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「ねえ、理人君。世の中がクリスマス・イブだって、騒いでるの、知ってる?」

「…だから、今こんなことしてるんでしょ。」


 相変わらず、私たちはゲームをしている。しかも、クリスマス・イブに。

 クリスマス・イブの前々日が卒論の締切だったようで。卒論の提出が終わった理人君は、大分気が抜けている。


「確かに私も彼氏いないけどさ、理人君と過ごすことになるとは、思わなかったなぁ。」


 親友の静流は、迷わず彼氏を選んだ。…友達がいのない奴め。


「あと1時間もしたら、帰るでしょ。」


 …過ごしてるとも認めてくれないのか。


「理人君は、これから帰って、弘人先生の作ったごちそう食べるの?」

「いや。」


 あれ、意外。あの弘人先生なら、クリスマスとかバッチリごちそう並べそうなのに。


「弘人先生も、卒論のチェックとかで、忙しいの?」

「いや。そもそも、定年で退職してるから、卒論とかチェックもうしてない。」


 …何だ理人君。さっきから、いや。しか言ってないけど。


「じゃあ、何で?」

「母さんとデート行くから。」

「へぇ。素敵だね。」


 私の言葉に、理人君がため息をつく。


「いい歳して、デートとか…。」


 ああ、自分の親とかだと複雑なのかもね。


「でも、いいじゃない。私、おじいちゃんおばあちゃんになっても、デートするような夫婦になりたい。」

「そう? 子どもからすると、勝手にやって、って感じだよ?」

「だって、将来的には、夫婦だけの生活になるんでしょ? 仲良くていいじゃない。」


 理人君が画面から目を離して、私を見る。


「栗田さんがそう言うこと言うとは思わなかった。」

「向うの人ってさ、愛情表現が、こうあからさまでしょ? なんだか、それに慣れちゃったし、おじいちゃんおばあちゃんが手をつないでデートしてる姿とかも見たりするから、何だか微笑ましいな、って思って。日本じゃめったに見ないよね?」

「僕は良く見かける。」


 …霧島家は、それがスタンダードなのね。


「まあまあ。それだと、今日は家で一人で?」

「僕が姉さんの分もご飯作ることになってる。国試前だからって。」


 理人君も大変だね。


「あ。そうだ。父さんから伝言。明日一緒にご飯食べませんか? って。」


 霧島家にご飯を食べに行ったのは、2年のあの時だけだ。


「明日は、皆揃うの?」

「うん。イブは夫婦でデートに行くけど、クリスマスはみんなでご飯食べるのがいつもだから。」


 …まあ、特に何も用事はないし。


「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します、って弘人先生に伝えといてくれる?」

「あと、弘人先生じゃなくて、お父さんって、呼んでって言ってた。」

「ああ、そうか。退職したんなら、先生じゃないもんね。でも、お父さんって呼んで、大丈夫?」


 2年の時のやり取りを思い出す。


「…たぶん。まあ、母さんが弘人さんって呼んでるから、お父さんでいいと思うよ。」


 たぶん、あのやり取りが、また再現されそうな気がする。でも、私はそれも楽しそうでいいな、と思う。




 翌日。チャイムが鳴って、私がエントランスに降りると、理人君が車の前で、私を待っていた。

 霧島家って、徒歩圏内だよね?


「乗って。言ってなかったけど、うち去年引っ越した。」

「そうなの? どこに?」


 言われた地名に、ちょっと驚く。祖父母の家もあるし、3年も住んでいれば、地名くらいは分かる。


「学校から随分離れちゃったね。」


 車に乗り込むと、スムーズに出発する。理人君、上手いな。


「父さんの定年退職に合わせて、母さんが絵画教室やるって、それまでの職場辞めて。折角だから、一軒家に引っ越そうって話になって。もっと大学よりに買ってくれれば良かったのに。」

「いつもどうやって帰ってるの?」

「バスを乗り継いで帰ってる。時間もったいないんだけど、仕方ない。」

「大変だね。」

「いい。もう院になったら、近くに部屋借りるから。」

「莉子さんも、実家出るとかどうとか話してなかった? 2人とも家出ちゃったら、お父さんと汐里さん寂しがるんじゃない?」


 莉子さんが東京に行くと言い出して、お父さんが反対してたの話してたのは、先月くらいのことだ。


「大丈夫でしょ。姉さんが東京に行くのは父さんも諦めたし、僕が家を出るのは、前から言ってあるし。あの夫婦は二人っきりでも大丈夫だと思うし。」

「そうすると、4人で過ごすクリスマスって、今年が最後かもしれないんでしょ? いいの? 部外者がいて。」


 その話を聞いて、私が部外者だって言うことが、すごく気になった。


「…というか、この年にもなって、4人そろってクリスマス一緒に過ごす必要はないんだけどね。姉さんも27だし、僕だって22なんだよ。」


 あ、そう言えば。


「莉子さん、彼氏さんとか、いないの?」

「いない。いや…でも…いや、いないでしょ。」


 変な答え。


「何か思い当たることでもあるの?」

「いや、毎週日曜の午後は出かけて行ってるけど、特に格好も普通だし、夕方には帰って来るしな、と思って。」

「それ、デートじゃなくて、単なる散歩じゃないの?」

「…そうだよね。まあ、気のせいか。」

「理人君は…デートとかしないの?」


 理人君がチラリと私を見る。


「いい人どまりだからね。」

「前にも言ってたよね。でも、言い寄られることはあるでしょ?」

「どうでもいい人に言い寄られても、どうでもいいよね。」


 うーん。一理はある。


「そう言う栗田さんも、今みたいな格好するようになったら、周りが変わったんじゃないの?」

「私の態度が変わってないから、特に言い寄られることはない。たぶん、その前にシャットアウトできてる。」


 理人君がクスクス笑う。


「それは変わらないんだね。」

「自分が関わる必要がないと思う相手にはね。まあ、ましにはなったんじゃない?」


 信号でちょっと止まった後、すぐに車が動き出す。


「理人君、運転上手いね。」

「栗田さんと違うから。」


 明らかに、私のことを馬鹿にしてるような言い方だ。


「ひどい言い方。」

「だって、運転免許、夏休み過ぎるまでかかったでしょ?」

「かかってないし。最短で取りました。」

「…へぇ。いつ?」

「1年の時に…。」


 言ってから、あ、しまった、と思い出した。


「じゃあ、2年の夏休みは、何やってたの?」


 ちょっと、理人君の声が、怒ってる。


「…英語の勉強を少々。」


 理人君がため息をつく。


「つまり、もう2年の夏休み前には、留学するつもりでいたってこと?」

「理人君のおかげだよ?」

「1年も、良く、ぼろ出さなかったよね?」


 ああ、黙って留学してしまったから。


「まあ、留学のための試験を受ける期限が9月末までだったから、そこを乗り切ったら、もう特に試験受ける必要はなかったし、言わなければいいだけの話でしょ?」

「僕って信用されてなかったんだね。」


 …信用って言うか…。


「何でそこまで頑なに秘密にしたのか、自分でもよくわからないんだよね。別に留学するって理人君に知られても佐藤君に知られたとしても、何も困ることはなかったんだけど。ただ、佐藤君に嫌われて失恋しちゃったから、それにかかわること全て捨てていきたい、っていう気持ちが強かったのかも。」

「それって、僕との関係も、ってこと?」

「…ごめん。佐藤君に関わること全部捨てようと思ったら、理人君まで入るから。」

「佐藤とワンセットになってるのが、すごく不満。」

「ごめん。もう、セットにはなってないから、許して。」


 それまで堅かった理人君の表情が、わずかに緩む。


「気持ちは分からなくはないから、良いけど。でも、結局捨てられてないんじゃないの?」


 …私が今でも佐藤君のことを想ってるってことかな。


「理人君が、時々思い出させるんじゃない?」

「そんなつもりじゃないんだけど。」


 絶対、そんなつもりだと思う。


「最近は、佐藤とは会わない?」

「そうだね。学食に行ってないから、会うところがない。」


 学食以外で佐藤君に会った記憶はない。私は、もう学食に近寄るのをやめた。お弁当作ってきたり、買ってきて食べたり。静流とはゼミは一緒なので、ゼミ室で良くご飯を食べている。


「本当に、諦めるつもりなんだね。」

「理人君、お節介が過ぎて、しつこいくらいになってるけど?」

「ごめん。」

「何で、そんなに理人君が佐藤君と私をくっつけたがってるのかが、分からないんだけど。」

「栗田さんはいい子だな、って思うからだよ。だから、好きな人と、幸せになってほしいなって思うわけ。」


 博愛精神にあふれてるなぁ。


「でも、佐藤君の矢印は、私に向いてないから、全くの徒労だと思うよ。」

「何で上手くいかないんだろうね。」

「私と佐藤君はうまく行かないってことなんだよ。」


 窓の外を見る。外はもう、真っ暗だ…真っ暗すぎる。


「ねえ、理人君。道間違えてない?」


 今、街灯もほとんどない道を走っている。


「いや。寄り道しようとしてるだけ。」

「どこ行くの?」

「お楽しみに。」


 …もう、お任せするしかない。私がシートに身を預けたのに気付いて、私の気持ちが分かったのか、理人君がまた口を開く。


「山道だから、酔ったら言って。」

「基本的に酔わないから大丈夫。」


 本当に、グルグルとした道を登っていく。


「理人君、ここ走ったことあるの?」

「1回だけね。走り屋の友達に連れて来てもらった。」


 本当に、どこに行くんだろう。


「はい、到着。」


 まだ道は続いてたけど、理人君は途中にあったスペースに車を停めた。

 先に理人君が外に出る。私も続いて外に出た。


「うわぁ。」


 眼下には、夜景が広がっている。


「いいでしょ。ここ穴場らしいよ。」


 クリスマスに、夜景。しかも、彼氏でもない男の子と。

 私が、ふふ、と笑うと、理人君が「何?」と私の方を見る。


「いや、色んな意味で、思い出になりそうだな、と思って。」

「どうせ、彼氏でもない人と夜景見に来たから、とか思ったんでしょ?」


 当たってる。…私は視線を夜景に戻した。


「で、夜景はきれいなんだけど、霧島家に行く時間は大丈夫?」

「一応、時間はきちんと考えてあるから。さて、行きますか。」


 私たちはまた、車に乗り込んだ。




「ねえ、香奈枝ちゃん。理人と付き合ったら?」

「汐里、やめなさい。」


 いつもはあまり飲まないと言う汐里さんが、私が持ってきたシャンパンを飲み過ぎて、酔って絡まれた。


「ねえ、理人君。汐里さん、酔うといつもああなるの?」

「いや。母さんは、基本的に飲まないから、ああなってるのは、初めて見た。」


 …子供である理人君が初めてって言うんなら、貴重な汐里さんなんだろうなぁ。


「ほら、汐里。部屋に行こう?」


 …汐里さん、お姫様だっこされてる。


「お父さん、すごいね。」

「…そうかもね。」


 理人君の声は呆れてる。


「香奈枝ちゃん、ごめんね。私も母さんが酔ったのは久しぶりに見たんだけど、飲んで楽しくなってるのは、初めて見た。香奈枝ちゃんが来てくれたのが嬉しかったんじゃないかと思う。」


 莉子さんが申し訳なさそうに、話しかけてくる。


「それなら、良いんですけど。莉子さん、もう勉強しなきゃですよね? 後片付けは、私やっときますから。」

「そんなのいいよ。香奈枝ちゃんお客様なんだし。」

「ごめん、栗田さん、手伝ってもらえると助かる。僕もやるから、姉さんは勉強して。」


 莉子さんはちょっと考えて、時計を見た後、両手を合わせて「お願いします」と言って、自分の部屋に戻って行った。


「栗田さん、本当にごめん。」


 理人君が申し訳なさそうに言う。


「いいよ。今日も楽しかったし、相変わらずご飯も美味しかったし。お礼と言ってはなんだけど、手伝わせて。」

「お願いします。」


 食器を片付けながら、何だかこんな空気もいいな、と思う。


「何で栗田さん笑ってるの?」

「いや。霧島家って、いつも穏やかな空気でいいなって思って。」

「栗田家は違うの?」

「まだ妹が小さいからかな? 騒がしいって感じ。」

「まだ小学生だっけ?」

「そう小2。」


 私が中学に入ってから生まれたから、年の差が14ある。


「栗田さんが小学生の時も、騒がしかったの?」

「…どうなんだろう? 元々は騒がしかったのかもね。でも、小3の時にいじめられてからは、感情あまり出さなくなったらしいから、大人しくなったんじゃない?」

「…そっか。」


 理人君の声が、しんみりする。あ、しまった。


「そんなに深刻に受け取らないでよ。今となっては、いじめられてたことで見えたこともあったし、私がいじめられてなかったら、母も父と再婚してなかったと思うから、万事OKだと思ってる。それに、あれが無かったら、私は父が持ってた古いゲームなんてすることはなかったと思うし、理人君と話すきっかけも、こんなに会うことも、今こうやって霧島家で片付けもしてないかもと思うと、あの出来事も、今の私の運命には必要なことだったんだと思うよ。」

「僕と関わることって、栗田さんにとっては、重要なこと?」


 何を今更。


「だって、私の考え方を変えるきっかけをくれたの理人君だよ。重要でしょ。」

「そっか。それなら、よかった。」


 理人君は嬉しそうだ。


「私も誰かにとってのそう言う人になれたらいいな、と思うよ。」

「僕にとっては、十分なってるよ。僕の知らないゲームの世界とか見せてくれてるし。」


 …ゲーム。


「理人君、それ、あんまり褒め言葉じゃなさそう。」


 理人君がクスクス笑う。

 でもやっぱり、こういう空気もいいな、とまた思った。

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