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 夏休みが、もうすぐ終わる。

 向うとは季節が真逆だから、ちょっと体に堪える。大学に来るのは、丁度一年ぶりになる。

 もう同じクラスの皆は、四年生になって、卒論の追い込みに入る時期だ。

 私は三年の後期の授業から、やり直しになる。

 久しぶりに来たら、何だか変わらないな、とは思ったけど、9月からの授業で会う顔ぶれは、一個下の子達になるし、ゼミでも、同じクラスだった子達は先輩になるから、不思議な感じがする。

 今日はゼミの先生に挨拶に来て、ついでにシラバスを取りに来た。

 教務課で要件を伝えて学生証を出すと、二度見された。

 まあ、いいけど。

 シラバスを受け取ってゼミの先生の部屋に向かう。

 …不在だ。

 アポ取っとけば良かった。昼ごはんでも、食べに行ったかなぁ。まだ夏休み中だから、暇かと思ってアポなしで来たんだけど。

 仕方ない。出直そう。


 学食は夏休み中でも開いてると誰か言ってたな、と思い出して、学食に向かう。ごはんでも食べて戻る頃には先生もいるでしょ。

 学食に向かって歩きながら、夏休み中も開いてるって、誰が言ってたっけ、と思い出す。

 一年会ってないと友達の名前も曖昧だ。それだけの付き合いとも言うけど。誰だっけと考えて、思い出した。佐藤君だ。思い出して、心がツキンと痛む。まだ、完全には諦めきれてないんだなと思う。

 学食に入って、システムを思い出して、ちょっとどぎまぎしながら、食べるものを選ぶ。

 一年経つと忘れるもんだな。

 でも、好きな席は忘れてない。夏休み中だからかガラガラだったから、簡単にその席は確保できた。

 窓の外を眺めながら、ごはんをたべる。食べ慣れた味がする。…当たり前か。

 窓の外の景色も、一年前とあまり変わりはない。私がここを離れた季節と一緒だからかもしれない。


「栗田、さん?」


 おずおずとした声で、話しかけられる。この声は。


「理人君、久しぶり。」


 見ると、理人君と佐藤君がテーブルの脇にびっくりしたように立っている。

 …佐藤君も一緒か。


「座っても?」


 理人君の質問に、私は頷く。


「どうぞ。私はもう出るし。」


 もう食べ終わってぼんやりしていたから。


「理人が栗田だって言うから、まさかって思ったけど、本当に栗田なんだな。」


 佐藤君が私の向かいにすわる。


「何だよ、栗田もそんな格好すれば、女らしいんじゃん。」

「栗田さんの格好なんて関係ないと思うけど。」


 理人君が佐藤君の言葉をフォローしてくれようとしてるのは分かった。私の気持ちも知ってたしね。

 この二人相変わらずだな。


「二人とも変わらないね。」


 私の言葉に佐藤君が口を開く。


「ていうか、何も言わずに留学とかなくない? 愛美も驚いてたぜ。」


 …交換留学決定者の掲示は経済学部に貼ってあったし、クラスの人にも色々きかれたけどね。同じクラスだから、知らないわけはない。


「そっか。急だったから、バタバタしちゃって教え損ねてた。」

「愛美、栗田が教えてくれなかったってショック受けてたし。」


 半年以上も前に決まってたことだし、その時には話すことすらしてなかったけどね。


「言ったつもりになってたのかもね。愛美に謝っておいて。」

「同じ学部なんだから、会うことだってあるだろ。」

「ゼミ違うと4年生とは会うことないよ。私学年一個下になるし。」

「じゃあ、今から愛美呼ぶから待てよ。あ、俺ら今付き合ってる。」


 うん。静流から聞いてる。


「へぇ。やっぱり付き合うことになったんだね。」


 でも、知らないふりをする。心がズキズキするのは、気にしないことにした。


「でも私今から約束あるから。」


 私は立ち上がる。


「せっかく会ったのに。」


 佐藤君は、つまんないの、とでも言いたそうな声だ。


「ま、ここで会ったってことは、また会うよ。」


 じゃ、とトレーを持って席を離れる。


「栗田さん」


 理人君が追いかけてくる。


「何?」

「連絡先は?」


 ああ、留学した時にスマホの契約休止しちゃったから。


「同じだよ。休止してただけだから。」

「後で連絡する。」


 理人君の言葉に私は曖昧に頷く。

 特に連絡がいるようなことはないはずだ。


「何の用?」

「ゲームクリアしてない。」


 うらめしそうに言われた言葉に、吹き出してしまう。


「わかった。後で連絡して。」

「じゃあ、後で。」


 まあ、用事はそれだけじゃないんだろうな、とは思うけど。




「理人君、こっち。」

「また引っ越したんだね。」


 今回は経済学部に近い部屋だ。


「一年住まないから勿体ないって荷物引き払ったから。もしかして、前の部屋、来てくれたりしたの?」

「夏休み入って、一度連絡しようと思ったら、連絡つかなくて。家まで行った。でも、他の人が住んでてびっくりした。理由が分からなくて、後期になって佐藤から話聞いて、ようやく分かった。」

「そっか。」


 謝ろうかと思ったけど、謝るのも変だなと思ってやめた。

 待ち合わせたのは、目印になるコンビニの前で、そこからは五分くらいの距離だ。


「引っ越ししても、ゲームはまだ持ってるの?」

「荷物はそのままだから。昨日ようやく片付いたところ。」

「それなら、良かった。」


 部屋に入ると、前の部屋とは勝手の違う部屋の中に、理人君は戸惑い気味だ。


「そこら辺に座っておいてくれる? 着替えて化粧落としたい。」


 理人君の前で飾る必要は感じない。

 それでも、一番最初に理人君と会ったときに着ていたような男の子みたいな格好ではない。


「化粧落とすと、前と同じでほっとする。」


 私が化粧を落としてくると、理人君がそう言う。


「ほっとするって、格好はちょっと変わりました。」


 ちょっとした努力を認めてもらってないみたいな気分になって、ムキになる。


「大事なのは、中身でしょ。」


 …皆が理人君みたいだったらね。


「向こうで出来た親友に見た目の大切さを耳が腐るほど言い聞かされた。格好ひとつでアピールできるんだからって。」

「それで、そうなったんだ。」

「向こうは主張できないといけないからね。格好で舐められるのは損だ。努力出来るところなのに甘えてるだけだって叱られた。」

「栗田さんは栗田さんでいいのに。」


 そう皆が言ってくれるわけではないんだよ。


「でも、私が変わったきっかけって、そもそも理人君だよ?」


 私がそう言うと、理人君が首を捻る。


「僕が?」

「そうだよ。女の子だからって理由に囚われてるのは、栗田さん自身じゃない?って言ってくれたでしょ?」

「…言ったけど。」


 やっぱり理人君は覚えてた。それでもふにおちない顔をしている。


「ごめん。飲み物何か出す。」


 ペットボトルのお茶と氷を入れたグラスを出して、二人分注ぐ。


「どうぞ。」

「ありがとう。」


 理人君はお茶を半分くらい飲むと、口を開く。


「自分で限界を決めてるでしょって言ったのは覚えてるけど、それと格好が変わったのが結び付かない。」

「あのとき、目が覚めたというか。女の子であることを諦める理由にしてたのは、結局自分で。両親を説得することもしたことなかったな、って。留学するために説得して、留学決めて。そしたら、今まで女の子なんだからって理由づけされてたことに囚われずに済むようになって。男の子になる必要はなくなったから。」

「…そうなんだ。」


 ようやく納得してもらえたかな?


「留学決まったのって、急にじゃないでしょ?」

「何で?」

「人って嘘つくときについやっちゃうことがあるんだよ?」

「理人君それで解るとか怖いよ。」

「やっぱり嘘か。」


 …かまかけられた。それなら嘘つき続けても仕方ないか。


「2年の2月ごろには決まってたよ。佐藤君には言わないでね。あのカップルには関係ないことだから。」


 理人君は呆れたように頷く。


「同じクラスなら情報くらい入るはずだよね?」

「恋愛に一生懸命だったみたいだから、耳にはいらなかったんじゃない?」


 …愛美もきっと必死だったんだよ。そこまでする気持ちは私には分かんないけど。


「何で僕にも言わずに留学したの?」

「いや、知らなくてもいいかな、と思って。」


 …明らかに理人君の機嫌が悪くなる。


「流石に、友達くらいにはなれてるつもりだったから、黙って留学するとか思わなかった。」

「言うか迷ったんだけど、ごめん。」


 素直に謝る。最初から、こうしておけばよかった。


「僕が佐藤の友達だから?」

「…そうだね。」

「正確には、郡さんとつながりのある佐藤と友達でいるから、でしょ?」


 私は目をそらす。理人君は、何をどこまで気付いてる?


「栗田さんが留学したって聞いて、本当にショックだった。でも、僕も、郡さんのことについてはコメント差し控えてたから、僕にも言いにくかったんだろうし、留学のことがあったから佐藤のこと諦めるって決めてたんだって気付いて、僕は全然何も見えてなかったんだな、って思った。」

「いや、全部を見通すとか、理人君ができなくていいと思うよ?」


 聖人君子ってわけじゃないんだし。


「ごめん。僕は栗田さんの相談相手になろうと思ってたのに。本当に相談相手になるつもりなら、手の内もきちんと明かしとかなきゃいけないんだね。…栗田さんに悪く思われたくなくて、郡さんの悪口言うのはやめておいたのが、僕の失敗だね。」


 …愛美の悪口…。理人君、愛美のこと、どこまで気付いてるんだろう?


「愛美の悪口って?」

「郡さんって、そもそも性格悪いよね。」


 うわ。理人君の口から、そんな毒のある言葉聞くとは思わなかった。


「やっぱり、びっくりしてるね。良い人に徹しようと思ったから、人の悪口は言わずに曖昧に笑ってすますようにしてたから。」


 あの、愛美がいる時によく見た表情は、悪口を言いたかった顔なの?


「栗田さんの友達だって主張する割には、栗田さんに言ってることがひどいし。栗田さんが自主的にそうしたように見えるような言い方で、自分のやりたいようにやってたように見えた。」

「そんなに、ひどかったかな?」

「聞いてて、良く栗田さんは怒らないな、って思ってた。」


 …記憶にない。


「まあ、自分勝手だな、と思うことはあったけど、怒るほどのことじゃなかったよ。」


 私が愛美に怒ったのは、2年の6月の時だけだ。


「だから、栗田さんの気持ちを、どうにかしてあげたいと思ったんだよ。」


 ああ、それで。


「それで、私に、発破掛けたの?」


 理人君が頷く。


「その後、2年の6月に、佐藤が栗田さんのこと最低だって言い出したでしょ? これは、郡さんに何か仕掛けられたな、と思った。でも、栗田さんは、私が悪かったって言っただけで、何も話してくれないし。」

「そんなこと、気付いてたんだ。」

「それまでの郡さんの態度と、佐藤の話聞けば分かるよ。」


 理人君、すごいな。


「だから、栗田さんに、佐藤を諦めずにいてほしいと思ったんだよ。」

「そうだったんだね。折角、理人君が私に諦めてほしくないって思ってたのに、私は留学決めて佐藤君諦めることにしてたから、お節介の甲斐がなかったよね。」


 なんだかんだ言って、やっぱり理人君は良い人なんだと思う。


「でも、栗田さん、佐藤が郡さんと付き合ってるって言った時、傷ついてた。まだ、気持ちは残ってるんでしょ?」


 ああ、理人君は、本当にお節介な人だなぁ。


「もう、良いんだよ。だって、もう二人は付き合ってるんだから。」


 佐藤君がそれで幸せなんだとしたら、それでいい。たとえ愛美が相手だとしても、留学する前に、諦めると決めたから。


「それでも…。」

「ねえ、理人君。私は、佐藤君に幸せになってほしいとは思ってるけど、哀しい思いをしてほしいとか、しんどい思いをしてほしいとかは思ってないよ。佐藤君が今が幸せだと思ってるんだったら、そっとしておいてあげて。何も知らない方が幸せなことだってあるよ。」


 理人君はため息をつく。


「その相手が、郡さんだとしても?」

「そう。愛美だとしても。」

「まだ、佐藤のこと諦めきれてなくても?」

「それは、前にも言ったじゃない。元々初恋だったんだって。だから、完全に忘れることはきっとないよ。でも、きっとそれを超えられる恋は出来るんじゃないかな、と思うことにしてる。」

「思うことにしてる、でしょ?」


 ああ、これだから鋭い人は嫌だ。


「仕方ないって言ってます。理人君、ゲームしに来たんじゃなかった? もう諦めることにしたの?」

「…諦めたくない。」


 …一年も経ってるのに、それでも諦めきれないんだね。


「と言うか、ゲームなんてしてる暇、ある?」

「進学は確定してるから、大丈夫。」

「卒論は?」

「たまの息抜きぐらい、させてよ。」


 理人君の情けない言い方に、私は笑って頷く。


「じゃあ、始めよ。」


 理人君も、ゲームの準備を手伝ってくれる。いや、コントローラーそこには刺さらないから! …理人君、準備も、いまだに覚えられないんだよねぇ。

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