12
「ねえ、理人君。世の中がクリスマス・イブだって、騒いでるの、知ってる?」
「…だから、今こんなことしてるんでしょ。」
相変わらず、私たちはゲームをしている。しかも、クリスマス・イブに。
クリスマス・イブの前々日が卒論の締切だったようで。卒論の提出が終わった理人君は、大分気が抜けている。
「確かに私も彼氏いないけどさ、理人君と過ごすことになるとは、思わなかったなぁ。」
親友の静流は、迷わず彼氏を選んだ。…友達がいのない奴め。
「あと1時間もしたら、帰るでしょ。」
…過ごしてるとも認めてくれないのか。
「理人君は、これから帰って、弘人先生の作ったごちそう食べるの?」
「いや。」
あれ、意外。あの弘人先生なら、クリスマスとかバッチリごちそう並べそうなのに。
「弘人先生も、卒論のチェックとかで、忙しいの?」
「いや。そもそも、定年で退職してるから、卒論とかチェックもうしてない。」
…何だ理人君。さっきから、いや。しか言ってないけど。
「じゃあ、何で?」
「母さんとデート行くから。」
「へぇ。素敵だね。」
私の言葉に、理人君がため息をつく。
「いい歳して、デートとか…。」
ああ、自分の親とかだと複雑なのかもね。
「でも、いいじゃない。私、おじいちゃんおばあちゃんになっても、デートするような夫婦になりたい。」
「そう? 子どもからすると、勝手にやって、って感じだよ?」
「だって、将来的には、夫婦だけの生活になるんでしょ? 仲良くていいじゃない。」
理人君が画面から目を離して、私を見る。
「栗田さんがそう言うこと言うとは思わなかった。」
「向うの人ってさ、愛情表現が、こうあからさまでしょ? なんだか、それに慣れちゃったし、おじいちゃんおばあちゃんが手をつないでデートしてる姿とかも見たりするから、何だか微笑ましいな、って思って。日本じゃめったに見ないよね?」
「僕は良く見かける。」
…霧島家は、それがスタンダードなのね。
「まあまあ。それだと、今日は家で一人で?」
「僕が姉さんの分もご飯作ることになってる。国試前だからって。」
理人君も大変だね。
「あ。そうだ。父さんから伝言。明日一緒にご飯食べませんか? って。」
霧島家にご飯を食べに行ったのは、2年のあの時だけだ。
「明日は、皆揃うの?」
「うん。イブは夫婦でデートに行くけど、クリスマスはみんなでご飯食べるのがいつもだから。」
…まあ、特に何も用事はないし。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します、って弘人先生に伝えといてくれる?」
「あと、弘人先生じゃなくて、お父さんって、呼んでって言ってた。」
「ああ、そうか。退職したんなら、先生じゃないもんね。でも、お父さんって呼んで、大丈夫?」
2年の時のやり取りを思い出す。
「…たぶん。まあ、母さんが弘人さんって呼んでるから、お父さんでいいと思うよ。」
たぶん、あのやり取りが、また再現されそうな気がする。でも、私はそれも楽しそうでいいな、と思う。
翌日。チャイムが鳴って、私がエントランスに降りると、理人君が車の前で、私を待っていた。
霧島家って、徒歩圏内だよね?
「乗って。言ってなかったけど、うち去年引っ越した。」
「そうなの? どこに?」
言われた地名に、ちょっと驚く。祖父母の家もあるし、3年も住んでいれば、地名くらいは分かる。
「学校から随分離れちゃったね。」
車に乗り込むと、スムーズに出発する。理人君、上手いな。
「父さんの定年退職に合わせて、母さんが絵画教室やるって、それまでの職場辞めて。折角だから、一軒家に引っ越そうって話になって。もっと大学よりに買ってくれれば良かったのに。」
「いつもどうやって帰ってるの?」
「バスを乗り継いで帰ってる。時間もったいないんだけど、仕方ない。」
「大変だね。」
「いい。もう院になったら、近くに部屋借りるから。」
「莉子さんも、実家出るとかどうとか話してなかった? 2人とも家出ちゃったら、お父さんと汐里さん寂しがるんじゃない?」
莉子さんが東京に行くと言い出して、お父さんが反対してたの話してたのは、先月くらいのことだ。
「大丈夫でしょ。姉さんが東京に行くのは父さんも諦めたし、僕が家を出るのは、前から言ってあるし。あの夫婦は二人っきりでも大丈夫だと思うし。」
「そうすると、4人で過ごすクリスマスって、今年が最後かもしれないんでしょ? いいの? 部外者がいて。」
その話を聞いて、私が部外者だって言うことが、すごく気になった。
「…というか、この年にもなって、4人そろってクリスマス一緒に過ごす必要はないんだけどね。姉さんも27だし、僕だって22なんだよ。」
あ、そう言えば。
「莉子さん、彼氏さんとか、いないの?」
「いない。いや…でも…いや、いないでしょ。」
変な答え。
「何か思い当たることでもあるの?」
「いや、毎週日曜の午後は出かけて行ってるけど、特に格好も普通だし、夕方には帰って来るしな、と思って。」
「それ、デートじゃなくて、単なる散歩じゃないの?」
「…そうだよね。まあ、気のせいか。」
「理人君は…デートとかしないの?」
理人君がチラリと私を見る。
「いい人どまりだからね。」
「前にも言ってたよね。でも、言い寄られることはあるでしょ?」
「どうでもいい人に言い寄られても、どうでもいいよね。」
うーん。一理はある。
「そう言う栗田さんも、今みたいな格好するようになったら、周りが変わったんじゃないの?」
「私の態度が変わってないから、特に言い寄られることはない。たぶん、その前にシャットアウトできてる。」
理人君がクスクス笑う。
「それは変わらないんだね。」
「自分が関わる必要がないと思う相手にはね。まあ、ましにはなったんじゃない?」
信号でちょっと止まった後、すぐに車が動き出す。
「理人君、運転上手いね。」
「栗田さんと違うから。」
明らかに、私のことを馬鹿にしてるような言い方だ。
「ひどい言い方。」
「だって、運転免許、夏休み過ぎるまでかかったでしょ?」
「かかってないし。最短で取りました。」
「…へぇ。いつ?」
「1年の時に…。」
言ってから、あ、しまった、と思い出した。
「じゃあ、2年の夏休みは、何やってたの?」
ちょっと、理人君の声が、怒ってる。
「…英語の勉強を少々。」
理人君がため息をつく。
「つまり、もう2年の夏休み前には、留学するつもりでいたってこと?」
「理人君のおかげだよ?」
「1年も、良く、ぼろ出さなかったよね?」
ああ、黙って留学してしまったから。
「まあ、留学のための試験を受ける期限が9月末までだったから、そこを乗り切ったら、もう特に試験受ける必要はなかったし、言わなければいいだけの話でしょ?」
「僕って信用されてなかったんだね。」
…信用って言うか…。
「何でそこまで頑なに秘密にしたのか、自分でもよくわからないんだよね。別に留学するって理人君に知られても佐藤君に知られたとしても、何も困ることはなかったんだけど。ただ、佐藤君に嫌われて失恋しちゃったから、それにかかわること全て捨てていきたい、っていう気持ちが強かったのかも。」
「それって、僕との関係も、ってこと?」
「…ごめん。佐藤君に関わること全部捨てようと思ったら、理人君まで入るから。」
「佐藤とワンセットになってるのが、すごく不満。」
「ごめん。もう、セットにはなってないから、許して。」
それまで堅かった理人君の表情が、わずかに緩む。
「気持ちは分からなくはないから、良いけど。でも、結局捨てられてないんじゃないの?」
…私が今でも佐藤君のことを想ってるってことかな。
「理人君が、時々思い出させるんじゃない?」
「そんなつもりじゃないんだけど。」
絶対、そんなつもりだと思う。
「最近は、佐藤とは会わない?」
「そうだね。学食に行ってないから、会うところがない。」
学食以外で佐藤君に会った記憶はない。私は、もう学食に近寄るのをやめた。お弁当作ってきたり、買ってきて食べたり。静流とはゼミは一緒なので、ゼミ室で良くご飯を食べている。
「本当に、諦めるつもりなんだね。」
「理人君、お節介が過ぎて、しつこいくらいになってるけど?」
「ごめん。」
「何で、そんなに理人君が佐藤君と私をくっつけたがってるのかが、分からないんだけど。」
「栗田さんはいい子だな、って思うからだよ。だから、好きな人と、幸せになってほしいなって思うわけ。」
博愛精神にあふれてるなぁ。
「でも、佐藤君の矢印は、私に向いてないから、全くの徒労だと思うよ。」
「何で上手くいかないんだろうね。」
「私と佐藤君はうまく行かないってことなんだよ。」
窓の外を見る。外はもう、真っ暗だ…真っ暗すぎる。
「ねえ、理人君。道間違えてない?」
今、街灯もほとんどない道を走っている。
「いや。寄り道しようとしてるだけ。」
「どこ行くの?」
「お楽しみに。」
…もう、お任せするしかない。私がシートに身を預けたのに気付いて、私の気持ちが分かったのか、理人君がまた口を開く。
「山道だから、酔ったら言って。」
「基本的に酔わないから大丈夫。」
本当に、グルグルとした道を登っていく。
「理人君、ここ走ったことあるの?」
「1回だけね。走り屋の友達に連れて来てもらった。」
本当に、どこに行くんだろう。
「はい、到着。」
まだ道は続いてたけど、理人君は途中にあったスペースに車を停めた。
先に理人君が外に出る。私も続いて外に出た。
「うわぁ。」
眼下には、夜景が広がっている。
「いいでしょ。ここ穴場らしいよ。」
クリスマスに、夜景。しかも、彼氏でもない男の子と。
私が、ふふ、と笑うと、理人君が「何?」と私の方を見る。
「いや、色んな意味で、思い出になりそうだな、と思って。」
「どうせ、彼氏でもない人と夜景見に来たから、とか思ったんでしょ?」
当たってる。…私は視線を夜景に戻した。
「で、夜景はきれいなんだけど、霧島家に行く時間は大丈夫?」
「一応、時間はきちんと考えてあるから。さて、行きますか。」
私たちはまた、車に乗り込んだ。
「ねえ、香奈枝ちゃん。理人と付き合ったら?」
「汐里、やめなさい。」
いつもはあまり飲まないと言う汐里さんが、私が持ってきたシャンパンを飲み過ぎて、酔って絡まれた。
「ねえ、理人君。汐里さん、酔うといつもああなるの?」
「いや。母さんは、基本的に飲まないから、ああなってるのは、初めて見た。」
…子供である理人君が初めてって言うんなら、貴重な汐里さんなんだろうなぁ。
「ほら、汐里。部屋に行こう?」
…汐里さん、お姫様だっこされてる。
「お父さん、すごいね。」
「…そうかもね。」
理人君の声は呆れてる。
「香奈枝ちゃん、ごめんね。私も母さんが酔ったのは久しぶりに見たんだけど、飲んで楽しくなってるのは、初めて見た。香奈枝ちゃんが来てくれたのが嬉しかったんじゃないかと思う。」
莉子さんが申し訳なさそうに、話しかけてくる。
「それなら、良いんですけど。莉子さん、もう勉強しなきゃですよね? 後片付けは、私やっときますから。」
「そんなのいいよ。香奈枝ちゃんお客様なんだし。」
「ごめん、栗田さん、手伝ってもらえると助かる。僕もやるから、姉さんは勉強して。」
莉子さんはちょっと考えて、時計を見た後、両手を合わせて「お願いします」と言って、自分の部屋に戻って行った。
「栗田さん、本当にごめん。」
理人君が申し訳なさそうに言う。
「いいよ。今日も楽しかったし、相変わらずご飯も美味しかったし。お礼と言ってはなんだけど、手伝わせて。」
「お願いします。」
食器を片付けながら、何だかこんな空気もいいな、と思う。
「何で栗田さん笑ってるの?」
「いや。霧島家って、いつも穏やかな空気でいいなって思って。」
「栗田家は違うの?」
「まだ妹が小さいからかな? 騒がしいって感じ。」
「まだ小学生だっけ?」
「そう小2。」
私が中学に入ってから生まれたから、年の差が14ある。
「栗田さんが小学生の時も、騒がしかったの?」
「…どうなんだろう? 元々は騒がしかったのかもね。でも、小3の時にいじめられてからは、感情あまり出さなくなったらしいから、大人しくなったんじゃない?」
「…そっか。」
理人君の声が、しんみりする。あ、しまった。
「そんなに深刻に受け取らないでよ。今となっては、いじめられてたことで見えたこともあったし、私がいじめられてなかったら、母も父と再婚してなかったと思うから、万事OKだと思ってる。それに、あれが無かったら、私は父が持ってた古いゲームなんてすることはなかったと思うし、理人君と話すきっかけも、こんなに会うことも、今こうやって霧島家で片付けもしてないかもと思うと、あの出来事も、今の私の運命には必要なことだったんだと思うよ。」
「僕と関わることって、栗田さんにとっては、重要なこと?」
何を今更。
「だって、私の考え方を変えるきっかけをくれたの理人君だよ。重要でしょ。」
「そっか。それなら、よかった。」
理人君は嬉しそうだ。
「私も誰かにとってのそう言う人になれたらいいな、と思うよ。」
「僕にとっては、十分なってるよ。僕の知らないゲームの世界とか見せてくれてるし。」
…ゲーム。
「理人君、それ、あんまり褒め言葉じゃなさそう。」
理人君がクスクス笑う。
でもやっぱり、こういう空気もいいな、とまた思った。




