7話
全速力で走ってきたのか、英人は激しく息を切らしている。
「チカからハルとアキが大変なことになっているって、連絡がきて。着いたら、ハルとアキが飛び降りようとしているし。なあ、何があったんだよ。俺ができることなら何でもするから、死のうとすんじゃねえよ」
「英人…」
「地蔵堂さん…」
千蔭からは話し声が聞こえないが、深刻そうな雰囲気がうかがえた。
ひとまず、英人が来てくれたので、またベンチへと戻って行った。
「それで2人に何があったんだよ。チカは知ってるんだよな」
「まあ、そうだけど。…英人は何で怒っているんだ?」
英人たちの会話が聞こえなかったので、不思議に思っていた。
「単刀直入に言うと、東川先輩と西山先輩が入れ替わった」
「おい」
「待ってください」
千蔭の隠そうともしない姿勢に、治喜と空高はツッコんだ。
「だって協力求めるなら、早めに言った方がいいじゃないですか?」
「そもそも天野は英人のこと知っていたのか?」
「クラスメイトで仲良いっすよ。それに、2人とも性格正反対すぎるんで、すぐバレると思いますけど」
「まあ、確かにさっきの今ですぐに西山さんのフリをするのは難しかったと思いますが。でも、入れ替わりなんて信じるんですか?当事者の私もこれが夢であればと思っているのに」
英人の顔を見る。
「…マジで?」
彼の顔は血の気が引いたように真っ青で、ひどく怯えているようにも見えた。
「英人大丈夫かよ?」
「あ、うん。ごめん、驚いただけ…」
「とてもそうは見えませんが…」
あまりにひどい顔色だったので、心配して顔をうかがう。
「でも、やっぱり本当みたいですね」
口元を隠し、クスクス笑う。
「ハル先輩とアキ先輩の対応正反対だから」
「笑い事じゃねえんだよ…」
空高はげんなりとする。
「ハル先輩はそんな表情しませんし」
「そうなんですよ!西山さんはどれだけキャラ崩壊させる気ですか!」
「英人って、先輩たちと仲良かったんだな」
3人で和気あいあいと話しているので、千蔭は疎外感を感じて、面白くなかった。
「まあ、事務所で会ったときに話すから」
「じゃあ、もう俺は用済みだよな」
すっと立ち上がる。
「後はあんたらで話してくれよ」
「待て待て待て」
英人はブレザーの裾をつかむ。
「こんな非日常な事態俺一人じゃ、手に負えないから!」
「いや、俺は顔を一方的に知っているだけの赤の他人だし」
「もうこうやって話しているし、重要な秘密を共有しているから、他人じゃすまないから!」
「あ、もちろん、誰にも言いふらす気はないよ」
「そういうことを言っているんじゃなくて!」
英人が必死に引き止めようとするのを、千蔭はのらりくらりとかわす。
「お前らも仲良いじゃねえ」
「大方、私たちのやり取りに嫉妬して、すねていただけでは」
治喜に図星をさされ、ぴしりと固まってしまった。
「そうなのか?チカ、分かりづらいんだよ!」
「…うるせえよ」
気恥ずかしさからか声が小さくなる。
「まあ、とにかくここまで来たら一蓮托生。逃がす気はねえからな」
「嫌な一蓮托生だなあ…」
千蔭は思わず、遠い目をしてしまっていた。