのに。


「佐藤の誤解が解けるようには、働きかけてるんだけど、聞く耳持ってくれなくて。」

「…ありがたいけど、そんなことして理人君と佐藤君の関係が崩れると嫌だから、気にしなくていいよ。」

「別に、それは気にしなくていいよ。」


 もしかして…。


「もう、関係崩れちゃってるとか?」


 何だか、落ち込む。人を巻き込みたいわけじゃない。


「大丈夫。前と変わってない。だから、栗田さんは気にしなくていいよ。たぶん、僕が働きかけても、関係は変わらないと思うし。」

「どうして、変わらないと思うの?」

「…男って、そんなものだから。」


 …本当に? でも、私にはそう言われてしまえば、分からない。


「でも、たぶん、何も変わらないと思うから、そんなことしなくていいよ。」

「だって、栗田さん、佐藤のこと諦めたわけじゃないんでしょ?」


 理人君…。


「諦めたわけじゃないけど、人を頼ってまで、どうにかしたいとは思えないよ。だって、それって、理人君は完全に、私に使われてるだけじゃない。」


 私が愛美に使われてたように。

 別にいい人になりたいとかはない。でも、愛美と同じになるのだけは嫌だ。


「いいよ。僕のは単なるお節介だから。」


 夏休み前のやり取りを思い出す。理人君、良い人過ぎる。


「私のことは良いから、理人君も自分のことに時間使って。この間私が行った時に家族にからかわれたのだって、自分のこと後回しにしちゃってるからじゃないの?」


 理人君、愛美の言うとおりにイケメンと呼ばれる類なら、モテてもおかしくはないのに。

 それにこんなにいい人なら…。


「そうだよ。理人君なら、誰だって好きになってくれるんじゃない? 良い人だから。」


 理人君を見ると、理人君は苦笑している。


「だから、いい人どまりなんだよね。」


 …私、理人君の傷をえぐちゃった?


「ごめん。」

「いいよ。僕は好きでやってることだから。」


 理人君は、本当に気にしていないように言う。


「でも、本当に、私のことは良いよ。まだ、諦めがついてないだけだから。」


 諦めたくはない。でも、今の私には何も打開策が見つけられない。


「でも…。」

「私、これから今まで以上に勉強頑張ろうと思ってて。だから、恋愛ごととかで、悩むのはやめたいな、って気持ちもあって。頑張って、諦めようと思ってるんだよ。だから、いいんだよ。」


 勉強を頑張ろうと思っている話は嘘じゃない。諦めよう云々は、完全に強がりだ。でも、良い人の理人君をこれ以上巻き込みたくはないな、と思った。


「それより、ゲームやろう? 今日こそセーブして、次に備えようよ。」


 話題を変えた私に、理人君は何とも言えない表情で頷いた。




 10月に入って、学食で佐藤君を見かけた。理人君と一緒にいて、遠目には理人君と前と変わらないように会話している様子なのを見て、ほっとする。理人君が言ってた通り、理人君にはそれほど迷惑はかかってないみたいだ。

 見ていると、佐藤君と目が合って、目礼はしてみたけど、見事にそらされた。…そうだよね。隣にいた理人君が、私に気付いて複雑そうな顔をしていた。

 私は、佐藤君の態度にやっぱり傷つきながらも、自分のまいた種だと自分を納得させた。そうしながら、佐藤君のとなりに愛美がいない事にほっとする。全然諦めきれてはいない。

 11月、12月になっても、時折学食で見かける佐藤君の態度には、変化はなかった。 

 1月は学食で佐藤君を見かけることはなくて、2月に久しぶりに佐藤君を見かけた。理人君も一緒だ。

 私が、いつもの目が合ったときのように、目礼をした。すると、佐藤君が目礼を返してくれた。今の、見間違いじゃないよね? 視線はすぐにそらされたから、実感がわかない。でも、隣に居た理人君が、ちょっとほっとしたような顔をしていたから、見間違いじゃないということが分かった。

 佐藤君の中で、気持ちの変化が起きたんだ。それが何によるものなのかは分からない。それに、それだけで私の気持ちが届くわけじゃない。それでも、佐藤君の中での私の位置づけが、友達の悪口を言う最低なやつ、から抜け出せればいいと思う。

 今の私の願いは、せめて佐藤君と普通に話をできるだけでいい。この恋が叶わなくたって、友達として、普通に話すことができて、佐藤君が好きな人と上手くいくのを、喜んであげられるだけでいい。それがもし、愛美なんだとしたら、とても複雑な気分になるだろうけど、それ以外の人なら、佐藤君を応援してあげたいと思う。

 この些細な願いくらい、叶わないかと、願ってもいいはずだ。




「ねえ、佐藤君は、どんな心境の変化があったの?」


 テスト期間が終わって、また理人君とゲームをやりながら、私はこの間のことを理人君に尋ねる。

 私が、9月の下旬に、理人君に諦めるからもういいと言ってからは、初めて佐藤君の話をする。私が佐藤君のことを質問したことに対して、理人君はそれほど驚いた表情はせずに、肩をすくめる。


「僕にも、良く分からなくて。」

「理人君も知らないんだ。じゃあ、いいや。」


 この話題はもうおしまい。そう言うつもりで話題を切った。


「本当に諦めるの?」


 …理人君。


「諦めるつもりではいるよ。」

「やっぱり、まだ諦めてはないんだよね。」

「好きになって、数か月で忘れられるなら、本当に好きではないんじゃない?」


 理人君は何も答えない。私が理人君の課を見ると、理人君は私をじっと見ていた。


「何?」

「いや。確かに、そうだなと思って。」


 理人君が納得したのを見て、私は話を戻すことにした。理人君なら分かってくれるかも、と思った。


「9月に話した時には、佐藤君の隣に自分が居たいって気持ちの方が強かったんだけど、今は、佐藤君の友達としての立場でいいから、佐藤君の幸せを一緒に喜びたいな、って思う。」

「それって?」


 説明が分かりにくかったか。


「佐藤君に好きな人がいるとしたら、その人とくっつくのを応援したいな、って思えるようになった。」


 愛美は除くけどね。


「それで、いいの?」


 理人君は理解してくれると思ったのにな。


「いいの。で、この話はおしまい。ところで、理人君さ、この春休み、ちょっとゲームの回数を週2回くらいには増やせない?」

「え?」


 突然変わった話題に、理人君が戸惑っている。でも、私は話を続けた。


「ほら、テスト期間は流石にやらないし、思った以上にゲームが進んでなくて。それに、夏休み前後は、色々あって全くしなかったから、更に予定がずれ込んでる。流石に3年になったら、ゼミとか就職活動とかで忙しくなるし。」

「あ、そっか。僕は進学するつもりだけど、栗田さんは就職活動あるんだもんね。…もう、やめた方が良いかな?」

「前期の試験前までなら、まだ大丈夫だよ。そんなに長いことしてるわけじゃないし、頻度も少ないし。私も息抜きにはなると思うから、それまでは良いよ。でも、それまでには終わらせたいと思うから、春休み中の頻度を増やしたいんだけど?」

「そんなに来ても大丈夫? 実家には帰らないの?」

「うん。私は構わない。今回はその予定見て実家帰る。帰省よりも、理人君にエンディングを見せられない方が心残りだし。」


 折角ここまで来たからには、エンディングを見せたいな、と思う。もう、中盤は過ぎてるから。


「それじゃあ、それでお願いします。」


 理人君の言葉に、私は頷いた。

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