44話
「じゃあ、俺たちはそろそろお暇させていただきますね」
英人たちは楽屋を出ようとした。
「えー、このままいればいいじゃん。みんなは共有スペースなんでしょう」
このフェスで楽屋をもらえるアイドルは一握り。
Eternalのようなメディア出演の多かったり、事務所が大手とかのアイドルしか入れない。
それ以外のアイドルは、共有スペースという広めの楽屋で何グループか共同で使うことになる。
「まだデビューもしてない、二週間前に結成したばかりの新人がそんな甘えられません」
そうして、楽屋を出て行った。
「案外普通だったね、あの千蔭って子」
「はい。光さんが気にするので、どんな人かと思いましたが」
「むしろあんなネクラそうなのがよくできるなって、思ったよ」
灯と照から離れた火皇がつぶやく。
「地蔵堂英人…」
「何?火皇っちは彼が気になる感じ?」
「いや、どこかで見たことがあるような…?」
「ふーん」
千蔭たちの出番は16時。
まだ始まって間もないので、時間に余裕はある。
一時間前には、観客の入らない別会場でリハーサルはできる。
会場は都会にあるので、他に練習できるスペースはない。
なので、他のアイドルのパフォーマンスを見たり、会場の屋台で食べたりと思い思いに過ごしている。
千蔭にはそんな自由に過ごす余裕はないので、共有スペースでできるフリの練習をしていた。
そんな中、お手洗いに廊下を出ていた。
廊下では、リハーサル中の音楽が聞こえてくる。
「そろそろEternalもリハーサルか。あいつ間に合ったのか?」
音楽に耳を傾けていたところ、後ろから走ってくる足音が聞こえてくる。
千蔭が後ろを振り返ると、帽子でよく顔が見えない青年が走ってきた。
だんだん千蔭に近づいてくる。
そして、千蔭を廊下の壁に叩きつけた。
「痛っ…。お前、いきなり何をして…!」
「何でお前がここにいるの?」
その声は聞き覚えがあった。
テレビで何度か聞いていた。
まだ声変わりをする前だったから、小学生のときは聞いたことなかった。
「千蔭!?」
前島光の姿がにらみつけていた。
「久しぶりだな、千蔭。3年ぶりか?」
「その名前で僕を呼ぶな。今の僕は前島光だ」
光は手を離し、離された千蔭はごほごほとせきごむ。
「お前はいきなり何するんだ」
「それはこっちの台詞。今さら何の用ですか、天野千蔭くん?」
光は煽ってくる。
「だって、約束しただろ?俺たち2人でアイドルになるって」
「そんな約束本気にしてたの?」
「本気…。というか、言ったのは俺だし…」
昔と違い、強気になっている光に対して、尻込みしていく。
「あはっ。ウケんね。僕は人気の新人アイドル。君はただの一般人。世界が違うんだよ」
「どうしたんだよ、千蔭。お前、変わったな」
「ああ、変わったよ。だから、今のお前にこの前島光の体を使いこなせる訳ないだろ。お前にこの体は渡さない」
きっと、にらみつける。
「俺はそんなんじゃ…。俺たち親友だろ?」
「いつの話しているの?うらやましいでしょう。僕が笑いかければ、観客たちみんなが騒ぐ。この体にはそれだけの価値がある。何の打算もなく、関わろうとする訳がない」
目に光を感じられない。
誰も信じられないと感じられる目だった。
「僕はこの体を手放さないためなら、何でもする。お前もお前のグループも潰してやる」
光はそのまま立ち去る。
意気消沈して、ひざまずく千蔭を置いて。
楽屋の前、光は無表情の顔をぱんぱんと叩いて、笑顔に切り替える。
「みんな、お待たせ!」
「お疲れー、光っち!」
「リハーサルもうすぐだぞ」
「そうですね。そろそろ行きましょう」




