13
年末年始は実家に帰って、始業前に一度、理人君とゲームをする話になっていた。
でも、約束の時間になっても、理人君が来ない。
…どうしたんだろう。いつも時間には正確なのに。
何か、あったんだろうか。…嫌な想像が頭に上って、まさか、と思う。まだ、20分ぐらいしか経ってない。きっと珍しく遅刻してるだけだ。そう、自分を落ち着かせて、でも、やっぱり落ち着かなくて、スマホをいじる。
メールも、返事がない。…今送ったばっかりだけど、気持ちが落ち着かなくて、返ってこないのが不安になる。理人君に電話を掛ける。
それと同時にインターフォンが鳴る。来た?
「ごめん。遅刻した。」
画面に映ったのは理人君で、ほっとする。理人君の息が切れてる。走ってきたんだ。
「良かった。来ないから何かあったのかと思った。上がって。」
ほっとした気持ちで、お茶の準備をする。
「ごめん。話し込んでたら、約束の時間過ぎてた。」
「いいよ。いつも理人君時間に正確だから、何かあったのかと思って心配してただけだし。」
お茶を一口飲んでから、ゲームの画面に切り替える。今はラスボスを目前にしていて、レベル上げの単純作業だ。でも、話をしながらだから、そんなに飽きはしない。
「栗田さん。」
真剣な理人君の声に、理人君を見る。
「どうしたの?」
「佐藤が、郡さんと別れたよ。」
…佐藤君が、愛美と別れた…。
「…いつ?」
「クリスマスに、別れたって。」
「理人君は、いつ聞いたの?」
クリスマスには、そんな話はしてなかったはずだ。
「僕も今日、聞いた。それで、佐藤と話してて、来るの遅れたんだけど。」
「…そっか。」
佐藤君、愛美と別れちゃったんだ。…今はただ、それしか、思えない。
「栗田さん、佐藤、まだ大学にいるから、会ってきなよ。」
理人君の言葉に、ぎょっとする。
「このタイミングで私が会って、何て言うの?」
私は完全に部外者だと思うんだけど。愛美と別れて正解だよ、って思ってても言えるわけないし。
「僕は栗田さんに謝らないといけないんだと思うんだ。」
「何を?」
今まで理人君に謝られるようなこと、何かあったっけ?
「栗田さん、留学前、僕に佐藤に昔いじめられてたんだって、教えてくれたよね?」
「…教えたけど?」
「実は、佐藤からも、たぶん栗田さんは、自分がいじめたことのある子じゃないかって話を聞いたことがあって。」
理人君の話に驚く。でも、何も謝ってもらうような内容じゃない。
「そうなんだね。でも、そんなことお互いから話を聞いてたからって、理人君が謝ることじゃないでしょ?」
「栗田さん、小学生の時は、佐藤って苗字だった?」
理人君にまっすぐに見られて、私は嘘を付けずに頷いた。
「佐藤が、“さとうかなえ”って子をからかいだしたのは、好きだったから、なんだって。」
理人君の言っていることの意味が理解できない。
「…それで、どうして、無視することにつながるのかが分からない。」
「からかって反応見るのが単純に楽しくて、でも、反応してくれなくなったから、ちょっと意地悪のつもりで無視、したんだって。そしたら…。」
「…いじめる方は、軽い気持ちなんだよね。」
何だか、もうその話は、聞きたくない。
「転校するって突然聞いて、本当に後悔したって。“さとうかなえ”って子に謝ってもらうことなんて何もなかったのにって。それからずっと忘れられなかったって。」
「理人君。もう、その話はいいよ。理人君が謝るような内容も、何もないし。」
「栗田さん、まだ聞いて。それで、大学で佐藤が栗田さんを授業の時に見かけて、きっと苗字は変わってるけど“さとうかなえ”って子だと思って、声かけるタイミングを探してたんだって。」
「私に謝るために?」
「…その時は。」
「でも、話すようになってからも、私何も言われなかったよ?」
佐藤君と話してて、そんな話になったことはない。
「それは…栗田さんのことを好きになったから、逆に言えなくなったって、言ってた。」
…佐藤君が、私のこと好きだった?
胸がざわめく。
「僕は、2年の6月の前には、佐藤が栗田さんのことを好きなことも、栗田さんが佐藤のこと好きだってことも、気付いてた。だけど、2人がお互いに伝え合うものだからと思って、教えなかった。ああなる前に教えておけば、2人は付き合ってたんだと思う。だから、教えずにいたことが申し訳なくて。」
私は首を横に振る。
「それは、理人君が謝ることじゃないよ。色んな事が重なって、私と佐藤君の気持ちが通じあわなかっただけのことだよ。」
理人君が責任を感じるようなことではない。
「でも、栗田さんが留学する直前も、佐藤の気持ちは、まだ栗田さんに残ってたのに。僕がその事実を伝えなかったから、栗田さんは佐藤のことを諦めてしまった。それに佐藤も栗田さんを諦めてしまった。」
「あの時は、もう佐藤君、私のことなんて何も思ってなかったよ。」
だから、あんなこと聞いたんだと思う。それに、あの夏休み明けには、愛美と付き合ってたと聞いた。
「違う。栗田さん留学する前に、佐藤に“郡さんとお似合いだって”言ったでしょ。だから、佐藤はまだ残ってた栗田さんへの気持ちに蓋をしたんだよ。」
理人君に伝えられた内容に、思考がストップする。
「栗田さんが諦めてそんなこと言うから、佐藤も諦めて、郡さんと付き合うことにしたんだ。だから、僕があの時に教えておけば…。」
私があの時、佐藤君に“お似合いだよ”って言わなければ、佐藤君と愛美が付き合うことはなかったってこと?
色んな感情がぐちゃぐちゃになって、私は目をつぶる。
「栗田さん! ほら、佐藤のことろに行って!」
理人君が私を立ち上がらせようと、腕を引っ張る。
「…理人君、佐藤君は、それでも愛美と付き合ったし、その愛美と別れたばっかりなんだよ? 私が何言えっていうの?」
理人君の手を振り払う。
「佐藤は、栗田さんに気持ちを伝えずにいたのを、まだ後悔してる。もう4年も佐藤の友達してるんだから、そんなことぐらい、分かる。だから、行って。」
懇願するような、理人君の声。私は、目を開けて理人君を見上げた。
「2年のあの時、2人の気持ちがすれ違ったのを見て、本当に後悔したから。もう、辛そうな栗田さんとか見たくない。だから佐藤の所に行って。僕の、せめてもの罪滅ぼしをさせてよ。」
本当に辛そうに、理人君が言う。
「わかった。」
理人君が、そこまで言うのなら。
「佐藤、学食に行くって言ってたから。まだ学食にいると思う。」
理人君は、私を先導するように、玄関に行く。
私は、掛けてあったコートを、どんなのかも見ずに手に取って、着る。
「理人君、ありがとう。」
私の言葉を聞いて、理人君はようやくほっとしたような顔をした。
「佐藤君、ここいい?」
佐藤君がびっくりした顔をして、私を見る。
休み中の上に、昼食のピークも過ぎた学食はガラガラで、佐藤君はすぐに見つけられた。
「何で? …理人が?」
私は何も言わずに頷いて、佐藤君の返事は待たずに、佐藤君の隣に座った。
佐藤君は、ため息をつく。
「栗田、佐藤香奈枝、なんだな。」
「そうだよ。」
私が理人君から説明を受けた時のように、佐藤君も、理人君から説明を受けたんだろう。
「今更だけど、小学生の時、からかったり、無視したりして、ごめんな。」
「…あの時は辛かったけどね。もう、いいよ。あの時のおかげで、今の私があるようなものだから。」
「最初に佐藤香奈枝かもって気付いた時、あまりの変わりように、驚いたけどな。昔は女の子女の子みたいな恰好してただろ? それなのに男の子みたいな格好しててさ。それに、恥ずかしがりやって感じだったのが、人の話を叩き切るような感じになってて。」
佐藤君が首を横に振る。自分のせいだと思ってるのかな。
「それで、どうして、私だって気付いたの?」
「格好は変わってても、面影もあるし、下の名前が一緒で、気になって見てたら、昔よく見た癖を、栗田がやってて。」
「良く、覚えてたね。」
私は、顔を見ても、佐藤君だとは思い出さなかったけど。
「1年の時も、同じクラスだっただろ。だから、入学式の時の写真を見ては、後悔してた。」
…写真か。私は最初に通っていた小学校の写真は一枚も残してないから。母がすっぱり捨てて引っ越したから。
「本当に、今更だけど、ごめん。」
「いいよ。もう、過去のことだから。」
そう、もう過去のこと。そう思えるようになったのには、とっても時間がかかったけど。
「それより、愛美と別れたって聞いた。」
「ああ。」
佐藤君は、あっさりと返事する。
「どうして?」
「愛美…郡さんに振り回されるのに、疲れた。」
…今更って感じもするなぁ。
「元々、だったでしょ? 何で今更?」
「そうだな。元々、そう言う子だった。分かってたのに、何で付き合っちゃったんだろうな。」
自嘲するような、佐藤君の声。
「女の子らしくて、かわいくはあったよね?」
そう、私も思ってた時はあった。
「そうだな。男って馬鹿だよな。」
「本当に、男って、馬鹿だよね。」
「ひどい言い方だな。そもそも、栗田が“お似合いだ”って言わなければ、付き合おうとか思わないし。」
「“付き合ったらいいと思う?”って聞くからでしょ!」
そう言って、私と佐藤君は顔を見合わせて、笑う。
懐かしい。2年半前に、なくした時間だ。
「栗田も、変わんないな。」
「佐藤君もね。」
「すぐ食べ終わるから、ちょっと、場所変えようぜ。」
私は、頷いた。
「何でこの時期に、外なわけ?」
佐藤君に連れていかれたのは、図書館の外にあるベンチだった。
「まあまあ。この辺りで、人に話聞かれずに話せるところって、ここしか思いつかなかったから。」
「寒いんだけど。」
文句を言いながらも、ベンチに座る。
「ほら。」
佐藤君が自動販売機で買った缶コーヒーを渡してくれる。…これで、暖をとれってことか。
「はぁ。」
「ほら、ここから、図書館の中、見えるだろ?」
私の溜息を無視するように、佐藤君が話し出す。
「見えるけど?」
「あそこの席、栗田が良く座ってた席だろ?」
言われて、気付く。確かに、そうだ。
「何で知ってるの?」
「理人が気付いた。」
「…そうなんだ。まさか、ここから、私見てたとか言わないよね?」
「…そのまさか。」
…嫌だなぁ。あそこに座ってるの、完全に誰にも見られてないと思って、気を抜いてた。
「あそこに座ってるの見てて、佐藤香奈枝の癖を見たんだよ。」
「そっか。」
癖なんて、自分では気づかないからね。
「オンラインゲームに誘っても、全く興味持ってくれないし。」
「ずっと興味ないって言ってたでしょ。」
人と関わらなきゃできないゲームなんて、したいと思えなかった。今でも、顔の見えない相手と一緒にゲームしたいとは思えないけど。
「栗田に、理人を呼んでるみたいに、下の名前で呼んでほしかった。」
「言われれば、そうしたと思うけど。言いもしなかったでしょ?」
「タイミング逃して、言い出しずらかったんだよ。」
「タイミング、ねぇ。」
どんなタイミングがあったのか、教えてほしいくらいだけど。
「サッカーに誘ってみても、一緒に行くとは言ってくれないし。」
「それは…。」
「ごめん。2回目に誘ったときには、郡さんが勝手に嘘ついて断ったんだろ。理人がそうじゃないかって。」
理人君、そんなことまで説明したんだ。
「あの時は本当にごめん。栗田の言うこと信じずに、郡さんに簡単にだまされて、理人の言うことなんて聞く気もなかった。」
「あれは…確かにひどいね。」
私のことを好きだったなら、信じてほしかったと思う。
「ごめん。栗田には何言っても、相手にしてもらえてないように思えてたし、俺のこと嫌いだって聞かされて自暴自棄になったって言うか…。」
「…私の態度も、ひどかったからね。佐藤君が、愛美の言葉を信じたとしても、仕方なかった、って思うようにしてた。そうでないと、私、本当に最低な人になる気がしたから…。」
「だから、あれ以上、言い訳をしてこなかったってこと?」
「説明しようとすればするほど、愛美のこと悪くしか言えそうになかったから。佐藤君に“友達の悪口言うなんて最低”って言われたし。それ以上は、佐藤君に嫌われたくはなかったよね。」
「なあ、栗田。」
佐藤君が、私をじっと見る。
「何?」
「俺ら、何ですれ違っちゃんだろうな。」
…私の気持ちも、理人君から佐藤君には説明済みか。
「そう言う、運命だったんじゃないかな。」
佐藤君がため息をつく。
「栗田が何の前触れもなく留学したって理人に聞いた時、小3の時のことを思い出した。」
「あれと、それは、全くの別物でしょ。」
「栗田、自分でも言ってたんだろ。全てを捨てたかったのかもって。」
…理人君にはそう説明したかもしれないな。
「俺、何回も、栗田のこと傷つけてるな。本当に、悪いと思ってる。」
私はただ、首を横に振る。
佐藤君が、切なそうな目で私を見る。
私は、首を振るのをやめた。




