第六話
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「奥様」
いつの間にやら化粧を済まされていたらしく、赤茶色の髪の侍女が満足そうに微笑んでいた。
「着飾ればそれなりに見えるものですね」
白い髪がすっと後ろに流され、頭の後ろで重みを感じる。
「さあご覧になってくださいませ」
侍女に誘導されて鏡の前に移動したメイリー。
そこには自分と同じ白髪の、しかし見たことのない女がこちらを座って赤い目を見開いていた。
血管が透けて青白く見えた肌はほんのり赤く色を付け加えられたことでそれなりに健康そうに見える。
そういう化粧もあるのだな。
一方で、髪はどのようになっているか、詳しくは分からないが後頭部である程度の量を塊にされ、そこから腰辺りまで垂れ下がっていた。
「本当はもっと色々したいですが本日はパーティーとは違いますから」
「そうですね、ましてや処刑されるのは…」
メイリーの実父と実兄なのだから。
そう話を濁した赤茶色の髪の侍女と灰色の髪の侍女。
けれどそこへ黒髪の侍女がメイリーの頭に触れ、アクセサリーを差し込んだ。
「えぇーそんなの勿体ない。折角のお披露目なのに」
「何言ってるのよ」
「だって処刑って、奥様を蔑ろにしてた人たちでしょ。近づくことはできないだろうから気づかないかもだけど、見返してやりたいじゃない」
「それは、まあ…」
侍女たちの会話を聞き流しながら、メイリーは頭に輝く赤い宝石を鏡越しにじっと眺めた。
色濃く、血を連想させるそれはメイリーの目ととても酷似していて、リーエル家で扉の向こうにいた侍女たちがよく言っていたことを思い出す。
『見た?あの目』
『血と同じ色だなんておぞましい』
そんな目と瓜二つの宝石を使うなんて、気持ち悪くないのだろうか。
「気にいりました?」
黒髪の侍女が嬉しそうにそう尋ねてきた。
メイリーは何も言わず、ただ首を傾げた。
「これはルビーという宝石です。ダイヤモンド、エメラルド、サファイアと並ぶ四大宝石の一つで、人気の高いものなんですよ」
血を連想させる宝石なのに人気があることがメイリーには理解できなかった。
同時にどうでも良かった。
ふいっと侍女の持つドレスに視線を移した。
メイリーはまだ、入浴後に着せられたガウンのままだった。
「ふふふ…、気になります?」
そう勘違いした黒髪の侍女はばっと見せつけるようにドレスを持ち上げた。
「…イーヒャ、それをお着せするの、どうかと思うわ」
「えー、ガベエラはこれじゃない感じ?」
「私もそれはちょっと…いくら暑いからって真っ白のドレスは、奥様が浮いてしまうわ」
頷き合う侍女たちにメイリーはドレスを、ため息をつきながら見た。
所々に差し色こそあるものの、白いそれはメイリーの髪よりもややくすんでいた。
「どうせ奥様の髪じゃ目立つし、ならいっそこの方が美しさが際立つかなと思ったんだけどなぁ…」
「それはまた別の機会にしましょう。今日はあくまでも静かに過ごしていただきたいから」
「分かったわ」
そう言って黒髪の侍女はクローゼットにドレスを戻すと、そのまま違うドレスを持って駆け寄ってきた。
「じゃあこれ!」
広げられたのは淡黄色のドレスだった。
「これなら目立たないわね」
「でもこれ肩周りが薄すぎない?ドレスというよりワンピースというか」
「これにこのストールを羽織ってもらおうかなーって」
そこへ持ってきたのは茶色の肩掛け。
「あ、それいいじゃない。旦那様が喜ばれるわ」
なぜルーエルが喜ぶのか。
色が彼の髪や目と同じだからだと、何となく気づく。
ルーエルはメイリーが自分色に染まるのを好む人間だとこの一月で悟っていた。
三人がかりで着せられたドレスはいつものワンピースより重い。
加えて、丈が長いため少し間違えたら裾を踏んでしまいそうな不安感を覚えた。
メイリーは改めて姿見の前に立つ。
黒以外の初めて身につけた色。
黄色と茶色は見ていて温かみを感じさせた。
そして頭に飾られた宝石。
当初ルビーをつけていたが、ドレスと合わないという理由で黄色のダイヤモンドがあしらわれた髪飾りをつけることとなった。
窓からの日差しを受けてきらっと視線を奪う。
ちなみに、対になったイヤリングは紛失の恐れがあるからと今回は使わないのだという。
統一感のある出で立ちに、メイリーはやっと済んだと安堵して窓際の椅子に座った。
いくらドレスを着たところで、それは着替えたという事実にすぎなかった。
そこに高揚感などない。
入浴の時につけられた香料の香りも。
ほんのり染まった頬や唇も。
白い髪を飾る黄色も。
ルーエルに合わせるように着せられたドレスさえも。
一つの結果にしかならない。
「失礼します」
メイリーが座り込んでしまったことで侍女三人が戸惑っていたところ、侍女頭が部屋に入ってきた。
「奥様、昼食の後に旦那様と馬車にて会場へ参ります。…召し上がられそうですか?」
それは普段食べない人間を思ってなのか、家族が死ぬという時に食べれないのではと思ってなのかは分からなかった。
そしてメイリーという人間は前者だった。
「今日は食べました」
「…本来ならば、人間は一日三回食事をするのが健康的だと言われております」
そのようなこと、メイリーには関係ない。
「いりません」
「…畏まりました。時間になったらまたお声をかけさせていただきます」
侍女頭が出ていき、静かになる部屋。
慌てるかのように赤茶色の髪の侍女が口を開いた。
「出発までの間、何かお話でもしましょうか…?」
「そ、そうよね!まだ一時間以上余裕あるもの!えーと…、奥様はお部屋で普段何を?」
「座っています」
「ほ、他には…?趣味とか…」
「寝ています。趣味とはなんですか」
「…」
再び静寂に包まれる室内、しかし灰色の髪の侍女がそれを破った。
「退屈しのぎにとお渡しした本はいかがでしたか」
メイリーが目の前に置かれた机の上を見ると、先日読んでそれっきりにしていた小説が積み重なっていた。
あの本はこの侍女の用意したものだったのかと、意外だなと考える。
メイリーを嫌っているとばかり思っていたから。
「見ました」
「どうでしたか」
メイリーは首を傾げた。
どうと言われても、なんと言えばよいのか分からない。
強いて言うのならば。
「すべての本に『君との婚約を破棄する』という文がありました」
「あら、最近有名ですね」
「へぇー!ジュシ恋愛小説が好きなのぉ?」
「流行のものを用意しただけよ、勘違いしないで。伯爵夫人が知らないようではこの先ハブられるもの」
「否定できないわね。…あ、そうだ、奥様」
赤茶色の髪の侍女が化粧道具を仕舞いながらメイリーに語った。
「市井で聞いた噂ですけれども、その類の小説に便乗して婚約を破棄した貴族階級の人たちが最近多いそうですよ」
「…」
「私もその噂聞いたけど、それがどうかしたの?」
「イーヒャ知らないの?貴族の結婚は家同士の結婚よ、ほとんど政治的なものなの」
「違約金、賠償金、名誉毀損。貴族がご令息ご令嬢の行いに対する後始末に追われているなど、国民からすれば愚かにしか思えないです」
知らないことの多いメイリーにとって、その話題は何故か興味を持てるものであった。
ふとカンカルとミーリィを思い出した。
両親も、政略結婚だった。
けれどもお互い愛していると、リーエル家の侍女が微笑ましそうに語っているのを扉越しに聞いた。
その愛はメイリーに向けられることはなかったが。
本の話を真に受けて、愛する相手を変えるなんて、どういう心境だったのだろう。
一生連れ添うと心に決めた人間のどこが良かったのだろう。
世間の言葉を鵜呑みにするなら、メイリーもルーエルを愛さなくてはならないのだろうか。
「やっぱり一番有名なのは王太子殿下の婚約破棄かしらね」
「あら、根も葉もない噂だと思っていたけれど、本当に破棄されたのですね」
「正式な発表はされていないけどね」
「さっすがジュシ、情報通ね」
灰色の髪の侍女によると。
王太子には幼き頃より連れ添った公爵令嬢の婚約者がいる。
とても苛烈な少女で、少しでも使用人がミスをすると罰として手を上げる。
それは他の令嬢に対しても同様で、常に自分が話の中心でないと気が済まず、一度目をつけられてしまった令嬢は社交界での立場を失ってしまう。
そのため彼女の周りには媚びへつらう使用人と令嬢しかいないのだという。
「王家も公爵との約束だったからそんな理由では反故にできなかったところに、理想の相手を見つけたの。だから公爵令嬢との婚約を破棄して、正式に猛アプローチをしているんだとか」
「まぁ、ロマンチックですね」
「ガベエラまで…。そんな平和なものじゃないのよ」
灰色の侍女は眉間にシワを寄せた。
「公爵令嬢に婚約破棄をする、それはつまり公爵家の権威を落としてしまうことと同義よ。殿下に気に入られた相手はさぞや逆恨みでもされたらと恐いだろうに…」
「…あー」
「それは…」
話に参加できないメイリーはその話をただじっと聞いていた。
案外それは楽なもので、ルーエルのように一方的に質問されたり話しかけられるずっといい。
「ところで、その気に入られた方って誰?」
「そこまでは分からなかったわよ」
「婚約者として候補に上がらなかった方なのですから、位の低い方だったのでしょうかね」
「異国のお姫様とかもあり得るかな?」
未来の王妃になる人物に侍女たちは期待と不安が大きいのだろう。
メイリーからしたらどうでもよいことだが。
しかしふと。
メイリーは口を開いた。
「他にも」
今まで黙っていたメイリーが喋ったことに、侍女たちは驚き、耳を澄ませた。
「…他にも、何か噂があれば知りたいです」
聞きたい。
誤字脱字あればコメントにて教えてください