第七話
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使用人たちにも休憩や食事の時間は当然ある。
そのため、代わる代わる侍女たちが休憩に行く一時間、メイリーは様々な噂を彼女たちから聞いていた。
件の公爵令嬢はどうやら男癖が悪いらしく、過去に男性トラブルを起こしていたり、親しくしている令嬢が婚約者を奪われて破局したり。
特に魅力的な話があったわけではなかったが、窓の外を見ない時間は久しぶりだった。
それなりに充実した時間を楽しんだ。
その結果、侍女たちと話していて思ったのは、どこでも噂は起こるのだなということだった。
「そろそろですね」
最後に帰ってきた赤茶色の髪の侍女がそう告げた。
時計を確認すると、時刻は丁度十一時。
執行まであと四時間もある。
「まもなく旦那様が迎えにいらっしゃるかと思いますので」
「はい」
「確か早めに行くんでしたよね?」
「そりゃあそうでしょ、今日はどこもかしこも混み合うもの」
全ての貴族が集まる処刑場はパーティーと違い、平民も見ることが可能なのだという。
そのため人通りが多く、少しでも早く出ないと馬車が前に進めないらしい。
メイリーは窓の外を眺めた。
雲一つない青空はどこまでも澄んでいて、暑いことが明らかであった。
現に鳥たちの声が聞こえてこない。
森の中にでも隠れているのかもしれないと思うが、それが少し物足りないと感じた。
暇である。
けれどなぜだろうか。
不思議なことに、眠気は襲ってこなかった。
こんこんと音がした。
「私だよ、入ってもいい?」
「はい」
灰色の髪の侍女が迎えに行く。
扉が開けられて、白いシャツに紺色のズボンを身につけたルーエルが入ってくる。
その後ろには侍女頭が立っていた。
いつもの休日と違うのは首元に貴族らしく装飾品を充てがっているところだろうか、赤い釦のような宝石がついていた。
あれもルビーだろうか。
「メイリーおまたせ、そろそろ行こう、か…」
目の合った直後、彼の目が見開かれる。
「…」
メイリーは彼の言葉を待った。
メイリーが化粧水と乳液以外の化粧したのも、黒のワンピース以外の服を着たのも、髪を纏めたのも。
全て初めてのことだ。
茶髪から覗く耳が赤く染まっていく。
一体、何を言われるのだろうか。
固まって数秒後、ようやく動けるようになったルーエルの目尻が下がった。
「綺麗だよ、メイリー」
おや、と思った。
てっきり人形のような自分に一目惚れしたのだから、怒りや悲しみで赤くなったのだと勘違いをしてしまった。
(でも当然か)
そうしろと言ったのは紛れもなくルーエル自身なのだから。
侍女たちに促されるままメイリーは立ち上がった。
そしてルーエルの横を通り、部屋を出ていく。
身なりを整えてくれた侍女たちはどうやら屋敷で待つらしい。
慌てて追いかけてくるルーエルとその後ろを歩く侍女頭を無視し、メイリーは屋敷の前に停まっていた馬車を見つけた。
馬車の傍らに立つ青年がびくっとメイリーを見て震える。
つかつかと歩み寄るメイリー、その視線は青年ではなく馬車の扉を見つめていた。
「開けてください」
「あ、はい…!」
きゅっと、扉が軋む音を立てる。
裾の長いドレスを踏まないように階段を上るのは至難だった。
正面に座ったルーエル、その顔はどこか綻んでいる。
ちなみに侍女頭はメイリーの隣に座った。
「出発を」
侍女頭が合図をすると、青年の掛け声とともに馬車はがたっと動き出した。
整備された道を少し走ること数分。
おもむろにルーエルが呟いた。
「…私は幸せものだ」
「…」
「あなたのように美しい人を妻にできた」
独り言なのか、話しかけてきているのか、よく分からない。
ルーエルは更に続けた。
「何がメイリー・ウエルッカは実の家族を破滅させておきながら自分だけ伯爵家に逃げおおせた悪女だ、とんでもない。皆あなたの美しさを知らない、それがどんなに勿体ないことか彼らは知ろうともしない」
陶酔しているのだろうか。
それとも自己満足の正義感か。
ルーエルはメイリーの手をすくい上げるように握った。
化粧されていない手は青白く、頬ずりされるとより一層色の違いが鮮明に映った。
「貴女のことは私が守る」
「…」
何から守るのだろうか。
メイリーが処刑されるわけでもないのに。
居心地が悪いと、窓の外を見る。
市街地に入り、馬車から見えるのは建物ばかりになった。
多くの人間が歩いているが、その殆どが同じ方向に向かって歩いている。
彼らも見に行くところなのだろう、罪人であるカンカルとカインザーが処刑される瞬間を。
そしてその中にあの青があるのだ。
メイリーは空を見上げた。
小さな白が一つ浮かんでいる。
『会いたいんです』
手紙の文字を思い出すと、エイシャンの声がすぐ耳元で聞こえてくるようだった。
青は、もう輝きを取り戻したのだろうか。
歪んだままだろうか。
それは、見たくないなと、心が呟いた。
メイリーにとってそれしか楽しみがないのだから。
長く揺られ続けること数十分、ようやく馬車が停まった。
着いたという青年の声に、ルーエルは扉を開けるとまっ先に降りる。
「メイリー、手を」
「いりません」
「慣れていないでしょう、ここからはどうかエスコートを受けてください」
メイリーは無視やり降りようと思っていた。
しかし馬車から身を乗り出したメイリーの視線に映ったのは、幅の狭い階段が自らのドレスで見えなくなる光景であった。
思い返せばメイリーはこれまで馬車に乗ったことなどない。
正確には二回だが、ルーエルにずっと横抱きにされていた前回はカウントできるものではないのだ。
顔を上げたメイリーは次に周りの風景を見回した。
初めて来た場所、見知らぬ人間たちを無視して迷うことなく歩けるだろうか。
自信がない。
「お願いします」
「…はい」
転落は避けたい。
道が分からないのも困る。
やむを得ないとルーエルに手を添え、恐る恐る段差を降りた。
踏み外さないように一生懸命だったから、ルーエルの歓喜した顔を見ることはできなかった。
地面に足先がついたところで、一人の男がメイリーたちに近づいてきた。
「ルーエル・ウエルッカ伯爵並びにメイリー・ウエルッカ夫人でございますね、お待ちしておりました。お席までご案内いたしましょうか」
「ああ、案内は不要だ。私が誰か知っているだろう」
「畏まりました、ではお席に着きましたらそのままお待ちくださいませ」
言い終わるが早いか、男はちらりとメイリーに視線を向けると、またルーエルに戻してにこりと笑顔を見せた。
その目に見覚えがある。
メイリーの両親、カンカルとミーリィだ。
カインザーの顔は全くと言っていいほど覚えていないが、確か同じような目をしていた気がする。
ルーエルは男に笑顔を返すと、メイリーの手をやんわりと握った。
「では行きましょう」
「…」
手を掌握されたメイリーはルーエルの斜め後ろを歩く、背中に男の冷たい視線を浴びながら。
道なりに進んでいると、否が応でも他人の視線が目立った。
当たり前だろう。
皆同じような目をしている。
そこでメイリーは馬車の中でルーエルが言っていた噂を思い出す。
リーエル侯爵家を破滅に追いやった悪女。
罪人の身内でありながら、一人ウエルッカ伯爵夫人となって逃げた。
皆、その真偽を確かめたいのだ。
けれどルーエルがメイリーの隣にいるから何も言えない。
だから通り過ぎるのを待っているのだ。
そしてこう言うのだ。
真っ白な髪と深紅の目はおぞましい。
噂はやはり本当だったのだ、と。
隣に立つルーエルはそのことに気づいていない。
メイリーはちらっと見上げた。
ルーエルはとても晴れやかな笑顔をしていた。
愛する人と一緒に歩けているからなのか、手を握れているからなのか。
メイリーからの視線に気づいたルーエルはくすっと微笑んだ。
「どうしましたかメイリー」
「…」
「ああもしや、歩き疲れましたか。すいません、抱きかかえて差しあげたいのは山々なのですが、なにぶん人が多いものですから。まもなく着きますからもう少し頑張ってください」
駄目だな。
メイリーはため息をついた。
ルーエルは浮かれていた。
そのせいか周りが見えておらず、メイリーが居心地の悪さを訴えていることにも気づかない。
何が『貴女のことは私が守る』だ、出来もしないことを。
ちらりと後ろを歩く侍女頭に視線を移した。
侍女たちを統括する彼女は敏いことをこの一月で知っている。
「…」
侍女頭は目を伏せて首を左右に振った。
ルーエルに何も言うな、ということだろうか。
メイリーは頷いた。
それが悪手であることを二人は理解しているのだ。
それは、どこか確信めいていた。
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