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「お邪魔します。」


 おずおずと、理人君が私の部屋に入ってくる。


「どうぞ。特に何もない部屋だけど。テーブルのとこに座って。」


 私は一応お茶の用意をする。もうドリンクバーで、十分飲んだ気はするけど。


「何にもない部屋だね。うちの姉の部屋はもうちょっとものがあった気がする。」


 個人的には、モデルルームみたいな部屋を目指している。殺風景、みたいな。ゲームある時点で難しいんだけど。


「ああ、お姉さんいるんだったね。」


 いつだったか、初期に姉に似てるって言われた気がする。


「いる。もう25なんだけど、栗田さんと感じが似てる。」

「…どこら辺が?」

「会話を続けさせないようにするところ。」


 …最初くらいから、気付いてたのか。


「お姉さんは実家にいるの?」


 私は話題を変えて、ゲームの準備をする。


「いる。父が家から出てほしくないみたいだね。就職した時も、一瞬その話が出て立ち消えてたし。」

「どこも、似たようなもんなのかもね。」


 私も最初一人暮らしは反対されたからな。


「栗田さんも、反対された口?」

「私の場合は両親ともだけどね。最終的に説得できたけど。」

「だから、セキュリティがバッチリなとこなんだね?」


 私は頷く。


「それなのに、僕入れていいの?」

「…警戒する必要を感じてないけど?」

「それもなんだか複雑だね。」


 理人君は苦笑する。


「性別って、本当に面倒なものだよね。」


 私の言葉に、理人君が聞き返してくる。


「いや。何でもない。さて、やりますか。貸してたやつのと、前に説明したことがあるやつあるけど、どっちがいい?」

「栗田さんが好きな方で。」

「じゃあ、世界の均衡を取り戻すとしますか。」


 私が好きな方は、もう何度もやり込んでいる。

 私がスイッチを入れてコントローラーを握ると、理人君は食い入るように画面を見つめた。




 理人君がゲームの画面を見続けるのは、1時間くらいが限界らしい。

 1時間くらいしたとき、理人君に声を掛けられた。


「一回で1時間くらいだとすると、クリアまで50時間くらいはかかるから、週に1回プレイしても、1年はかかるかもしれないね。」


 単純計算だけど、外れてはないだろう。私なら40時間くらいしなくてもクリアできるけど、戦闘も素人だから、と言うことで、それくらい見積もった。


「それでもいいよ。」


 理人君は納得している。


「じゃあ、予定合わせて、時々プレイしよ。」


 私の言葉に理人君が頷いて、今日はそれで解散になった。




 4人でのお昼ご飯の時間は、結局そのまま継続されていて、2年生になった。あまり会話の様子に変化はない。しかも、皆がお酒を飲めるようになったから(皆、4月5月生まれ)と言う理由で、今度は飲みに行くことになった。


「ねえ、理人君。いつになったら、あの食事会は終わらせられるんだろうね?」


 コントローラーを握ったまま、理人君をチラリと見る。


「ごめん、今話しかけないで。」


 理人君は、攻撃を選ぶのに一生懸命だ。この最中は他のことに気がむけられないらしい。ただ、これでも、最初と比べるとましになった。自分で攻撃が選べるようになった、と言うことは褒めていいだろう。


「で、何言ったの?」


 戦闘が終わって、理人君がコントローラーを置く。


「あの4人での会合はいつになったら終わるんだろうって聞いた。」

「さあ。」


 理人君は苦笑する。

 そうだよね。わかんないよね。私は意識をゲームに戻す。

 理人君とゲームを一緒にするのも、まだ継続中だ。

 このゲームを一緒にする日々は、1週間から2週間に一度の割合だから、エンディングを見るまでに一年越えはしてしまうだろうと思っている。それと言うのも、理人君が明るい時間だけに予定を合わせようとするからで、暗くなってからの時間には全く来ようとしないからだ。

 私は別に気にしていないんだけど、理人君が拒否するので、明るい時間で予定が合う時にしかできない。

 多少、最初よりは、ゲームをできる時間も増えたけど、それも多少だ。1時間半できればいい方だ。そんな感じなので、ボス戦とかの時間をうまく組まないといけないから、良い頭の体操にはなってる。たぶん。




 4人での飲み会も、お昼ご飯の時と全く変わらない。

 私は時折、理人君に助けを求める視線を向けるぐらいだ。理人君はいつもみたいに苦笑するだけだけど。


「あ、栗田、サッカー見に行かない?」


 佐藤君が、愛美の話が切れたのを見て、私に話しかけてくる。


「サッカー?」


 佐藤君の言葉を繰り返す。確か去年も誘われたんだったな。


「もうチケットも買ってあるんだよ。」


 …どうしよう。


「え?佐藤君サッカー見るんだ。私もサッカー見に行きたい。」


 私が答えるより先に愛美が反応する。

 愛美が私を見る。


「香奈枝サッカーの話をふっても興味なさそうじゃない。私が行っても、いいよね?」


 …確かに愛美にサッカーの話をされても、見てないからふーんで話は終わるんだけど。

 どうしようか迷って、結局愛美の言葉に頷く。


「佐藤君、私が行くより愛美の方が楽しめると思うから、二人で行ったら?」

「俺は栗田誘ってるんだけど。」


 …明らかに佐藤君は怒ったような声だ。

 流石にここまで来ると、愛美には佐藤君と付き合える可能性は薄いんじゃないかな、と思っている。

 でも協力すると言ってしまっていることと、諦める様子のない愛美の態度と、自分でも受け入れられない自分の気持ちに、私は身動きが出来なくなっていた。


「それ、いつなの?」


 とりあえず、佐藤君をなだめるつもりで、聞く。


「来月の第三土曜日。」


 …6月か。予定はないけど。


「用事があるから、やっぱり愛美と行って。チケット勿体ないし。」


 佐藤君はため息をつく。


「予定どうにもならない? 栗田が見てみたいって言ってたから、行こうと思ってるんだけど。」


 私がためらったのを見て、佐藤君が口を開く。


「予定どうにかなりそうなら言って。ギリギリになっても駄目そうなら、郡さんと行くから。」


 そう、未だに愛美は佐藤君から郡さんと呼ばれている。佐藤君は愛美への距離を保ったままだ。


「わかった。」


 私がそう返事をすると、愛美が私をちらっとみる。

 譲ってくれるよね、ということだとは理解する。私は小さく頷いた。




「栗田さん、譲るつもりなんでしょ。いいの?」


 ゲームを進めていると、理人君が隣でポツリと呟く。

 飲み会は、先週のことだった。

 …気づいてる?


「栗田さん佐藤のこと好きでしょ。」


 私が何も答えないのを見て、理人君は私をじっと見ている。


「何のこと?」


 とりあえずとぼけてみる。


「見てれば、分かるよ。」


 理人君にはお見通しってことか。

 誤魔化しても、仕方ないか。


「そうなのかも知れないね。」

「そうなのかも、って明らかにそうだと思うけど?」


 私は曖昧に笑う。

 ごはんをたべる時に、愛美が佐藤君のことを根掘りはほり聞くから、佐藤君が私を苛めていた佐藤君だと言うことは、明らかになっていた。

 そもそも、私は小学生のとき佐藤君にからかわれる前、佐藤君に恋心を抱いていた。

 だから、からかわれることに過剰に反応したんだとも、今なら分かる。

 だから、無視されることになったきっかけが佐藤君だということがとても辛かったし、堪えた。

 再会して、もう関わらなければいいと思ってたけど、

 愛美のために何度も顔を合わせて、色々話を聞いてるうちに…私はあのとき以来感じたことのない感情を自分で持て余すようになっていた。


「自分が女の子なんだって認めなきゃいけない気がして、何だか嫌で。」


 理人君がきょとんとした顔をする。


「栗田さんは女の子でしょ?」


 …そうなんだけど。


「私、女ってやだな、男だったら良かったのに、って、良く思うんだよね。」

「それは、どういう意味?」


 理人君が何とも言いがたい顔をする。


「男だったら、やれることも多かったのかな、って思うことが結構あって。」

「例えば?」

「進学するときに、高校とか大学って男子はチャレンジさせてもらえるけど、女子は安全パイしか薦められない、とか。」


 理人君はあんまりピンと来ないみたいだ。


「やりたいこと言っても、女の子だから駄目、って言われたりとか。」


 ようやく理人君が、ああ、と頷く。


「じゃあ、男の子だったらやらしてくれたの? って思うわけ。」

「それで、男の子だったらって思うの?」

「あと、妊娠とか出産とか女性にしか出来ないって言う割に、会社で出産したあと仕事続けられない、とかいう話を聞くと、何で同じ人間に生まれたのに、女性だけそんな不利益受けるの? とかね。」

「…そんな所も、今は多くはないんじゃない?」

「母の働く職場は、女性が多い職場なのに出産した後復帰できない人が多いって言ってた。」

「まだ…そんなのあるんだ。」


 何とも言えない表情で、理人君が答える。


「何だか、そんなの聞いてると、女ってやだな、って思うわけ。」

「でも極端じゃない?」

「そう? でも、自分が女の子であるのは間違いないことだし、逃げることができないことも分かってるけど、人を好きになることで、自分の性別を自覚させられるのが、ちょっと嫌だった。」

「…でもさ。女の子だから、って理由で止められても、それをやる人はいるわけでしょ?」


 …理人君の言葉に、私は頷くしかない。そう、やる人はいる。


「もしかしたら男性しかって制約があることも何かしらあるのかもしれないけど、結局のところ、栗田さんも女の子だからって理由を使ってしまってるんじゃないかな、って思う。」

「そんなことない。周りがそう言ってるから…。」

「でも、例えば高校とか大学チャレンジするとかの話だけど、結局受けるかどうかは本人の意思にも依るところがあると思うんだよね。でも、女の子だからっていう理由で周りが許してくれないから受けるの辞めた、って、結局自分が決めたことじゃない?」

「でも、周りが許してくれなかったら…。」

「説得したり本人の出来る限りのことをやって、それでも駄目なら、そうなんだと思うよ。でも、最初に女の子だからって反対されて辞めたってことなら、それは最初から自分が諦める理由を探してたってことじゃないかな?」


 理人君の言葉に何も言えなくなる。


「栗田さんの事情だってあるだろうし、僕が言ってることは理想論でしかないんだろうけど、自分で自分の限界を決めることは、しない方がいいと思うよ。勿体無い。」


 理人君の言葉が、ひどく堪える。

 私は女の子だから駄目という理由を嫌いながらも、自分の都合のいいようにその理由を使って自分で自分の限界を狭めてただけなのかも知れない。


「それで、話は戻るけど、サッカー行くの、譲るの?」

「…愛美には譲るって言ってあるし。」


 …あの飲みの後、メールで確認されて、再度譲ることを伝えていた。


「佐藤のこと好きなんでしょ? 本当にそれでいいの?」

「…ギリギリまで考えてみる。」


 理人君が頷く。

 これが今の私の精一杯の答えだと分かってはくれたみたいだ。


「ところで今さらだけどさ。」

「何?」


 理人君の声のトーンが変わる。


「全滅して今日やってたところパーになってるんだけど。」


 画面を見ると、セーブデータの選択画面に戻っている。

 今日は中ボス戦で、ギリギリ勝った所だったのに!


「折角の今日の成果が! セーブしてから話しかけてよ!」

「いやごめん、こんなに話し込むとは思わなくて。」

「もう、今日は無理だ。また、次の時にやろう。」


 私は心が折れた。理人君はゲームできる時間の限界が迫っている。今日は、もう無理だ。


「じゃあ、また今度。栗田さん、サッカーのこととか佐藤のこと、よく考えて。できたら諦めないでほしい。」

「ありがとう。良く考えるよ。」


 私は理人君にお礼を言って、理人君の背中を見送った。

 さて、どうしよう。

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