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ギリギリまで悩んで、私は愛美に私が佐藤君を好きだと言うことを伝えることにした。あと、やっぱり佐藤君とサッカーに行くことを譲れないと言うことも。
これまでも、愛美には何度も「佐藤君のこと何とも思ってないよね?」と確認されてきてたから、すごく、言うのが気まずい。でも、ここで言わなかったら、佐藤君への気持ちも蓋をせざるを得ない。私が気持ちに蓋をしたからと言って、愛美と佐藤君が付き合うようになるかは分からないことだし、気持ちに蓋をしなかったからと言って、私と佐藤君だって、付き合えるようになるかは分からない。でも、自分で自分の限界を決めないために、手始めに、自分の恋心に、正直になろうと思った。
愛美になんと言われるかは、正直分からない。でも、今までの愛美の発言とか行動を考える限り、それまで私が佐藤君に対して何とも思ってないと言い続けてたから、喧嘩することになるんだろうな、とは思っている。喧嘩で済むなら、構わないかな、と思っている。本当に友達なんだとしたら、それでも、いつかは和解できるだろうと思う。それは、私にも一応親友がいて、その親友と2度ほど大喧嘩をしたから言えることで。
もし、和解ができなかったとしたら、それは友達ではなかった、と言うことに過ぎない。
愛美を呼び出したのは、サッカーの試合がある前々日だった。本当にギリギリになるまで、私の気持ちは決められなかったからだ。今日、愛美に話をして、明日までには、佐藤君に一緒にサッカーに行けることになった、という連絡をしようと思っている。
流石に内容が内容だから、私の部屋に愛美を呼んだ。
部屋に来た時から、愛美は何だか、不機嫌だった。ちょっと、不味い日を選んじゃったな。
「で、香奈枝、何?」
心なしか、言葉遣いも、いつもより荒い感じがする。本当にどうしたんだろう。
言うのをためらう。でも、今日か明日には言わないと、佐藤君に連絡できない。明日になれば愛美が機嫌がいいという保証もない。
「愛美に言わないといけないことがあって。」
「何?」
ぶっきらぼうに、愛美が先を促す。私は心を決めて、口を開いた。
「本当に今まで黙ってて悪かったんだけど、私、佐藤君のことが好きになった。」
私が最後まで言うと、愛美は呆れたようにため息をついた。
何で?
「やっぱり、その話なわけね。」
愛美、気付いてたんだ。
「私が佐藤君のこと好きなこと、気付いてたの?」
「とっくに。」
…そうなんだ。
「それで…。」
「今さら、何? 私も佐藤君が好きだから譲れませんっていうこと?」
私の言葉を遮って、愛美が話し出す。
「ごめん。そうなる。」
愛美が私を睨み付けてくる。
「本当に香奈枝は嫌な子だよね。イケメン二人侍らしといて、自分の好きな方選ぶだけで良くて。」
でも、予想外の内容に、私もびっくりする。侍らすって…。
「そんなことしてない。」
あの二人と仲良くなったのはたまたまだし、私は1年の後期の授業の時には、2人と(特に佐藤君と)離れようとした。でも、私が今も佐藤君と会い続けるきっかけを作ったのは、愛美で、佐藤君とは愛美も一緒の時にしか会ってない。理人君は、ゲームを一緒にしてるだけだ。
「私にはずっとそう見えてた。私は色々努力して佐藤君と関係作ろうとしてるのに、香奈枝は何も努力しなくて佐藤君に誘われたりして。」
…確かに愛美と違って何もしてないけど。
私が黙り込んだのを見て、愛美が言葉を続ける。
「佐藤君とサッカー行くの譲らないから。」
「でも、佐藤君もギリギリまで待つって言ってくれてたし。」
愛美がどう言おうと、私が一緒に行くと言ってしまえば、終わってしまう話だ。だけど、愛美と話をせずに、そうしたくはなかったから、今日話をすることにした。
「それは大丈夫。」
愛美が、笑う。…いつもみたいな、わがままを言って甘えるような笑い方じゃなくて、とても嫌な笑い方だ。
「何が、大丈夫なの?」
嫌な、予感がする。
「香奈枝は佐藤君のこと嫌いで、佐藤君とサッカー行きたくないから私に譲ってくれたんだってメールしといたから。」
「ひどい。」
「友達なのに、今まで私の恋路の協力すらまともにしてもくれなかったし、今さら言い出すなんて香奈枝の方がひどいよ。」
…そう、なのかな。
「それにはっきり言って、香奈枝のこと嫌いだったんだよね。」
「それ、どういうこと?」
…友達では、なかったということ?
「まあ、佐藤君と出会えたきっかけは香奈枝だから、それは感謝してる。佐藤君を呼び出すだしにもなってくれたしね。」
「…言ってはなんだけど、愛美は佐藤君にまったく相手にされてないよね?」
愛美にとって、私が完全に道具だったんだということが説明されて、私は気遣うことをやめた。愛美を気遣う必要を全く感じなくなったからだ。
「今はね。でも、これからは、分からないでしょ? 香奈枝は佐藤君とは関われなくなったわけだし。」
「それは、愛美の嘘を佐藤君が信じてたら、の話でしょ? 今までの関係性から言って、佐藤君が愛美の言うことをそのまま信じるとは思えない。私の方が、佐藤君には信用されてると思うし…。」
私の言葉に、愛美が声を出して笑い出す。すごく耳障りな笑い方だ。
どうして?
「その、佐藤君と香奈枝の今までの関係性のおかげで、上手く私の言葉が信じて貰えたんだよね。」
「どういうこと?」
「香奈枝さ、霧島君とは、2人で時々会ったりしてたでしょ?」
…理人君とゲームをしていることは、誰にも言ったことはない。理人君も、たぶん誰にも言ってないはずだ。自分がゲームを苦手なことを、悔しがってたし、理人君の性格では自分の弱点を誰にも言いそうにはない。だから、2カ月も黙って同じ部屋から抜け出せずにいたはずだから。私に聞いてきたのは、それでもどうしても悔しくてなんだと思う。私だったら、あんなに自分に向いてないゲーム、あんなことまでしてやりたくない。だから、理人君の名誉を守るために、誰にも言ったことはなかった。
「どうして、知ってるの?」
「一回、見かけたんだよね。香奈枝の部屋に行こうと思ったときに、一緒に玄関から出てくる香奈枝と霧島君を。で、それを佐藤君に話したらね、佐藤君もびっくりしてたよ。」
「佐藤君が、びっくりしてた?」
「そうだよ。だって香奈枝、自分で分かってる? 私誰とも会話したくありません、って感じで話を切ってる人がだよ? 特定の人と2人っきりで会ってる、ってだけでも怪しいでしょ?」
「理人君とは何でもない。」
理人君の名誉のために、ゲームのことは言わない。
「霧島君と付き合ってるかどうかは別として、佐藤君はあんなに香奈枝に話しかけてくれてたのに、全部会話ぶち切ってたじゃない。それなのに、霧島君のことは下の名前で呼んでるし、2人きりでも会ってるし。」
私は愛美の言葉に首を横に振る。
「だからって、それで佐藤君が私に嫌われてるって信じたとは思えない。」
「だから、佐藤君が、香奈枝に嫌われてるんじゃないかって証拠になるようなことを、時々メールとか話ししておいたんだ。肝心なことはぼかしておいて。香奈枝がその気になった時に、爆弾投げられるように。」
気分が悪くなる。この子、本当に最低。
「つまり最初から、私と佐藤君がそうなる可能性は潰そうとしてたわけ?」
「正解。」
愛美がにっこり笑う。もう、笑顔を見ても、かわいいとも思えない。
ため息だけが出る。
「いつ、佐藤君に、さっきの内容伝えたの?」
「香奈枝から今日の呼び出しがあってから。何となくそんな気がしたから。案の定だったね。」
「佐藤君、何て言ってたの?」
「教える義理はないけどね。」
それだけ言うと、愛美は立ち上がって、玄関に向かう。
「あ、私が佐藤君と付き合うことになっても、恨まないでね。私こんなことで警察沙汰とか、嫌だし。」
愛美の言葉に、かっとなる。
「そんなことしないし。」
「良かった。それじゃ。もう、話すことないと思うけど。最後に色々言えて、すっきりした。」
愛美が、玄関を開けて、その扉が閉まる音がするまで、私は呆然としていた。
はっと我に返って気が付いて思ったのは、佐藤君に連絡を取ろう、だった。
愛美はああ言ってたけど、まだ何とかなるかもしれない。この間までは、まだ愛美よりも近しい関係にあったはずだ。
慌てて、電話を鳴らす。
コールの数が、重なっていく。前、ボランティア論で電話した時には、電話に出てくれる時には、割とすぐに電話に出てくれた記憶がある。…今は授業中なのかもしれない。
諦めて切ろうとしたときに、電話がつながった。良かった。
「佐藤君?」
「何?」
心なしか、言葉が硬い。
「ごめん、今電話しても大丈夫?」
「…いいけど?」
今の間は…もしかしなくても、愛美が言ったこと、信じてる? いや、でもあの愛美の言ったことは全部嘘かもしれないし。
「今から、会ったりする時間って、取れる?」
「無理。」
…本当は直接会って説明したい。表情を見ながらの方が、安心できるし。
でも、今は少しでも早く誤解が生まれているとしたら、それを解きたい。
「愛美から、私のこと、何かメールとか来た?」
「昨日。」
…あんなに私には話しかけてくれてた佐藤君が、私がしてたみたいに、質問の答えしか返してくれない。本当に、愛美は言ったのかもしれない。
「私の話聞かされたんだと思うけど、あれは、嘘だから。本当に、今までの態度はごめん。でも、佐藤君のこと嫌ってるとか、そういうことは全くない。」
佐藤君が笑い出す。…私が聞いたことのない、笑い方だ。
「郡さんが、栗田には今までの態度とか謝らせるから、ってメールに書いてたけど、本当に連絡してきたんだな。」
…愛美、そんなことメールに書いてたんだ。
「佐藤君、それは、愛美の書いた嘘だから。信じないで。何とか今から、会えない?」
私のことを信じてほしい。誤解だっていうことを信じてほしい。そう願いを込めて、佐藤君に訴えかける。
「郡さんが、今までの栗田の態度を自己弁護するために、私のこと悪く言うかもしれないけど、栗田は悪気があって言ってるわけじゃないから私は気にしないから、ってメールに書いてあったけど、本当にそんなことするんだな。友達の言ったこと信じないでとか、良く言えるな。」
そこまで、愛美手の込んだことしてるの…。呆然となりかけて、自分を律する。今、誤解を解かないと、本当に愛美の言った通りになる。
「佐藤君…。」
「俺が嫌われてるって言うのもショックだったけど、まあ、栗田の態度見てればなんとなくわかることだったし、郡さんに言われても納得はできたけど。それでも、友達のこと嘘ついてるとか、そんなこと言う奴だとは思わなかった。悪いけど、栗田とは友達としても無理。」
佐藤君の言葉に、何も言えなくなる。何て言ったら、佐藤君は信じてくれる?
一生懸命考えようとするけど、何も出てこない。
「…あ、俺がお断りしなくても、最初から俺のことは嫌ってたんだよな。悪い。俺のために、わざわざ電話くれなくても良かったんだぜ。自分が性格悪いの、ばれるだけじゃん。悪いけど、理人にもこの話はするから。お前らが付き合ってるのかどうかは知らないけど、自分の友達が騙されてるとか嫌だからな。恨むなら自分の性格の悪さを恨めよ。」
佐藤君の言葉が終わったと同時に、電話が切れる。
私は呆然として、握りしめていたスマホを、床に落とした。
『ピーンポーン。』
チャイムの音で、我に返る。
どれくらい呆然としてたのか分からないけど、外の光で明るかったはずの室内は、もう暗い。あれから、どれくらいたったんだろう。
『ピーンポーン。』
…誰だろう。もう、今日は誰とも、会いたくない。宅配業者の人なら、宅配用のBOXがあるから、反応しなければ、入れといてくれるだろう。
『ピーンポーン。』
結構、しつこい人だなぁ。今日はいません。
…流石に、6回目のチャイムが鳴ると、私は立ち上がった。友達でも、こんなにしつこくチャイム鳴らす人はいない。悪戯だったら、管理人さんに連絡しよう。
「理人君…。」
インターフォンの画面を見て、その姿に驚く。こんな暗くなる時間に、理人君が来ることってない。…何だろう。思い当たるのは、佐藤君から話を聞いたことぐらいしかないけど。
今日は、もう、帰ってほしいな。
インターフォンの画面が消えて、チャイムが鳴らないことにほっとする。
その瞬間、着信音が鳴りだす。
スマホを覗きに戻ると、理人君の名前だ。…しつこいなぁ。
私は電話を取った。
「もし…。」
「良かった。栗田さん出た。」
私がもしもしと言い終わらないうちに、理人君が話し出す。理人君がこんなに焦ってるなんて、初めてだ。
「佐藤から話聞いた。それで、栗田さんが心配になって。」
あの話、信じないでくれたんだ。友達である佐藤君の言葉よりも、私の今までの態度とかを信じてくれたんだと分かって、それだけでもよかったな、と思う。
「ありがとう。ごめんね。心配させちゃったみたいで。でも、今日はごめん。ちょっと誰とも会いたくない。」
「うん。僕の方こそ、こんな時間に押しかけて来てごめん。何回電話掛けても電話取らないし、変なこと考えてないかなって思って、心配になった。」
理人君の言葉に、救われたような気がする。私のことをきちんと理解してくれて、心配してくれる人がここに一人だけでもいる。
愛美のおかげで、人間嫌いには拍車がかかりそうだったけど、ちょっとだけ、踏みとどまれるかも。
「変なことなんてしないよ。私まだ、やりたいことがいくつもあるもん。これから前期のテスト期間にも入るし、自暴自棄になってる暇なんて、ない。でも、ごめん。しばらくは立ち直れそうにないから、また連絡する。」
「わかった。じゃあ、立ち直れないからって、ご飯も食べないとかなしだからね。」
「わかったから。それじゃ、またね。」
「また。絶対連絡して。」
理人君はそれだけ言うと、電話を切った。
もう、1年生の頃みたいに、同じ教養の授業を取ってるわけではないから、授業で顔を合わせることはない。
だから、私が連絡しない限りは、理人君にも会うことはないだろう。…もう、お昼ご飯も一緒に食べることはないし。学食とか、あのメンバーに会いそうなところに行くのは、しばらくやめておこう。