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「香奈枝、大丈夫? 痛くないようにはしたかったんだけど。僕も初めてだから、ごめんね。」


 私と横向きに向かい合ったまま、理人君は私の顔をなでる。


「…痛いって言ったのに…。」

「ごめん。香奈枝があんなこと言ってたのも聞いてたから、自分でも止められなくて…。」


 …なんか言ったの、私?


「何か言ったっけ?」

「僕と最後までしたいと思うって…。」


 …そんなこと、私言ってない。


「言ってない。」

「言ったよ。」

「いつ言ったの?」


 もしかして、無意識でそんなこと言った? いや、そんなこと口走るわけがない。痛みでちょっと抵抗してたんだし。


「ゲームはじめる前に、言った。」


 ゲームはじめる前? 理人君との会話を思い出す。


「ゲームの話しかしてない。」

「でも、僕がクリアしたいって言って、香奈枝に嫌かどうか聞いたら、確かに香奈枝はそう言った。」

「…それはゲームの話でしょ?」

「そうだけど、あれ聞いたら、ちょっと…。」


 理人君が照れる。…何か、いつも見ない理人君でかわいい。…いや騙されちゃいけない。


「そんな会話じゃなかったのに、どうしてそう思うわけ?」

「やましい気持ちがあるから。僕だって男だよ。好きな子にそんなこと言われたら…。」


 …今までのことがあったから、完全に油断してたって言うか…そもそもそんなつもりで話してないし!

 …そう言えば。


「どうして、アレ持ってたの?」


 理人君は初めてだって言ってたし、今日はそんな予定はなかったはずなんだけど、アレは、なぜか持ってたんだよね…。


「…アレは、香奈枝を好きになったあたりで持たされた。」


 持たされた?


「誰に?」

「…母さんに。」


 理人君はすごく言いにくそうに言う。…まあ、言いにくい内容かもね。


「どうして、汐里さんが?」

「…責任とれるようになるまではきちんとしなさいって。」


 …間違ったことは言ってないけど…。


「汐里さん、1年の頃から理人君の気持ちに気付いてたの?」

「…何で知ってるの?」


 理人君が本気で驚いてる。私たちの間で、いつから理人君が私のことを好きだったかとかの話はしてない。


「佐藤君が。」

「もしかして、全部聞いたの?」


 私が頷くと、理人君が照れる。


「授業の時に見かけても、あんまり表情変わらないのに、図書館のとこで一人で座ってるときにはリラックスしてるのか、くるくる変わる表情見てたら、香奈枝のことが気になって、好きになってた。」

「だって、完全に気を抜いてたから。」

「だから、その表情を近くで見たいなって思ってたら、佐藤とゲームの話で盛り上がってて…。」 

「好きでもないゲームに、興味があるって言ってみたんだ?」


 理人君が頷く。やっぱりゲーム好きじゃないんじゃない。 


「嘘つき。」

「嘘ついてゲームしてでも香奈枝に近づきたいと思うくらい、香奈枝のことが好きだよ。」


 理人君は何度言っても言い足りないと言いたいみたいに、何度も何度も私のことを好きだと言ってくる。本当に、人が変わったみたいだ。


「理人君、人が変わったみたい。」

「どこが?」

「だって、今まで私が気付かないくらいに気持ちを隠し通してたのに…。」

「だって、もう隠さなくてもいいし、香奈枝が好きだって言ってくれたのに応えたいから。」

「応えるって…。もう十分です。」


 本当に理人君の言葉かと思うくらい、甘くて困ります。


「香奈枝、このまま寝る?」


 このまま寝る以外の選択肢って? 理人君の目に色っぽさがにじんでて、私は慌てて頷く。


「このまま寝よう?」


 私がそう言うと、理人君が私を反対に向くように言って、背中から私を抱きしめる。

 理人君の体温の暖かさに、私はすぐに眠りに吸い込まれる。

 あ、私、理人君に言い忘れてる。…まあ、いいか。




「ゲームやっとクリアできたね。」


 翌朝。怪しい手の動きに目が覚めて、理人君の手を押さえると、理人君は開口一番にそう言った。

 …ああ、言い忘れてた。


「クリアできてないよ。」

「どうして? ラスボスってやつ、倒せたでしょ?」 

「あの時、とりあえずって言ったでしょ。あの後、ラスボスの最終形態になって、もう一回戦うの。それが終われば、クリアなの。だから、あの時のは、間違いなくあの後すぐにラスボスに倒されちゃってる。」


 理人君があんなことしてくるから。


「そうなの?」

「そうなの。」


 理人君がため息をつく。


「エンディング、見たいでしょ?」

「…香奈枝が見せたいと思ってくれてるんなら。でも正直、ゲームをしてる香奈枝を見てる方が楽しい。」

「ゲーム楽しんでくれてると思ったのに。そんなこと思ってたんだ。私、理人君に楽しんでもらいたいと純粋に思ってたのに。」


 私が拗ねた声を出すと、理人君が慌てる。


「エンディング見たい!」


 絶対嘘だ。


「もう、いいよ。ゲームに興味がないのは良く分かった。」

「でも、ゲームを楽しそうにしてる香奈枝は見たい。」

「…わかった。じゃあ、私がクリアするから。今度は、大人しく見ててね?」

「…善処します。」


 私が疑わしそうな目で見ると、理人君が笑う。


「どんな表情見ても、かわいいって思える。」


 …しばらく、この甘々理人君と付き合うことになるのかな。…ずっとこれとか、ないよね?

 理人君のお父さんを思い出して、私は小さくため息をついた。


「香奈枝、好きだよ。」


 理人君が私の顔を覗き込んでくる。


「私も好きだよ? でも、あんまりべたべたしないでね?」

「おばあちゃんになっても、あんなのいいなって言ってたよ?」


 …確かに言った気がする。


「言ったけど、あれは…。」


 私がしたかった言い訳は、理人君に飲み込まれた。


「僕がそうなるようにするから。」


 唇が離れて、理人君の口から出た言葉に、脱力する。

 理人君の笑顔を見ながら、でも、いっか、とどこか諦めてる自分に気付く。




 理人君の大学の卒業式の日。院に進むのは決まってるけど、卒業式はあるから、私もお祝いをするために、卒業式のある会場の前にやってきた。


「あ、静流だ! 静流卒業おめでとう!」


 理人君を待っていると、人ごみの中に思いがけず静流を発見する。静流とは学部で会う約束をしてたから、ここで会う約束はしてなかった。


「ありがとう。去年までは見送るほうだったから何とも思わなかったけど、この人ごみはどうにかしてほしいわね。」


 人ごみの中にできた隙間を使って、私のいる端の空間に移動すると、静流がホッとしたように言う。


「静流が卒業しちゃうのかと思うと、寂しいよ。日本に戻ってきてからは、彼氏さんに静流とられっぱなしだったし。」

「良く言う。最近彼氏とラブラブで相手してくれてないの香奈枝の方でしょ?」

「…そんなことないよ。後期のテストが…。」

「いいよ。付き合い始めのラブラブの時期だし。」


 静流がニヤッと笑う。静流に理人君と付き合い始めた話をしたら、すごく喜んでくれた。留学前に2人で大泣きした思い出もあったから、私の恋がうまく行ったことがすごく嬉しかったみたいで。静流が喜んでくれて、私もすごく嬉しかった。

 理人君と会ってみたいと言うので会せたら、理人君の甘々っぷりに驚かれた。


「で、その彼はまだなの?」

「これだけ人がいると、見つけられる気がしないんだよね。ここら辺にいるよ、とは言っておいたんだけど。」


 目の前の人混みを見ながら、ため息をつく。


「あの彼なら、香奈枝をすぐ見つけるから大丈夫だよ。」

「そうかな?」

「そうだって。じゃあ、私はまたこの人の波にのまれることにするよ。後でね?」

「うん。後でね。」


 静流が手を振って人の波にのまれていくのを見届けた瞬間、頬に痛みが走る。ただでさえざわめいていた周りがさらにざわめく。


「一馬を選ばないって、どういうこと?」


 目の前に、愛美が立っている。…すごく怒った表情で。私は愛美に平手打ちをされたらしい。頬が痛い。


「ちょっと郡さん! ああ、もう!」


 人の波にのまれた静流も見てたみたいで、こっちに戻ってこようともがいてるみたいだけど、波に流されていく。


「静流大丈夫だから。そんなことしたら着物が崩れちゃうから、行って!」

「ああ、もう! 後で!」


 静流はいらだった様子で、そのまま人の波に身を任せた。


「ちょっと、私が話しかけてるんだけど。」


 …無視するって選択肢はないわけね。待ち合わせはここだし、移動はできないしなぁ。


「どうして私の恋愛まで愛美に口出されないといけないの?」


 愛美の恋愛なら愛美の好きにしたらいいと思う。…人に迷惑かけない程度に。でも、人の恋愛にまで口を出す権利なんてないはずだ。


「一馬がどれだけ香奈枝のこと好きか分かってるの!?」


 まるで、あの事がなかったような言い方だ。


「わかってて私と佐藤君がうまく行かないように仕組んだのは愛美でしょ?」

「香奈枝も好きだったじゃない。どうして一馬じゃなくて、あんな冷たい人選ぶの!?」


 私の抗議はなかったことにされたらしい。


「理人君は冷たくなんてないよ。」


 愛美が冷たいって感じたのは、理人君に愛美の本性が見抜かれてたからだよね。


「一馬の方がずっといい。一馬を選んでよ。」


 愛美の必死な表情を見ながら、愛美も好きな人を思いやるくらいはできるんだな、と思う。


「香奈枝、聞いてる?」

「聞いてる。」

「だったら一馬を選んでよ。」


 …だったらって…。


「それはできないよ。もう私にとっては霧島君への気持ちしかないから。」

「やっぱり、香奈枝は2人侍らせて自分のいい方を選んでるだけじゃない!」


 声が荒くなる。どうやら愛美の怒りのポイントをついたらしい。愛美が手を振り上げた瞬間、その手が捕まえられる。


「郡さん、言いがかりもいい加減にしたら?」


 愛美は理人君の顔を睨みつける。


「何よ! 霧島君だって、香奈枝に近づくために小細工とかしてたじゃない! 人のこと言えるわけ!?」

「それも言いがかり。佐藤と香奈枝のことは、2人の中ではもう決着がついてることだから。部外者が口を出さない。」

「私は部外者じゃない!」


 理人君がため息をつく。


「佐藤、郡さんがそう言ってるけど?」


 理人君が名前を呼ぶまで、佐藤君の存在には気が付いてなかった。愛美もそうだったみたいで、驚いた顔をしている。


「部外者だろ。」


 佐藤君の言葉はそっけない。


「だって、付き合ってたじゃない。」


 愛美の言葉に佐藤君がため息をつく。


「もう別れただろ。その話だって、郡さんには何の関係もない。」


 佐藤君の愛美への声色は、最初の方で愛美に対応していた時の声色に近い。


「私は一馬のためを思って…。」


 愛美が必死に言い訳をする。


「俺のためを思ってるからって、栗田さんに平手打ちとかしていいわけじゃないだろ。」

「そんなことしてない。」


 …今のなかったことになってる。


「しようとしてただろ。」


 佐藤君がいらだった様子で愛美を見る。


「だって、一馬がかわいそうだから…。」

「郡さん、それは…。」


 理人君が口を開きかけたのを、佐藤君が制す。


「俺はかわそうでもなんでもない。郡さん、人の気持ちって自分の思い通りにならないってわかってる?」

「…わかってる。だから私は一馬に振られたんでしょ。」

「わかってるんなら、こういうことしないだろ。…こういうことしてる郡さんの方がかわいそうだと思う。」


 愛美が傷ついた顔をする。…好きな人の言葉は届くんだな。


「ほんとに俺のこと思ってるんなら、俺に関することで人に迷惑かけないで。」


 愛美が哀しそうに目を伏せる。


「愛美行こう?」


 今の今まで気付いてなかったけど、愛美の後ろには愛美の幼馴染らしい(同じ学部ではないけど見覚えのある)女の子が立っている。

 愛美は何も言わずに、その子と一緒に人の波に流れていく。


「…悪いな。迷惑かけた。」


 佐藤君の言葉に苦笑しか出ない。


「どうして今日になってなんだろうね。」


 理人君が、理由を知ってる? という顔で、私を見る。


「2人が別れたとかの話聞いたの、年明けだったでしょ? 研究室違って学年も違うと学部で会うことって、実はほとんどなくて。唯一まともに会ったのは、卒論発表会の時で、私は友達たちと一緒にいたし、何もなかったのはそのせいかもだけど。」

「たまたま一人でいるの見つけて、攻撃しに来たのかもね。」


 理人君が肩をすくめる。


「…俺、社会に出たら女見る目養うわ…。じゃ、理人、後でな。」


 佐藤君は軽く手を挙げて、人の流れに乗っていく。

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