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人形夫人の作り方  作者: 森乃千羅
9/19

第九話

閲覧ありがとうございます

何がこの青を歪めたのだろう。


「お姉さまっ…」


エイシャンは、座ったままのメイリーに駆け寄ろうとした。

しかしそれを遮るようにメジェが立ち塞がると、両手を広げてメイリーからエイシャンを隠した。


「それ以上近づかないでくださいませ」

「っ…」


エイシャンの息を飲む音が聞こえた。


「エイシャン・リーエル様ですね、話は旦那様より伺っております」

「…ウエルッカ伯爵様の侍女でしたか…」

「侍女頭でございます」


メイリーと初めて会った時のように低く、怒りを抑えている声。


メイリーはそっとメジェの背後から覗き込んだ。

エイシャンは震えていたが、それはメジェに対してだけではないのだろう。


「エイシャンですって…?」

「リーエル家の末子だろう、なんでここにいるんだ」

「罪人の娘ならば大人しく引き籠もっていればいいものを…」

「見てよ、見窄らしい格好ね」


はっと、エイシャンの服を見た。

あれほど暑いからと反対された黒い服、なのにエイシャンはその黒を身に纏っている。

よれよれになったドレスはまるで長年手入れをされていないようだった。


なぜ。

エイシャンは愛されているのではないのか。


同じ罪人の娘であるメイリーはこうして新しい服を与えられたというのに。


どうしてエイシャンが愛されていないのだ。


「…退いてください」


気づけばメイリーは立ち上がっていた。


「お、奥様…?」

「退いてください」

「お待ちください、彼女は奥様を蔑ろにした家族の…」

「関係ありません」


自分勝手なのはメイリーも一緒だ。

おまけに意地でも考えを曲げようとしない、ルーエルよりも面倒な女。


メジェは渋々といった顔でメイリーの背後に移動した。

ようやく会えた。

エイシャンはゆっくりと近づいてきた。


「来てくださったんですね、…会いたかった」


一月前よりも窶れたエイシャン。

柔らかそうだった金色の髪は手入れが疎かになっているのか傷んでおり、化粧でほんのり染まった桃色の頬はメイリーと同じくらい青白い。

そして澄んだ瞳は空のように青いのに、どこか翳りを見せるのだ。


ああ、ようやく見れたというのに。

メイリーを対等に見てくれる、幼き日に見たあの輝くような青を心待ちにしていたのに。

そのためならば周りの目などどうでも良かったのに。


だからここに来たのに。


「怒ってますか」

「…怒る?」

「だって、お姉さまに酷いことを…」


エイシャンの心に残ったのは何だろうか。

メイリーの境遇を知っていながら助けることも叶わず、カンカルとカインザーの謀反や計画にも気づけず、その結果二人は死刑、ミーリィとエイシャンは母方の実家に身を置くことになったとルーエルが結婚した数日後に話していた。


伯爵家ではさぞかし肩身が狭いだろう。

裕福な暮らしはきっと出来ないな、とも言っていた。


「…」


エイシャンのドレスはメイリーがいつも着ているワンピースにどこか似ていた。

人を寄せつけないような、無機質で、闇のような黒。

貴族令嬢が街中を歩く格好ではない。

いや、あえてなのかもしれない。


「あそこ、見えますか」


エイシャンが指を指した。

メイリーがそちらに顔を向けると、はるか遠くに黒い服と金色の髪が映った。

この場所でエイシャンと同じ格好をする人間は一人しかいない。


「お母さまも来ているんですよ」


ミーリィ・リーエル。

ジャッパルの思想のせいで産まれたばかりの長女を奪われ、次女に至っては軽視された、いわば被害者とも言える二人の母親。


ミーリィはメイリーを心から疎んでいた。

だからエイシャンだけがメイリーのところまで来たのだろう。

この特徴的な髪を目印に。


「…元気そうで良かった」

「…」


いつの間にか、エイシャンはメイリーをじっと見つめていた。

あの屋敷で唯一、メイリーを家族だと見てくれていたエイシャンは今でも『お姉さま』と呼ぶ。

それはなぜだろうか。


エイシャンの腕が上がってきた。

メイリーの顔に手のひらが近づいてくる。


「似合ってます、黄色いドレスと髪飾り、まるで私の髪色みたい」


そう言われてみればそうかもしれない。

手に入れることの出来なかった黄色い色素を身に着けているのだと、メイリーは心が震えるのを感じた。

エイシャンの指がメイリーの首に触れた瞬間のことだった。


「…何をしている」


聞き慣れた声。

視線をそちらに移すと、ルーエルが目を見開いていた。

足元には持ってきたのであろう飲み物が落とされ、無惨にも地面に広がっていた。


「っ、伯爵様…」


エイシャンが離れる。

首をジメジメとした風が通り抜けた。

目の前にルーエルが壁となり、再びエイシャンが見えなくなった。


「私の妻に近づくな」

「…申し訳ございません」


後悔しているような声だった。

なぜだろうか。


「…なぜ、陛下は貴女の侯爵令嬢という立場を残したのか、甚だ理解し難い」

「…」

「父親が死ぬのだから一緒にあそこへ行けばよかったものを」


ルーエルがそう視線を向けたのは中央、処刑のための断頭台。

まもなくカンカルとカインザーがあそこで処刑される。

ルーエルにとって彼らは国の大罪人ではなく、メイリーを冒涜した人間なのだ。


「目障りだ。これ以上ここにいれば、私も容赦はしない」


おもむろにルーエルは腰から剣を抜いた。


「いけません旦那様っ…!」


それは許されないこと。

国王が無罪とした人間を傷つけてしまえば、ただの殺人犯と一緒である。

声を荒らげたメジェ、けれども他の観客たちは小さな悲鳴とともに丸くなるだけだった。


「…申し訳ございませんでした」


ここにいては危険だ。

そう悟ったエイシャンはその場を逃げるように去ってしまった。

一瞬立ち止まりそうになったようだが、振り返ることはついぞ無かった。


「メイリー…!」


振り返り、満面の笑みでメイリーを抱きしめるルーエル。

いつの間にやら剣は鞘に戻されていた。


「遅くなってしまって申し訳ありませんでした。あなたを一人にしたせいで辛い思いをさせてしまいましたね。でももう追い払ったから大丈夫ですよ、私が傍にいます」


安心してください。

あなたは私が守ります。


メイリーはそう誇らしげに言うルーエルの目を見た。

この目はジャッパルと同じ目だ、そう何となく気づいていた。


メイリーは、ルーエルの所有物だと言っていると。

賢明なメジェに至っても主の妻、『メイリー・ウエルッカ』という認識でしか見ていない。


『お姉さま』という目を向けてくれる人間は一人しかいない。

ルーエルが、この目がエイシャンとの時間を奪ったのだと思うと、彼の言葉など耳に入らなかった。


なぜ追いやった。


なぜ誰も分かってくれない。


あの時、エイシャンの手は何をしようとしていたのだろうか。

何も分からない。


メイリーはため息をついた。

誤字脱字あればコメントにて教えてください

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