第十四話
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それはメイリーが保護され、リーエル侯爵一家が捕縛されたときのこと。
リーエル家当主カンカル、妻ミーリィ、長兄カインザー、そして末子エイシャン。
四人は王城の中心部、玉座の間に傅かされていた。
これから、国王ウィリュスによる判決が言い渡されるのだ。
その場には王妃イリンと王太子クエトラもいた。
ウィリュスはため息をもって四人を迎えた。
「…過去にも多くの人間が謀反を計画してきた。だが、自分の娘を奴隷にするために反旗を翻した者たちはお主たちを以てして他には居るまい」
己の顎髭に手を添えるウィリュスの目は冷たかった。
というのもウィリュスにとって家族とは愛するものだったからだ。
国王夫妻は政略結婚ではなかった。
婚約者を選ぶ場で互いに惹かれ合い、恋愛結婚の末結ばれた二人は今なお敬い合っている。
そして子どもたちも同様に愛していた。
父親が娘を売るという、そんな馬鹿げた考えを理解できない。
否、しようとも思えなかった。
カンカルが躊躇うことなく告げる。
「恐れながら陛下、あれは私たちの娘ではありません。故に愛することなど有り得ないのです」
「…なんだと?」
「そうですわ」
カンカルの言葉を肯定するようにミーリィが微笑む。
「確かに私が産み落としました。私のパートナーも主人であるカンカルのみです。ならば産まれてくるのは私たちと同じ金色の髪と青い目でなければおかしいではありませんか。白い髪と赤い目を持つ娘など産まれるわけがないのです」
ミーリィは、ある憶測を語った。
それは真に存在するかもわからない『化け物』がリーエル家の繁栄を呪い、不幸に陥れるためメイリーを授けたというものだった。
当然、ウィリュスたちがそれを信じるはずがない。
けれど彼らは違った。
「父ジャッパルは特に影響を受けました。私やミーリィに会わせようともしないなど、普通では考えられない。父は呪われたのです」
「そのせいで後に産まれたエイシャンを孫だと認識が出来ず、反対されたせいで私たちは出生記録すら出しにいけませんでした」
「ああなんて可哀想なエイシャン、私たちの娘…」
「お義父様が亡くなられて、ようやくエイシャンが日の目を見るようになったんです。…あの日のことは忘れられませんわ」
昼も夜も。
エイシャンを連れてリーエル家はパーティーに参加した。
教養の無さなど関係ない。
自分たちにとってエイシャンは全てだった。
だがそれをエイシャンは憂いた。
『お姉さまは?』と。
世話をしてきたジャッパルが死んだというのに、屋敷はおろか、部屋からすら出てこなかったメイリー。
なんと恩知らずな、無情な娘なのだろう。
部屋の外でどれだけ騒ごうとも、嘲笑おうと、メイリーは物音すら立てない。
「『あれ』は人間ではない、『化け物』だ」
このまま屋敷に置いていたらいけない、エイシャンが不幸になる。
思い出したのは十年ほど前、エイシャンがメイリーの部屋に入っていたのがジャッパルに知られたときのこと。
自分そっくりのエイシャンの髪を掴み上げ、あろうことかジャッパルは階段からエイシャンを突き落とそうとしたのだ。
未然に防げたカンカルだったが、ジャッパルは血走った目でエイシャンを睨んでいた。
『下等生物』
ジャッパルはそう言ったのだ。
こんなに優しい子を。
自分たちと同じ髪と目を持つ孫娘を。
「『あれ』を排除しなくてはならない。屋敷から、エイシャンの傍から引き離さなくてはいけない。…そうだろう、カインザー?」
カインザーは頷いた。
「父に『あれ』を奴隷として売ろうと提案したのは私です。『あれ』が屋敷にいる限り、私たちは囚われ続ける」
「全てはリーエル家の平穏のため、エイシャンの幸せのた…」
「いい加減にしろっ!」
クエトラは立ち上がっていた。
耐えられなかった。
確かにメイリーの髪と目は異端であろう。
ルーエルが結婚の承諾に連れてきたときクエトラもメイリーの風貌を見た。
同じ両親から生まれたのかと疑うほど。
自分の意思で来ず、されるがままだったメイリーは何を考えているのか分からない目をしていた。
恐ろしかった。
けれど。
自分の娘を、妹を『化け物』と言うだなんて、考えられない。
聞いているだけで心が張り裂けそうだった。
「おまえたちが辛い思いをしたのは分かった。その努力は何物にも代えがたいということも」
「殿下」
カンカルの顔がぱあっと明るくなった。
しかしクエトラは眉間に皺を寄せたまま、首を振った。
「だがその後が俺は許せない!なぜ片方だけにしか愛情を持てなかった、なぜ他の方法を選ばないっ!?姉だって、おまえたちの愛を待ち望んでいたのではないのかっ!」
愛を知っていれば、あのような目をしなくても済んだのではないか。
少なくとも、このような事態は防げたはず。
「…愛だなんて、心を持たない『化け物』にどうやって注げと」
カインザーはぽつりと呟いた。
嘲笑われている。
「妹を『化け物』などと呼ぶな!」
「クエトラ!」
ウィリュスの静止の声を無視してカインザーに詰め寄る。
「心を持てなかったのはおまえたちのせいだろう!それを責任転嫁しようだなんて…」
「待ってくださいっ」
凛とした声だった。
殴ろうとした手をそのままに、クエトラは声の持ち主に視線を移した。
「…国王陛下、発言をお許しください」
「エイシャン、何を」
「お母さまは黙ってて」
それまで黙っていたエイシャンが力強い視線をウィリュスに送っていた。
「許可しよう、何だ」
「まず初めに謝罪を。この度は父と兄の企みに気づくことが出来ず、誠に申し訳ございませんでした」
「うむ」
「その上で弁明をさせてください。両親と兄は被害者でもありました、祖父はリーエル家で絶対でした」
本来ならば爵位をカンカルに譲ったところで田舎に隠居するべきだった先代侯爵のジャッパル。
けれどジャッパルは屋敷を出ることはなく、むしろ仕事を譲ったことで自由になった彼はあらゆることに口を出していたという。
「悪いのは祖父だ、とでも?」
そう告げたウィリュスは凍えるような目をエイシャンに向けている。
そういえばとクエトラは思い出した。
国王であるウィリュスは幼少の頃、当時若かったジャッパルを兄のように慕っていたと聞いている。
ウィリュスにとって、大事な人を貶されるのはいい気分ではないだろう。
エイシャンは臆することなく首を振った。
「父と兄は大罪人です、国を恐怖に陥れようとした、そのことに偽りはありません」
ですが。
「ただその根幹には祖父ジャッパルがいたことを知っていただきたいのです」
しっかりしている娘だと思った。
家族全員が捕縛されている中でこのように背筋を伸ばして意見を言える女性がどのくらいいるだろうか。
しかもエイシャンは最近まで、ろくに教養を受けられていなかったのだ。
「…それで?」
未だ怒りを燻らせているウィリュスにエイシャンは一度目を閉じ、そして覚悟を持った青い目を向けた。
空のような輝きはとても眩しかった。
「今回の騒動、元はと言えば原因は私です。私も処刑台に上がらせてください」
「なっ」
「待てエイシャン!私はそんな話を聞いていないぞっ」
思わず口から裏返った音が出てしまったクエトラ、カンカルもまた自分の娘の言葉に目を見開いている。
そしてそれはウィリュスも。
「自ら死刑になると申すか」
「…屋敷の外に出て知りました。このエルデメルテ王国は罪人の家族に寛容なのだと。本来ならば国家反逆罪は一族郎党死刑なのでしょう」
「それはそうだが…」
一体何を言っているのか。
「そして、そこには賛否両論あると。…残された家族が迫害されることも多いそうですね?」
「エイシャン、やめろ!」
「そうよ、そんなことを言ったら…」
不敬に問われる。
だがウィリュスは顔を顰めたきりだった。
彼も分かっているのだ。
国が、国王がどのように許そうとも、国民の心までは変えられない。
死ぬまで罪人の家族は苦しむ。
エイシャンにはそれが何よりも怖かった。
「私も共に死を賜ります、罪を償います!その代わりっ。母と使用人たち、そして姉が冷遇されないようにしていただきたいのです」
エイシャンはウィリュスたち玉座に向けて頭を下げた。
「お願いします、どうか。私の家族に温情を…」
クエトラは心を揺さぶられた。
母親と姉だけでなく、使用人を家族と言うのか。
なぜそこまで。
『私が?王太子妃となる私が、なぜ使用人如きに気を使わなければならないの?』
クエトラの脳裏に婚約者アンダナの冷たい目が思い浮かぶ。
弟が倒れたと知らせが入り、暇を貰いたいと言った使用人に対する言葉だった。
婚約者との定例的な茶会に向かおうとしたとき聞こえてしまったのだ。
(アンダナは侍女が必死になって願い出ても許さなかったな)
他の侍女の話によると、弟の死に目に会えなかった彼女は自分を恨みながら自ら命を断ったらしい。
そしてそんな侍女を、アンダナは「使えない」と吐き捨てた。
冷酷なアンダナとは比較にならない。
エイシャンの思いやりの深さに人間性の素晴らしさを感じた。
公爵令嬢という身分だけでアンダナを妃にするのは間違っているとも。
「…ある話を聞いた」
国王の声にエイシャンは顔を上げた。
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