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目が覚めると、テレビの画面がセーブデータの画面に戻っていた。
…昨日、理人君に注意したばっかりなのに。自分でやっちゃった。どこまでセーブできてたっけ?
嫌な予感がしつつ、データを選んで決定ボタンを押す。
昨日の夜、ゲームを始めた場所の映像が、また広がった。…最悪だ。昨日、結構手こずってたボス戦に、勝った記憶があるんだけど。また、やり直しか…。
諦めて、ゲーム機の電源を切った。
約束の時間に、約束の場所に向かうと、理人君の隣には、機嫌の悪そうな佐藤君が立っていた。
「栗田、何で授業取らなかったんだよ。」
…ああ、文句言いに来たのか。
「もともと後期は違う授業受けるつもりだったから。」
怒られたって、困る。
…佐藤君が、たぶんあの“さとうかずま”だって分かっても、私は、関わらないようにする、くらいの気持ちしか起こらなかった。あの時のことは、確かに嫌な思い出だし、私の心には人間不信の気持ちは植えつけられたけど、もう関わらなければいいだけの話だ。
「栗田のせいで、面倒な組み合わせになっただろ。」
「それ、私のせいじゃなくて、一緒に組んだ人のせいでしょ。私のせいにしないでくれる? 理人君、はい。これゲーム。簡単な説明したいから、学食入ろうよ。ご飯食べながら、説明するから。」
「ありがとう。」
私は理人君にゲーム機の本体とゲームの入った箱を渡すと、学食の中に足を進める。理人君も後についてきて、佐藤君がまたその後に着いてくる。
「俺も、行く。」
「ま、いいんじゃない?」
学食はご飯食べるところだし、私が拒否する権利はない。
「佐藤に、栗田さんからゲーム借りるって話したら、着いてくるって言って。文句言うとは思わなかったから。ごめんね。」
後ろから、理人君が私に声をかけてくる。
「別にいいよ。機嫌悪そうだから、予想はついた。」
「さっきまで、そんな顔してなかったんだけどな。」
…よっぽど、気に入らなかったんだな。まあ、いいけど。
ご飯を選んで、トレーを持って、テーブルに着く。
流石にゲームしながらは説明しない。説明書に書いてある通りに、説明する。でも、一応何もわからなくても、できる仕様にはなってるはずなんだけど。
「たぶん、分かった。」
…ちょっと心もとない返事だけど、大丈夫かな。
「分からなかったら、メールして。また説明するから。」
私の説明が終わったのを見て、佐藤君が話しかけてくる。
「栗田さ、普通のサッカーって面白いの?って言ってただろ?」
電動車いすサッカーのボランティアをやった時に、そう言う話はした気がする。私はサッカーに興味ないから試合を見たことはないんだけど、電動車いすサッカーが意外に面白くて、そう佐藤君たちに質問してみたんだった。
「言ったけど?」
「今度、こっちのスタジアムで公式戦があるんだけど、見に行く?」
…佐藤君は確かに、サッカーの公式戦を見に行くことがあると話していた。私がすぐに返事しないのを、悩んでいると思ったのか、また口を開く。
「再来週の土曜日なんだけど。」
「…無理だね。予定がある。」
「そっか。それなら駄目だな。」
別に予定はない。でも、佐藤君と関わるのは避けたかった。
「香奈枝。」
聞き慣れた声に振り向く。愛美だ。
「ああ、愛美もご飯?」
「うん。私のここ入れてもらっていい?」
「私は別にいいけど?」
2人を見ると、2人も頷いてくれる。
愛美はトレーをテーブルの上に置いて、一緒にいた団体に声をかけると、戻ってくる。
「ちょっと、香奈枝。紹介してもらっていい?」
ああ、そっか、初対面か。一度2人のことが愛美との話題に上ってたから、知り合いのような気がしてた。
「えっと、佐藤君と…り…霧島君。こっちは、郡さんです。」
理人君は私が下の名前を教えようとすると、わずかに首を横に振ったので、苗字にしてみた。
「初めまして。香奈枝の友達やってます、郡愛美です。今日はお邪魔してすみません。」
「大丈夫。栗田のゲームの話しかしてないから。」
佐藤君の言葉に、愛美が呆れた顔をする。
「ここに来てまで、ゲームの話するのやめなよ。」
「だって、り…霧島君にゲーム貸すから、説明したんです。」
正当な理由はあるはず。
「郡さんはゲームとかしないの?」
佐藤君が愛美に質問する。
愛美が私に目配せしてくる。ああ、ばらすなってことね。大学デビューって面倒だなぁ。
「佐藤君はするんですか?」
「俺は、栗田と違って、専らオンラインゲーム派。」
それを聞いた愛美は急に佐藤君の方に身を乗り出す。
「私も、オンラインゲームやるんです。佐藤君はどんなのやってるんですか?」
うわ。変わり身速い。人にはバラすなって言っておいて。
佐藤君がゲームの名前を言うと、愛美は更に食いついた。どうやらやってるゲームらしい。私にはさっぱりわからない。
結局ごはんが終わるまで、佐藤君と愛美のゲームの話は盛り上がっていた。
ご飯を食べ終わって、それぞれの学部に戻ることにする。
愛美は佐藤君と連絡先か何かを交換したみたいだ。ゲームを一緒にする話になったらしい。私に関係しなければ、何でも好きにしてくれていい。
「ねえ、香奈枝。やっぱり二人ともイケメンだったじゃない。あの2人でしょ、私が一回見かけたの。」
「愛美が見かけたのは、確かにあの二人だよ。」
イケメンかどうかについては、主観が入っちゃうから、何とも言えない。
「佐藤君は、雰囲気イケメンって言うか。子どもっぽいところがあって、それがまたいいよね。霧島君は間違いなく、美形の部類だね。」
「へー。」
そんな分類があるんだ。
「私は断然、佐藤君だな。霧島君は何だか冷たい雰囲気があると言うか。佐藤君の方が趣味も合うし。」
好きにしたらいいです。
「香奈枝は、どっちなの?」
「…どっちとかないし。」
「じゃあ、私が佐藤君にアプローチしても、構わないんだね?」
「好きにしたらいいんじゃない?」
私には関係ない事だ。
「じゃあ、遠慮なく。」
愛美はルンルンしている。彼氏作るのが目標だったもんねぇ。
「私は巻き込まないでね?」
愛美はきょとんとして、頷く。
「よくわかんないけど、分かった。」
これで、大丈夫かな。
授業で会うのは理人君だけだと分かっているし、愛美が私を巻き込まなければ、佐藤君と関わることはほぼないだろう。
巻き込まないでって、言ったのに。あの話をしたのは、先週だったはず。
「愛美、どうして、佐藤君が私たちに手を振ってるの?」
愛美に学食に行こうと言われて一緒に来たら、既に席についていた佐藤君と理人君がいて。佐藤君はトレーを持っている私たちを見て、迷わず手を振ってきた。愛美は愛美で、迷わず佐藤君たちの方へ足を向ける。
「一緒にご飯食べる約束したから。」
愛美は私を見ない。
「私を巻き込まないでって、言っておいたよね?」
「友達の恋路を応援するためだと思って、協力して。」
愛美が私を振り向く。
「だって、まだ二人きりでは佐藤君会ってくれないと思うから。助けると思って。お願い。香奈枝がいてくれた方が、私も何かと助かるし。」
こういう頼み事はされたことがないので、すごく戸惑う。実は、愛美みたいなタイプの友達は初めてで、愛美にどう対処していいのか迷うことがしばしばある。今日はその最たるものだ。
「二人きりで会えるようになるまで頑張ったらいいんじゃない? 私は別のところで食べるから。」
「もう、佐藤君と約束したから。香奈枝の都合も聞かずに勝手に約束する人だと思われたら嫌だから、今日はお願い。」
…自分勝手だな、と思う。でも、それが愛美が言うことによって、かわいく感じられるんだから、愛美は得してるのかもしれない。
「今日だけだよ?」
私はため息をついた。
「でも、これからも、時々一緒に4人で食べようって話になってるから、付き合ってね。」
私の“今日だけ”と言う話は、完全にスルーされた。こうなると、私は愛美に振り回されるだけだ。本当に大きなため息が出た。
「栗田はさ、オンラインゲーム、やっぱりやらないの?」
また、佐藤君に話しかけられた。
「前にも言ったけど、興味ない。」
「そうだよ。私と香奈枝が仲良くなったきっかけって、そもそもオンラインゲームの良しあしを議論したからなんだよ。」
ね、と愛美が私に声をかけてくるので、私は頷く。
さっきから何度か、私に佐藤君が話しかけてくる、私が会話を切る、それを愛美が拾う、というやりとりが繰り替えされている。
そのやりとりを見て、理人君は苦笑してるだけだ。どうやら、理人君は愛美が苦手なタイプらしい。ほとんど口を開かないのが、その証拠だろう。おしゃべりと言うわけではないけど、こんなにもしゃべらない理人君は初めて見た。
佐藤君もいつも以上に私に構おうとしている気がする。何でなんだろう。
確かにこれじゃ、2人きりにまだなれないかもなぁ。この間のゲームの話は、盛り上がってるみたいに見えたのに。
「そう言えば、二人とも、一緒にゲームしてるんじゃないの?」
私と関係のない話題になれば、勝手に二人で盛り上がれるはず、と思って話題を提供したんだけど。
「時間が合わないんだよ。」
「そうなんだよね。私最近夜遅くまでは起きてられないから、佐藤君がプレイする時間は、寝ちゃってて。逆に私がプレイする時間は、バイトで忙しいみたいで。」
ああ、愛美は美容のためにって言って、早めに寝るようにしてたんだっけ。佐藤君がバイトしてる話とか、初めて聞いた。
「あんなに盛り上がってたのに。」
「1回くらいは一緒にプレイしたんだよね?」
「したな。」
…今日は、どうもゲームの話題では盛り上がらないらしい。
私が助けを求めるように理人君を見ると、理人君は苦笑だけ返してくれた。
その後も、週に一回は、私と愛美と佐藤君と理人君の4人でお昼ご飯を食べる会が開かれている。
もう私は行きたくないことを伝えても、愛美は私を無理やり連れだす。香奈枝は私の恋が成就しなければいいと思ってるんだ、と言われて、渋々参加している。愛美の恋が成就することを妨げたいわけではないから、仕方ないと思うことにしている。そのうち、2人っきりで会うことになるんだろうから、と思うことにしている。
基本的に、愛美に騙されて4人でご飯を食べた時と、話の流れは変わらない。
佐藤君が私に話しかける、私が会話を切る、愛美が拾う。理人君は、その間、相槌打ってるのが主だ。時折佐藤君が私に話しかけてくる内容に、突っ込みいれたりはしてるけど。
いつか役目を終えるだろうと思ってるんだけど、いつになることやら。
理人君から連絡が来たのは、4人でご飯を食べるようになってから、2カ月くらい過ぎたころだった。もう、11月だ。
メールだったんだけど、『今から電話しても大丈夫?』と言う内容だ。電話掛けてくる前にメールで確認するとか、前から思ってたけど、マメと言うかなんというか。
「いいよ」とメールで返事するとすぐに電話が鳴った。
「理人君? 連絡くれるなんて珍しいね。何か用事?」
『ゲームが、進まない。』
ああ、ゲーム貸してたんだった。
「どこら辺から? 説明してくれれば、分かるから、言って。」
『最初の部屋から、出られない。』
はあ?
「ちょっと待って。ゲームって、今日はじめた?」
『…いや。いつもやろうと思って始めるんだけど、いつも部屋から出られなくて断念して終わる。』
ちょっとやっただけで、諦めてるんじゃないよね?
「どれくらい最初の部屋でうろうろしてるの?」
『長ければ一時間くらい。』
あの部屋、5分もしないうちに出ちゃう部屋なんだけど。それは、相当困ってるね。
「理人君、ファミレスで集合しよう。ゲームしながら教えるから。」
『ごめん。よろしくお願いします。』
理人君、何でもそつなくこなせそうなのに。
私はパーカーを羽織って、部屋を出た。
結論から言えば、理人君はゲームがむいてないんだと思う。
ファミレスで集合してから、最初の部屋の出方を教えて、ようやく出られたと思ったら、その後も、情報を集めて、とか、装備をそろえて、とか、ゲームしたことない人でも説明書とその仕様から何となくやって分かることが、理人君にはどうも操作できないらしい。
私もゲーム苦手、と言う人は何人か知ってるけど、それでもこんなにできない人は初めて見た。
最初の町から、一人では出られそうにない理人君を見て、私は最後通告を出すことにした。
「理人君、ゲームするの諦めたら?」
「…いやだ。」
意外に抵抗するなぁ。
「そもそも、いつからやり始めたの?」
「借りた初日から。」
…それは…。
「ごめん。貸しといてなんだけど、理人君はゲームに向いてないんだと思うよ。」
「それには気付いてる。でも、悔しいから諦めるのは嫌だ。」
意外に負けず嫌いだなぁ。
「だってこれじゃ、理人君いつまでたってもエンディング見れないよ。きっと。」
「…それも、分かってる。」
分かってるなら。
「ね、諦めなよ。」
「それは嫌だ。栗田さんが説明してくれた話の内容なんだったら、最後まで見たい。」
…それは、他の誰かがプレイするのを見るしかしかないんじゃないの?
そう思ったとき、家にあるゲームの仕様を思い出す。
「理人君、本当にゲームの話をエンディングまで見たいなら、方法はあるよ。それに、理人君もちょっとはプレイに参加できる。」
私の言葉に、項垂れていた理人君の顔がぱっと明るくなる。
「どんな方法?」
「でも、楽しくはないかもよ?」
「それは、やってみないと分からないから。」
まあ、そうなのかな。でも、わたしなら人がプレイしてるのを横から見てるだけとか、ちょっと耐えられないけど…。まあ、こんだけ言ってるんだから、耐えられるか試すことぐらいはしようかな。
「基本的に、プレイは私がする。それを理人君が見てて、ストーリーの流れを追ってくれればいい。それで、戦闘の時に、一緒に戦うメンバーの中の2人くらいを、理人君に任せるから、好きに戦わせて。それなら、ストーリーは進むし、理人君も参加できる。どう?」
「お願いします。」
即決だなぁ。
「理人君は、この後暇?」
「暇。」
「じゃあ、移動しようか?」
私の言葉に、理人君が戸惑う。
「どこに?」
「うち。うちじゃないとできないから。理人君実家なんでしょ? 私がゲームもちこんで上がり込むわけにもいかないし。」
最初の頃に、理人実家暮らしでいいよな、と佐藤君に言われていたのを思い出す。
「えっと、いいの?」
ああ、僕が男だけど、ってことかな。
「ゲームしたいんでしょ。なら、良いんじゃない?」
私は特に構わない。
「じゃあ、お願いします。」
戸惑ったように、理人君が返事するのを聞いて、私は立ち上がった。