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 前期最後のテストは、2限目だった。テストを早々に終えて、教室から出る。

 迷わず、学食に足を向けた。ご飯を食べてから、家に帰ろう。家にはもうほとんど食材がなかったから。

 まだ、授業時間でもあるし、もう夏休みに入ってる人もいるから、学食はガラガラだ。

 ふと、食事を頼むカウンターに見覚えのある姿を見つけて、学食に来たのを後悔する。

 佐藤君と、愛美だ。

 引き返そうかとして、愛美と目が合う。愛美がにっこりと笑う。嫌な予感。


「香奈枝! 授業終わったの? ご飯一緒に食べようよ。」


 そう言った後、香奈枝は隣に居た佐藤君に話しかけている。


「栗田。久しぶりに、ご飯食べようぜ。」


 佐藤君が、私を呼ぶ。予感的中。

 …拒否することは出来そうにない。拒否できるなら、とっくに愛美のコマはやめている。

 愛美は、これで何をやろうとしてるんだろう。どこかで諦めた気持ちと、最後まで見届けたいような気持が、入り混じっている。…私にとっては、何もメリットはないんだけど。


「久しぶり。佐藤君。」


 きっと、愛美に久しぶりと声を掛けようもんなら、私の株はとっても下げられることになるんだろう。今更だけど、特に波風を立てることはない。


「栗田とご飯食べるのも、久しぶりだな。」

「そうだね。」


 佐藤君は、本当に何もなかったみたいに、私に話しかけてくる。去年の出来事が、嘘みたいだ。


「栗田は相変わらず、女性らしさないな。」


 佐藤君の言葉に、愛美がクスクス笑う。…笑い声が耳に触る。


「別に私には必要ないんじゃない?」

「愛美ちゃんとか、お手本にすればいいのに。」


 …愛美ちゃん、か。理人君は、そこまでは知らなかったのか、知ってて言わないでいてくれたのか。郡さんと呼んでいたころとは、佐藤君の声色が全く違う。


「愛美と私じゃ、タイプ違うから。」


 私は話を流す。

 私は、単なるコマだから。


 カウンターで定食を頼んで、佐藤君と愛美の後ろについて、テーブルまで歩く。


「ここ、懐かしいな。」


 いつも4人で座っていた席だ。よりにもよって、ここか。


「霧島君もいればバッチリなのに。香奈枝、呼んだら?」


 …愛美の言葉には、悪意はなさそうに聞こえるけど、私に話を振る辺り、悪意ありだな。だって、今も理人君と仲がいい佐藤君がいるのに。


「理人が愛美ちゃんみたいにお人よしで良かったな。」


 愛美みたいに…。愛美と理人君は全然別物だと思うけど。


「理人君はお人好しなわけじゃないと思うよ。」


 愛美とは違う、と言いたいけど言えもしない。せめてもの抵抗だ。


「そうそう香奈枝、8月のお盆前に、私たち海行く話してるんだけど、香奈枝も行かない?」


 愛美が話題を変える。


「行けない。」


 そもそも、行きたくはないし。愛美だって誘う気なんてないはずだ。


「栗田は、夏休みどこか行くの?」 


 どうして、佐藤君が気にするんだろう?


「実家に帰るだけだよ。」

「なら、一日ぐらい時間作れるだろ。別に、栗田が来れなくてもいいけどな。」


 …愛美が折角誘ってくれたのに、ってこと? 

 愛美は、これを私に体感させたかったんだろうか。佐藤君にとって、愛美の意見が重要視されているってことを。そして、私が佐藤君にとって“どうでもいい人間”になったと言うことを。


「あ。」

「どうした?」


 声をあげた愛美に、佐藤君が反応する。


「目にゴミはいちゃったみたい。」


 愛美が目をぱちぱちした後、目をこする。


「愛美ちゃん、目はこすらない方が良いよ。見せて。」


 佐藤君の声に、愛美が向きを変えて、2人が向かい合う。

 佐藤君が愛美の下瞼に手を添えて、一番接近した時、愛美の口角が上がったことに気付く。

 …愛美、笑ってる。ああ、これ、いつか飲み会で見た手だ。気に入った男の子と近づくための手。…私にこれを見せたかったのかな? 前にも他の男の子にしてるのを見たことあるから、嫌だな、という気持ちはあるけど、それほどダメージはない。


「何も入ってなさそうだけど。」


 佐藤君が離れる。

 愛美は何度か瞬きをした後、佐藤君を見てにっこり笑う。


「あ、取れたみたい。一馬君ありがとう。」

「いや、何もしてないし。」 


 佐藤君が一馬君と呼ばれて、それに対して普通に返事をしたことに衝撃を受ける。

 一年前、佐藤君を下の名前で呼びたがった愛美を拒否してたのは、佐藤君自身だ。

 十分、現実を見た。もう、ここに居る必要はない。


「あれ、香奈枝急いで食べ始めたけど、どうしたの?」


 理由は分かっているだろうに、愛美は本当に不思議そうな声を出す。


「用事あったの思い出した。」

「そう。」


 私がだまって食べている間も、2人は楽しそうに、話している。


「それじゃ、行くね。」


 私は立ち上がる。


「うん。じゃあ、香奈枝、また後期に。」


 愛美の言葉に、ため息が出る。私に話しかける気なんて全くないのに。


「…そうだね。ところで二人は付き合ってるの?」


 聞こうかどうしようか、黙っている間にずっと考えてた。

 聞かないでおく、って言うことを選ぶこともできただろうけど、きっと、もうこんな風に佐藤君と話すこともないだろうな、と思った。だから、佐藤君本人がいるところで確認しておきたかった。人づてではなくて、佐藤君の言葉が聞ければ、納得できるような気がしたから。


「いや。違うけど?」


 愛美より先に、佐藤君が否定する。


「…そうなんだ。」


 愛美をチラッと見ると、愛美はちょっと考え込んでいる。でも、すぐには良い手を思いつかないみたいだ。私が直接聞くとは、予想してなかったのかもしれない。


「栗田は、俺らがどうなったらいいと思う?」


 佐藤君の言葉に、愛美から意識をそらす。

 …そんなこと、他人に聞くことじゃない。それに、それで、2人がくっつかなければいい、と言えば、私はやっぱり、最低人間の烙印を押されるだけじゃない。


「私が決めることじゃないでしょ。」

「じゃあ、俺ら付き合ったらいいと思う?」


 そんなこと、私に確認しないでほしい。でも、こんな風に聞いてくるってことは、佐藤君の中で、愛美と付き合う可能性が存在するということだ。乱れそうになる感情を落ち着かせるために、目をつぶった。


「なあ、栗田。どう思う?」


 佐藤君が追い打ちをかけてくる。私は佐藤君の顔を見る。


「お似合いだと思うよ。」


 もう、諦めはついた。

 私の言葉に、愛美が微笑んでいるのが横目に見えた。


「じゃあ、私、行くね。」


 ひらひらと手を振って、席から離れる。佐藤君の視線を感じたけど、もう、振り向かない。




 スマホを出して、親友の番号を探す。確か、2限目の授業を受けてるはずだ。この時間なら、もうテストも終わってるはず。

 1コールなり終わらないうちに、電話がつながる。


『もしもし。どうした?』

静流しずる、この後、もう授業ってない?」

『ないよ。今期のテストは無事終了した。それに、丁度、香奈枝に連絡しようと思ってたとこだった。』


 それで、1コールもしないうちに出たんだ。


「えっと、聞いてほしい話があるんだけど。」


 静流がため息をつく。


『ようやく郡さんと何があったか、話してくれる気になった?』


 …私と愛美と佐藤君の話については、静流に話したことはない。でも、急に私を避けだした愛美の態度と、それまでの愛美の行動と、私自身を理解してくれるにつれ、どんなことがあったのかは、何となく予想はついてたみたいだ。それに、3年になってから、私に手を振ってくる愛美と佐藤君のことを、静流も2回ほど目撃している。


「よく、何の話か分かるね?」

『あんだけ色々語ったのに、郡さんとのことについてはほとんど話してくれないから。』


 …何度か静流とテスト勉強をお泊りですることになって、寝る前に、本当に色々静流と語り合った。でも、それでも、愛美とのことや佐藤君のことは、静流に話すことはできなかった。


「静流の部屋に行ってもいい?」

『いいよ。何なら、お泊りセット持ってきなよ。明後日には、実家に戻っちゃうんでしょ?』

「…じゃあ、お言葉に甘えて。私ご飯食べちゃったから、先に部屋に戻っててくれていいよ。あとから荷物持ってお邪魔します。」

『分かった。じゃあ、あとで。』


 静流に全部話そう。それで、私の気持ちをリセットしよう。そう思って、私は自分の家に向かって歩き出した。




「郡さん、恐い。」


 2年の6月にあったことを話し終わると、静流が身震いをした。


「でも、これは、私の主観が入ってる話だから。大分、私よりの話になってるとは思うよ。」

「いや、それでも、郡さん本人がそう言ってたわけでしょ? それなら疑いようのない事実じゃない。」

「…確かに、あの時のことはそうだね。」

「…あの時、以外の話もあるの? もう郡さんとは全然話してなかったでしょ?」


 静流が記憶をたどりながら、そう言う。


「直接は話はしてなかったんだけど、どうやら、私は愛美のコマとしては、有用だったみたい。あ、これからの話は、完全に私の主観入ってるから。被害妄想もたくさん入ってるかも、って思って聞いて。」


 佐藤君が目礼を返してくれるようになった話をする。そして、そのきっかけになっただろうことも。そして、4月に入ってから、佐藤君に挨拶されたこと。その前後で、愛美と佐藤君が出かけるようになった話。そして、ゴールデンウィークの後から、愛美と佐藤君が一緒にいるのを学食で見かけるようになった話。

 私の話が進むと、静流の顔が険しくなってくる。


「それ、絶対悪意入ってる。」

「静流も、そう思ってくれる?」

「だって、そもそも、郡さんが方向転換したのって、2月からでしょ? それはやっぱり…。」


 静流の言おうとすることが分かって、私も頷く。


「私も、その話を聞いたとき、だから方向転換したんだろうな、って思った。」

「絶対、性格悪いって。もう、香奈枝の話聞く前から、とっくに知ってたけど。だから、よく香奈枝は郡さんと一緒にいるな、って私感心してたんだよ。」

「…私って、騙されやすいのかな?」

「うーん。騙されるって言うか…ほら、香奈枝は人と距離を置くじゃない? その距離だと見えないことがたぶんあって、それで、郡さんの性格の悪さとか、気にならなかったんじゃないかな? 郡さんとプライベートで遊んだりしてた?」


 一年の時のことを思い出す。


「いや。全く。ゲームの趣向も違うし。買い物に行くにしても趣味違うし。会うのは授業とその昼食の時だけ。」

「その距離感だと、郡さんの性格の悪さは気にならないかもね。私の基準は、遊んだりする友達にはしたくない、って基準だから。」

「そっか。確かに、前は愛美がわがまま言うのも、自分にないもんだからかわいいもんだな、って思ってた。」


 静流がため息をつく。


「そう思っちゃうあんたもどうかと思うけど。でも、その佐藤君ってちょっと救いようないかも。まだ、2人が付き合ってないのが、救いかな。」

「あ、私、佐藤君に、“俺ら付き合ったらいいと思う?”って確認されたよ。」


 静流の目が見開く。


「それ、いつのこと?」

「今日、昼ごはん食べてた時。」

「ちょっと、待って…。」


 待ってって言われても…話し相手静流しかいなんだけど。まあ、待つか。

 静流は色々逡巡しているようだ。何、考えてるんだろ?


「どうして、その話に、なったの?」


 ようやく、静流が口を開く。


「私が、2人は付き合ってるの? って聞いたから。」

「ごめん、それからの会話、順を追って話してくれる?」


 ええ、っと。その次に何て返されたんだっけ?


「えっと、それで佐藤君が、“栗田は俺らがどうなったらいいと思う?”って聞かれて、“私が決めることじゃないでしょ”って答えて、で、そう言われたと思う。」

「何て答えたの?」

「最初は答えなかったよ。」

「最初は?」

「うん。でも、“栗田、どう思う?”ってせかされて、“お似合いじゃない”って答えた。せかされて、何だか、もう諦め着いちゃった。」


 私がそう言い終わる前に、静流が頭を抱えて、呻きだす。


「もう、香奈枝の馬鹿! それ訂正してきなさいよ!」


 え?


「何で?」

「たぶんだけど、佐藤君、まだ香奈枝に気があるんだよ。だから、香奈枝にそれを答えてほしかったんだよ。なのに、自分でその可能性つぶすとか、ないよ。」


 …まだ気がある?


「ごめん、どこに佐藤君が私に気があったって話、入ってた?」


 そんな話した記憶はない。私が佐藤君を好きだって話はしたけど。


「少なくとも、2年の6月までは、佐藤君は香奈枝に気があったのは間違いないと思うよ。だから、郡さんがそんな卑怯な手を使ったんでしょ。まあ、その後の佐藤君の気持ちの動きは良く分からないけど、今日のその話は、まだ香奈枝に気持ちが残ってる証拠だと思う。」

「…まあ、100歩譲って、前は私のことを佐藤君が好きていてくれたとして、今日の話で、私に気持ちが残ってるって考えるのは、ちょっとポジティブすぎな気がするよ?」


 佐藤君が、私を好きでいてくれたかもしれない…。でも、もう今更だ。


「でも、私はそう思う。」


 静流は引かない。


「でも、それは、静流が思うって、話でしょ。静流は佐藤君じゃないし、佐藤君は静流じゃない。同じ考え方するわけじゃないんだから、本当のことなんて、誰にも分からないよ。それに、私は、2人の様子を見て、もう諦めるしかないな、って思ったんだから。たとえ、佐藤君の気持ちが私にわずかにあったとしても、もう私には何もできないし、きっと愛美がそんな私をあざ笑うように、佐藤君の気持ちを持って行っちゃうよ。」

「何で、諦めるの。」

「むしろ、何で諦めないで済むかを、説明してほしいくらいなんだけど。」


 私の言葉に、静流が詰まる。


「いいんだよ。私はそれで、納得できたんだから。これで、心残りはない。勉強にまい進します。」

「あんた、格好だけじゃなくて、考え方も男前になっちゃたんじゃないの。私の方が泣きたくなったじゃない。」


 泣きたくなった、と言いながら、静流はもう泣いている。


「もう、静流泣かないでよ。」

「香奈枝が泣かないから、代わりに泣いてるんでしょ。」


 そう言われて、私まで泣けてきた。

 今まで誰にも言わずに我慢してきた分、涙はあとからあとから、溢れ続けてきた。

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