第三話
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手紙が届いた翌日、ルーエルが丸一日休暇を取った。
勿論ルーエルの休みが過去に無かったわけではなく、今回のように突然休みだと言い張ることもあった。
けれどメイリーが朝食後いつも部屋から出てこないため、今までは別々に過ごしていた。
「…行くって言うまでずっと一緒にいるからね」
牛肉は食べるのが面倒だなと思っていたところにルーエルが突然告げた。
今日の休みはそのためか。
メイリーはカトラリーを置き、席を立った。
「行きません」
そう切り捨てるように食堂から出ていく。
扉を開ける直前、メイリーはルーエルの悲しそうに見せる顔を確認した。
ついてくるのかと思えば、座ったままのルーエル。
行くなと呼び止めることもない。
不思議なこともあるものだと首を傾げながら、自室の扉を開けようとしたときだ。
がこんと鈍い音がした。
「…」
もう一度試すが反応は同じであった。
そこでようやく気づく。
外鍵の存在しないメイリーの部屋に内側から鍵がかけられているのだ。
誰の仕業なのか、そんなことは考えるまでもない。
ゆっくりした足取りで現れたルーエル、その顔はどこか勝ち誇ったように見えた。
「業者に改装を依頼していてね、終わるのは早くても夕方かな」
「…」
嘘か本当か、そんなことはどうでもいい。
ルーエルはメイリーを何としてでもこの屋敷の外に連れ出したいのだ。
「それまでの間、一緒に庭を歩こう」
おいで。
差し出されたルーエルの大きな手、メイリーはそれを一瞥すると、無視して彼の横を素通りした。
ルーエルは無理強いすることも怒ることもしなかった。
少し寂しそうな顔はしたけれど。
ルーエルに誘導されるがままメイリーが着いたのは、彼女の部屋からでは角度的に見ることの出来なかった広い中庭だった。
初めて目の当たりにしたメイリーは最初、その色の多さに足を止めた。
ルーエルが笑顔で振り返る。
「綺麗でしょう?」
「…」
陽の光の中を見せつけるように歩くルーエルはとても輝いていた。
「全てあなたのために植えたものです、いつ来てくださってもいいのですよ」
メイリーを喜ばせるため。
メイリーに笑ってもらうため。
ふとルーエルはその花々の中から一房、目についたものを手折るとメイリーに握らせた。
「貴女はまるでこの気高き白百合のようだ。凛としていて、何にも染まることのない、私だけのメイリー」
世間一般の女子であれば、この言葉に虜になったのだろうか。
ルーエルに「貴方の妻になれて嬉しい」と、そう答えられたのだろうか。
メイリーには分からなかった。
「伯爵様」
ルーエルはメイリーから自分に声をかけてくれたことが嬉しかったらしく、同時に名前でないのが寂しかったようだ。
おもむろにメイリーの左手をとり、薬指に触れるだけのキスをした。
「そんな他人行儀ではなく、どうぞルーエルって呼んでください、私は貴女の夫なのですから」
夫だから、妻だから。
メイリーはそんなことに興味が無かった。
「空き室を貸してください」
「…え」
メイリーの手から花が零れ落ちた。
「夕方には改装が終わるということですから、それまで空き室で待ちます」
それは紛れもないルーエルへの拒絶。
これには当然、ルーエルの目に動揺が浮かんでいた。
「ど、どうして…」
ここにもう用事はない。
「失礼します」
メイリーはお辞儀をすることさえなく踵を返した。
落ちた百合の花が踏みつけられる。
「メイリー、待って!」
慌てたルーエルがメイリーの肩を強く握りしめた。
いくらメイリーでも大の男に掴まれては逃げることができない。
これから空が高くなるというのに。
「…何ですか」
「そんなに…、そんなに僕が嫌?」
いつも自分のことを『私』と言うルーエルが『僕』と言うことすら、メイリーにはどうでもよかった。
それよりも。
「…嫌?」
「僕が嫌いだから部屋に籠もっているのだろう?」
なるほど。
ルーエルにはメイリーが彼を嫌悪しているように見えていたらしい。
よくよく考えてみればルーエルはメイリーの意見を聞くことなく妻に迎えていた。
嫌われているという自覚を持っていたのだろうか。
「どうすればいい、どうしたら僕を見てくれる?」
そして諦めることが出来ず、あらゆる方法でメイリーにアプローチをし続けていると。
メイリーはため息をついた。
好きであれば隣に侍り、嫌いであれば拒絶する。
それが普通なのだろう。
しかしメイリーは普通ではない。
「私は感情を持ちあわせておりません」
メイリーはようやく気づいた。
「メイリー…」
「伯爵様に対する想いも花に対する心もありません」
ルーエルは『好き』の反対が『嫌い』だと思っている。
「それだけです」
夫に『無関心』なメイリーは、いつから見ていたのか、侍女たちの待つ陰へと向かって歩き出した。
ルーエルは追って来なかった。
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