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これが再公開予定の最後の作品です。
奇しくも、ネットで小説を公開し始めた2014年に書いていた小説のようです。
最後に公開予定の作品が、まだ小説書くのもこなれていない頃の作品なのは、不思議な巡り合わせな気がします。
楽しんでいただければ幸いです。
平日14時に公開します。
なぜよく14時に公開していたのかは、未だに自分でも謎です(笑)。
うーん。あのアイテム、どうやって取るんだったっけ?
小さな画面を覗きながら、記憶をたどる。
…うん。思い出せない。
「ふぅ。」
ため息をついて、画面から顔をあげる。
ここは大学の講義室で。丁度今日は休講になった授業のあるはずだった教室で、ゲームにいそしんでいた。
「何、やってんの?」
突然かけられた男性の声に、びくり、とする。
誰も来ないと思ったのに。
「ああ、今日、休講だよ? 掲示見なかった?」
声のした講義室の入り口に顔を向けると、授業で見覚えのある顔が、私に向かって歩いてきていた。そもそも、もう授業が始まっていれば、もう30分は経っている。
「見たけど、通りかかったら人がいるから。」
「暇だったから、ゲームしてただけ。」
私がゲーム機を掲げて見せると、彼は、あれ、という顔をする。
「そのゲーム機、画面小さくない?」
ああ、最新の機種は、画面が大きいのが売りだから。
「そうだね。このゲーム機の初期のタイプだからね。」
「それって、ゲームがすごく古いやつってこと?」
「そうだね。えーっと…。」
彼の名前は知らないから、声を掛けようとして、戸惑った。その理由に思い当たったのか、彼は、あー、とでも言いたげな顔をする。
「佐藤だよ。授業の時、自己紹介はしたはずだけど。」
聞き覚えのある苗字に、へぇ、と思った後、佐藤が多い名字だったことを思い出す。どこでも佐藤さんには出会うから、今更か。
ボランティア論、って授業だからか、授業を受けている学生の数が多くはないからか、先生は最初の授業で皆に自己紹介をさせた。あんまり自己紹介するような授業はないから、ちょっと戸惑った。
「ごめん。人の名前覚えるの苦手で。」
本当は、聞いてもいなかったけど。
「栗田さんって、そんな感じするよね?」
…そんな感じって、どんな感じなんだろ。まあ、いいか。
「それで、何やってるの?」
「佐藤君は、ゲーム気になるの?」
「俺もゲーム好きなんだよ。そんな古そうなゲーム機でしかできないゲームやってるって、よっぽどそのゲーム面白いんだろうな、って思って。」
それは、当たってる。
「そうだね。このゲーム機ができるよりも前にできたゲームで。携帯できる形になったのが、このゲーム機だけだから、これでやってる。」
「このゲーム機ができるよりも前にできたゲームって…。生まれる前とか?」
「…そうなるかもね。」
発売年がいつなのかも知らないけど、そうなっちゃうんだろうな。
「どうして、そんなの知ってるの?」
「家にあったから。」
父がゲーム好きな人で、古いゲームがたくさん家にはあった。
「どんなゲームなの?」
「RPGだよ。」
ゲームのタイトルを言うと、今でも続編は出ているやつだから、佐藤君は納得した顔をしている。
「新しいのは、やらないの?」
「オンラインは好きじゃなくて。」
どこもかしこも、オンライン版なんてゲーム出してるけど、一人でちまちまゲームやるのが好きな人にとっては、余計なお世話だと思っている。
「昔のやつは、一人でやり込めるからね。」
佐藤君の言葉に、おや、っと思う。私たちが物心ついたころには、RPGはオンライン版が当たり前だったから。
「やったことあるの?」
「少しは。でも、色んな人と関わってゲームすすめていくのが楽しいから、俺はオンライン派だな。」
そっか。まあ、そんな情報、どうでもいいけど。
「佐藤、何やってるの?」
また、講義室の入り口から男性の声が聞こえてくる。振り向くと、佐藤君同様、同じ授業を取ってる人だった。
「理人、お前こそ、何やってんの?」
「質問に質問で返すなよ。」
そう言いながら、理人、と呼ばれた人は講義室の中に入ってくる。
「…栗田さん、ゲームとかやるんだ。」
私たちの近くまで来た理人君(苗字は知らない)は、私の手元にあるゲーム機を見て、へぇ、と言いたそうな顔をする。
「理人はゲームやらないだろ?」
佐藤君の言葉に、理人君は頷く。
「でも、栗田さんが何のゲームやってるか、ぐらいは気になる。」
…変な人。
「RPGって、分かる?」
ゲームあんまりやらないなら、その区別さえ難しいかも知れない。
案の定、理人君はメガネを指で持ち上げると、思案顔になる。
「簡単に言えば、決まった地図上の上を、色んな特技を持ったメンバーで魔物を倒しながら、旅していく話。」
本当に簡単に説明すれば、そういうこと、だよね。
「栗田さん、それ端折りすぎじゃない?」
「で、何のために旅するの?」
佐藤君は私の説明に不満そうだったけど、理人君は私の説明に納得してくれたみたいで、次を促してくる。
「たとえば、今私がやってる話は、世界が荒廃した原因を探して問題を解決するために旅してる。」
「へぇ。」
理人君が、ちょっと興味を持ったような声を出す。佐藤君は、このゲームの内容を知ってるのか、そんな話だっけ? と、呟いている。
…要約すれば、そうなるんだって。
「栗田さんは、他にもやってたりするの?」
「今、家でやってるのは、同じシリーズの作品なんだけど、世界の均衡が破れて、安定しなくなった世界に均衡を取り戻そうとする話だよ。」
「それだけ聞くと、面白そうだね。」
本当に興味を持ったような様子で、理人君が私の顔を見る。佐藤君は相変わらず私の説明が腑に落ちないようで、首をかしげている。
「それって、今売ってる?」
やっぱり、興味持つよね。このゲーム面白いもん。
「…売ってなくはないけど、使えるゲーム機も限られるし、全部中古になるから揃えるのが大変かもね。」
ゲーム自体が大分古いものだから、リバイバルももうされてなくなってしまっているし。
「オンラインとかで、できないの?」
「できないね。」
私の言葉を聞いて、佐藤君が口を開く。
「最新の作品はオンライン版あるけど。」
「栗田さんも、それはやってる?」
理人君は私を見る。
「やってない。それには興味ないし。」
「そっか。それじゃ、僕も興味持てないかもなぁ。」
そんなに私の説明、良かった?
「栗田さんの、貸してもらったりとか、可能?」
「それは、無理。まだやってる最中だから。」
それには即答する。
「あとどれくらい、クリアするのにかかりそうなの?」
「レベル99まで上げて、アイテムコンプリートするまでだから、まだかかるね。いつ終わるかもわからない。これと、家でのやつ交互にやってるから、時間はかかるんじゃないかな。」
佐藤君が、まじかよ、と呟く。自分でも自分の廃れ具合は分かってます。
「じゃあ、それが終わってからでいいから、貸してよ。」
…いつになるかもわからないのに、それでも待つんだ。
「それでいいなら、いいよ。」
「ありがとう。連絡先交換しとく?」
社交辞令とかじゃなくて、本気なんだな。
「とりあえず、前期の授業の間は顔合わせるでしょ。それまでに終わらせられなかったら、でいいんじゃない?」
その時には、理人君も忘れてるかもしれないし。
「そうだね。でも、それまでに終わらせられそうなの?」
「…終わらせたいわけではないんだけどね。コンプリートすれば一旦は飽きるでしょ。」
「栗田さん、その熱をオンラインにも向けないの?」
佐藤君が思い出したように、私に水を向ける。
「興味ないです。」
「一緒にやる仲間を増やしたいんだけど。」
…遠慮します。
「他を当たって。」
私がばっさりと会話を断ち切ると、理人君がクスクス笑う。何さ。
「何で笑うの?」
「栗田さん、うちの姉に似てるな、と思って。」
…そう。
「褒め言葉として、受け取っておきます。」
さて、次の授業は学部だし、移動しよう。
「次、学部の授業だから、そろそろ移動する。」
そうしないと、話が終わらなさそう。
「俺も学部に行かなきゃだ。理人、お前、次学部の授業?」
「次も同じ授業だったよね?」
佐藤君の言葉に、呆れたように理人君が言う。同じ学部なんだな。
「それじゃ、佐藤君と…えーっと。」
理人君がクスリと笑う。
「理人でいいよ。皆、そう呼んでるし。」
…苗字教えてくれないんだ。
「…理人君も、また来週。」
そう言って、私は先に抜けようと思ったけど、2人はぞろぞろとついてくる。…まだ、駄目か。
「栗田さんって、経済学部でしょ?」
佐藤君の言葉に、自己紹介で学部を言わされたのを思い出した。
「そうだけど。」
「経済学って、楽しいの?」
「まだ1年だから、ほとんど教養だし。もっと専門的になったら、楽しくなるんじゃない。」
経済学かどうかなんて、正直なところどうでもよかったし。就職は文系の中では有利と言われたから、選んだようなもので。
「佐藤、僕らだって人のこと言えないだろ。数学って楽しいの? って聞かれて、答えられる?」
「理人は好きなんだろ。数学が。」
「…好きって言うより、当たり前にあったからね。考えたこともない。」
数学…。
「二人とも教育学部なの?」
「栗田さん話聞いてなかったからね。俺ら、理学部。」
佐藤君が特に気にもしてないような様子で、そう話す。
理学部でも数学やるんだ。
「楽しくなさそうだね。」
私がボソッと呟くと、佐藤君が反応する。
「経済学に言われたくない。」
「今のところ、どっちもどっちでしょ。」
理人君の言葉に、私も佐藤君も息をつく。喧嘩するような内容でもないし。
そんなことを話してるうちに、教養棟の出入り口に着いた。
「じゃあ、私あっちだから。」
私が手を振って、右側に向かう。
「おう。じゃあ、来週な。」
「じゃあね。栗田さん。」
佐藤君と理人君は、理学部の校舎のある左側に向かった。
「香奈枝!」
自分の名前に振り返ると、後ろからクラスメイトの愛美が走ってくる。
「愛美、授業終わったの?」
出席番号が前後で、クラスコンパのとき仲良くなった。ゲームが好きと言うことは共通してるんだけど、愛美はオンラインゲーム派なので、一緒のゲームをすることはない。
「終わったけど、そんなことより、さっきのイケメンたち、なに?」
…イケメン…?
「イケメンって?」
「またまた。香奈枝が一緒に歩いてた二人だよ。どっちも、イケメンだったでしょ? 2人とも横顔チラッと見たけど、イケメンに違いない。」
「ごめん、顔の造作に興味がないから、記憶に残ってない。」
「ちょっと、ひどい。一緒にいたんなら、顔ぐらい見ときなよ。」
何のために?
「…じゃあ、今度愛美が見ときなよ。同じくらいの時間には、授業終わるんじゃないの?」
「…相変わらず、興味ないんだね。」
愛美がため息をつく。ため息をつきたいのはこっちだ。
「愛美、良くイケメン探しに必死になれるね。」
「だって、大学生になったんだから、彼氏の一人ぐらいは作ってみたいじゃない。」
…これまでゲームと勉強だけが生きがいだったらしい愛美は、大学デビューと言うのを果たした、と私は宣言されている。確かに、いつも小奇麗な格好をしている。だから、最初は仲良くなれないかもな、と思ったのだけど、クラスコンパのときにたまたまオンラインゲームの話になって、アンチの私と意見を戦わせることになったせいか、それから話すようになって、仲良くなった。
「そういうもの?」
「そういうもの。香奈枝だって、女の子らしい格好すれば、絶対見れるようになるのに。」
その話は、聞き飽きた。
「私は、今の自分に満足してるので、良いです。」
「一緒に買い物行こうよ。服見てあげるから。」
「行かない。」
私の返事に、愛美がまたため息をつく。
「せめて、そんな男の子っぽい恰好じゃなくて、スカートとか履いてみればいいのに。」
…アドバイス、ありがとう。
「好きで着てるから、いいの。スカートとか嫌だし。」
私の格好は、後ろから見れば、男の子みたいな格好だ。女性ものでもボーイッシュな服を買うようにしてる。もしくは、男性ものを買ってしまう。髪もショートだし。
「ほんとに、香奈枝はいつもそう言って。」
愛美と友達になってから、何十回も繰り返されたやり取りだ。
服ぐらい、自由に着させてほしい。
「愛美それはいいから、授業早くいかないと、前の席になるよ。」
私の言葉に、愛美が焦る。私はどっちでもいいんだけど、愛美は後ろの席に座りたがる。
…その方がイケメンを見つけやすいから、だそうだ。
「香奈枝も急いで!」
…急がなくてもいいんだけどなぁ。
私はため息をつきつつも、愛美について走った。