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「大丈夫? 災難だったね。」


 理人君は私のぶたれた方のほほを、切なそうな顔で触れる。理人君の言葉に私は頷くしかない。


「もう話すこともないと思ってたけど、最後の最後に話したのがこんな風になるとは思わなかった。」


 私は大きくため息をつく。前の時みたいには、愛美のことを最低だとは思わないけど。


「また人が嫌いになった?」


 理人君が心配そうに私を見る。


「…愛美も、好きな人を思う心くらいはあるんだなと思えたから、それは大丈夫。」


 昔ほど人間が嫌いだと思わなくなったのは、理人君や、静流たち大学でできた友達たちのおかげかな、と思う。…突き詰めると愛美のおかげなのかもしれない。愛美があんなことをしなければ、私の人間嫌いはまだ変わらずにひどいままだったのかもしれない。


「もしかしたら、愛美とのことは私が人間嫌いをちょっと克服するために与えられた試練だったのかもしれないね。」

「それはポジティブすぎじゃない? 郡さんは人として最低なことをしただけだよ。」


 理人君はばっさりだ。


「でも、あの後の理人君の存在とか、新しくできた友達の存在とかが、私の人間嫌いをマシにはしてくれたのは確かだよ?」


 私の言葉に理人君がホッとした顔をする。


「でも、マシになったぐらいなの?」

「…昔よりは大分マシだと思うけどね。」


 昔は、人と関わるのが本当に億劫で仕方なかったから。


「そんなことより理人君。卒業おめでとう。」


 私がここで待っていた本当の目的を思い出して、私は手に持っていた花束を思い出して、理人君に渡す。

 理人君は嬉しそうな顔をして受け取ってくれる。…花束しか思いつかなかったんだよね。良かった。


「ありがとう。今日は遅くなるかもしれないけど、部屋に行ってもいい?」

「うん。ゲームして待っとく。」

「ゲームに無条件で勝てるようになりたいよね。」


 理人君は、あれからゲームには一切触っていない。理人君が言っている“勝てる”は、ゲームの勝ち負けではなくて…私が理人君をゲームより完全に優先する、という意味だ。


「…そのうちに。」


 だってゲームはやっぱり好きなんだよね。昔に比べるとゲームをする頻度は明らかに減ったけど、理人君とのんびりする時間に…ゲームをさせてもらうこともある。

 もうそろそろラスボスとの戦いに突入するので…理人君が来る前に、決着をつけたいな、と思う。…だって、邪魔されることが最近増えているから。


「ゲームも、香奈枝の精神安定剤みたいなものだから、無理にはやめさせられないしね。」


 ため息をつきながら、理人君が私を見る。…気付いてたのか。


「知ってたの?」

「何となくは。同じゲームを何度もやってるのは、決まった反応が返ってくるから安心するのかな、とか。」

「人とは違って反応が決まってるのは、気が楽だよね。」


 オンラインゲームができないのは、キャラクターを操作してるのが生身の人間で、どんな反応が出てくるかわからないのが恐いからでもある。


「僕と関わってるのも、しんどいことがある?」


 私は首を横に振る。


「それはない。それがないから、付き合おうと思えたんだし。」


 佐藤君のことは好きだったけど、もし両想いになったとしても、付き合うことが可能だったのかについては、良く分からないな、と思う。私の人間嫌いが変わっていなかったとしたら、すぐに別れていることになっていたかもしれない。…所詮は想像の中のことでしかないけど。

 でも、理人君に関しては、そういうことは考えなくても大丈夫だった。理人君が私を甘やかしてくれていた結果なのかもしれないけど。


「それなら良かった。じゃあ、理学部まで一緒に行ってくれる?」

「いいよ。」


 そんなのお安い御用だ。でも、じゃあ、って…。理人君の言葉に笑いが出てくる。


「どうしたの?」

「何だか接続詞おかしくなかった?」

「おかしくないでしょ。僕のことが好きなんだったら、じゃあ、理学部まで一緒に行ってくれる? でしょ?」


 …まあ、いいか。

 理人君がにっこり笑って私に手を差し出す。


「つながなきゃ、駄目?」


 人前で手をつなぐのには、まだすごく抵抗がある。


「つないでくれないんだったら、ここでお姫様だ…。」

「つなぎます。」


 何て選択肢出すんだ。

 私が渋々手を差し出すと、理人君は迷わず指を絡めた…。宣言してるみたいで恥ずかしい…。


「恥ずかしがってるのも、僕のせいだと思うと、嬉しいよね。」


 理人君、絶対Sだ。


「好きな子苛めて楽しい?」

「苛めてないよ?」


 そう言って理人君が私にキスをする。目の前を通りかかっていた人たちがざわめき、人によってははやし立てる。

 すぐに離された唇にほっとしつつも、現状には目を向けられそうにはない。


「理人君、ひどい。」


 私は視線が上にあげられない。


「ひどいのは香奈枝だよ。」


 え?

 顔をあげると、理人君が私を愛おしそうに見ている。


「こんなに好きにさせるなんて、ひどいでしょ。」


 恥ずかしい! 理人君、ここ外だよ?


「理人君ここ外だってわかってる?」

「ごめん。」


 理解はしてくれたのか…。


「外だからこれだけで済んでると思うよ。」


 私の耳元で囁かれた言葉に、唖然とする。

 理人君!

 私がぷいっと顔をそむけると、理人君がクスクス笑う。

 絶対悪いと思ってないし。


「ほら、行こう?」


 私は顔は理人君には向けずに、頷いて、理人君について歩き出す。


「香奈枝、機嫌直して。」


 …あんなことして、機嫌なおしてとか良く言うし。


「理人君が悪いんでしょ。」

「だから、ごめんって。人のいない処だったら、良いんでしょ?」


 ここで頷くとろくなことが起きそうにない気がする。


「香奈枝?」

「頷きたくない。」

「嫌だな。人の事疑ってる?」

「もうこの話はおしまい。」


 もう、知らない。

 理人君はクスクス笑っている。ほら、絶対変なこと考えてた!


「イチャイチャするの嫌だって言ったのに…。」 


 私がぼそりと呟いた言葉は、理人君の耳には届かなかったみたいで、理人君が、何? と言いたそうに私を見ている。


「何でもない。」


 理人君の表情を見てそう答えると、そう。とだけ返してくる。これ、実は聞こえてたんじゃないんだろうか。


「さっきの話だけど。」


 理人君が私を見る。さっきの話?


「ゲームを精神安定剤みたいにしてるって話。」


 あ、ゲームの話か。


「ん。それが?」

「留学中もゲームしてたの?」


 私は頷く。


「携帯用のやつ持って行っておいてた。でも、寮の同室になった親友に、途中で取り上げられてたけどね。他にもやることあるでしょって。」

「勉強ってこと?」

「ううん。ゲームする時間があるんなら、私の相手しろってこと。」

「相手?」 

「そう。一緒に観光しに行ったり、親友と話したりってこと。一緒に過ごしたのは一年間だったけど、すごく長く一緒に過ごしてた気がするよね。」


 理人君はちょっと腑に落ちない表情だ。


「ゲームしてなくて、大丈夫だったの?」

「平気…だったね。ゲーム没収された時には、ちょっと不安だったけど、すぐにない生活に慣れた。」

「それって…今でもゲームしなくても大丈夫ってことだよね?」

「そうかもしれないけど…やってた方が落ち着くし。」

「それって…僕と過ごすことに不安があるってこと?」

「それは…違うよ。」


 不安は不安だけど…きっと理人君が思ってる不安とは違う…。


「じゃあ、どうして僕といる時にゲームしようとするの?」

「ゲームがしたいだけだよ。」


 …口には出せない。

 そこでようやく人の波が切れて、固まっていた人の流れがちりじりになる。


「香奈枝はゲームしながら、不安と闘ってる気がしてるんだけど。」


 理学部の方向に足を向かわせながら、理人君は私の顔を覗き込む。


「それは! 理人君がすぐ…そういう雰囲気に持っていくからでしょ。」


 理人君が握った手に力を入れる。


「香奈枝のことが好きだからだよ。」


 それは知ってるけど…。


「それだけが目的なのかと思っちゃう…。」


 大きな声では言えないので、ぼそりと呟く。


「それは…。ごめん。付き合えることが嬉しくて…気持ちが抑えられなくて…。でも…それは香奈枝が好きだからで…それが目的なわけじゃない。」

「じゃあ、今日は何もしないでいてくれる?」


 う、と理人君が詰まる。


「無理?」

「いや…それだと泊まるなってこと?」

「ううん。泊まってくれていいよ。ベッドも使ってくれてもいいし。」


 うう、と理人君がうめく。


「無理なら、今日はうちに来ないで。」

「無理じゃないから、香奈枝んちに行かせてもらってもいい?」


 何かを吹っ切ったように、理人君が私を見る。


「本当?」

「…うん。約束するから。香奈枝の信頼を取り戻したい。」


 …ちょっと大げさだけど…。


「じゃあ、うちに来てくれていいよ。」


 理人君に抱きしめられて眠るのは、すごく気に入ってはいる。

 だけど、何もしないで抱きしめられて眠ると言うのは、今のところ体験したことがなかったので、すごく楽しみだ。


「香奈枝、嬉しそうだね。…僕とするのって、嫌?」

「…嫌だったら、もっと前に言ってる。でも、付き合うことになってすぐにそういう関係になったから…ちょっとそう思ってたことは事実。」


 友達の中には、半年も何もなくて大切にしてもらってた、って話してる子もいたから…。


「ごめん。…僕の中ではずっと香奈枝を大切にしてきたから…、十分大切にしてきたつもりで、あの時タガが外れちゃったと言うか…。でも、香奈枝からしたら、あの時が付き合い始めで、僕に大切にして欲しい時期だったんだよね。ごめん。」


 私の言いたかったことが、ようやく理解された。私は頷く。


「本当にごめん。…香奈枝が良いって言うまでは、しないから。…そういう気持ちになれたら教えて?」


 本当に?

 理人君の目を見ると、本気だと言うのは伝わってくる。


「ごめん。順番逆だけど、香奈枝のこと大切に思ってるから。それぐらいは何てことないよ。」


 …本当に?


「半年ぐらいは大丈夫?」


 私の言葉に理人君がゆっくりと頷く。心の葛藤はあるのかもしれない。


「それで香奈枝の信頼が取り戻せるなら、短いものでしょ。僕が好きになったのは、1年の時で、それからずっと香奈枝のことが好きだったんだから。留学してた1年間だって、忘れたことなかったし。」


 そう言えば…。


「再会した時、良く私だってわかったね。友達もすぐには気付かない子とかいたよ。」

「そんなの、姿がちょっと変わったって、香奈枝の雰囲気が完全に変わることがないんだからわかるよ。」

「すごいね。」


 理人君が苦笑する。


「それだけ好きってことだから。だから、今日は家に行くけど何もしない。それだったら、家に行ってもいいよね?」


 私は頷く。


「理人君に抱きしめられて寝るのは好き。」


 理人君が脱力する。


「お願いだから、そんなかわいい事言わないでくれる? キスしたくなる。」

「知らない。そんなこと言うなら、家に入れません。」

「キスもしちゃいけないのか…。修行だね…。」

「でも、理人君といる時、もうゲームしないから。」


 私の言葉に、理人君が少し複雑そうだけど、どちらかと言えば嬉しそうに笑う。


「僕はようやくゲームに勝てた?」

「元々勝ってたと思うよ。…あれさえなければ。」


 留学から帰ってきたときにゲームを再開するのをOKしたのも…どこかで理人君に会う理由が欲しかったのかもしれないな、と今なら思う。


「理人君とそういう関係になったことには後悔はないけど…でも、もう少し私の気持ちを汲んでほしかった。」

「ごめん。本当にごめん。両想いになったからって…僕の気持ちだけ押し通しちゃだめだよね。」

「私も…こんなこと今更言ってごめんね。もっと最初の時点で言えばよかったのかもしれないな…とは思うけど、言っていい事なのか…理人君の気持ちを疑っているみたいで、言えなかった。」

「ううん。いいよ。今日言われなかったら、ずっと香奈枝が胸に抱えてたままだったわけでしょ? 今の時点で挽回できるんなら…いいよ。何も言われずに、ある時それが爆発してしまって急に別れを切り出されるより、ずっといい。」


 理人君が私の手を強く握る。


「別れずに済むなら、1年ぐらい香奈枝と何もなくてもいい。」


 前を向いて歩く理人君の顔は真剣だ。

 …それはそれで…「嫌だな。」口の中で呟いた言葉は、理人君には届かない。

 本当は私だってわかっている。理人君が私を大切に思ってくれていること。でも…理人君の口からはっきりと聞くまでは、漠然とした不安があった。


「夜遅くに行くかもしれないけど、寝ないで待っておいてくれる?」


 理人君の言葉に頷く。


「ゲームして待っとくから、大丈夫。」


 理人君が口をとがらす。


「ゲームはもうしないんじゃなかったの?」

「理人君といる時は、って言った。ゲームを一切しないとは言ってない。」

「…確かに、言ったかも。じゃあ、ゲームしながら寝ないでね?」


 私がゲームをしながらウトウトしてしまうことは、最近だと日常茶飯事だ。…本当はもう、このゲームたちの私の精神安定剤としての役割も完全に終わってしまっているのかもしれないな、とは思う。


「善処します。」


 いつか、理人君に言われた言葉を思い出す。

 理人君もその時のことを思い出したのか、クスクス笑う。

 話しながら歩いていると、あっという間に理学部の前に着く。


「じゃあ、夜行くから。」

「うん。待っとく。気を付けて来てね。」


 私が手を振ると、理人君が理学部の校舎に入っていく。


 理人君が見えなくなってから、自分の家に向かう。

 途中、理人君に告白したベンチが見えて、近寄る。

 立ったまま、図書館でお気に入りだった場所を見る。もう、あの場所にも最近は行っていない。あの人間が好きになれずに、あまり人と関わらないようにしていた私はもういない。勿論人間嫌いが完全に治ったかと言われれば、Noだろう。

 でも、もうあの頃の私は、あそこにはいない。

 理人君が見つけてくれて、そして、変えてくれた。その時に仲良くなった友達とかの影響も大きいけど…私のキーパーソンは理人君だ。

 一人の人との関わりで、こういう風に自分が変わってしまった、ということにはとても不思議な気はする。

 そう言えば、私が人間嫌いになったのも、きっかけは一人の人だった。だから、たった一人だとしても、そういう影響力は十分にあるんだろう。


 私は。

 理人君にとって、いい影響を与えられる人になりたいと思う。

 この先もずっと、理人君と関わっていきたいと思うから。

 私は図書館の窓にかすかに残る、人間が嫌いで仕方なかった自分に、心の中で手を振る。

 窓に残った私の姿は、もう見えない。


 私はまた歩き出す。

 私の中にあった不安は、さっきの私の姿と一緒に消えてなくなったみたいに思えた。


最後までお付き合いいただきありがとうございました!

楽しんでいただけたでしょうか?

果たして、このクオリティのものが最後の公開作品でいいのか、と葛藤はありつつも、自分で思う三谷作品らしさのある小説でもあったので、これでいいかな、と最後は納得しました。

私が書いてるので、どうやっても三谷作品にしかならないんですけどね(笑)。

なろうが消滅しない限りには(なろうに消されない限りには)公開している小説はそのままですので、気が向いた時に読んでいただけるといいな、と思います。

読んでいただき、本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 霧島家のシリーズが好きでしたので、最後にこちらが読めて良かったです。 本当に長い間ありがとうございました。
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