プロローグ
夕日が見えてきた時間。
川が静かに流れる土手沿いの道は、ランニングしている女性や犬を散歩させているおじいさんなど、変わり映えのない風景だった。
春から初夏にかけたこの時期は、すっかり桜の花は散り、青葉が見えている。
そこをランドセルを背負った一人の少年が歩いていた。
友達と学校で遊んだ帰り道。
いつもと変わらないはずだった。
歌声が聞こえてくるまでは。
今日の音楽の授業で歌ったのは、教科書に載っている誰でも知っている歌。
みんなで合唱しただけという印象なだけ。
でも、この歌声は全く違った。
まだ声変わりの始まってない自分と同じくらいの少年らしき声。
それがどこまでも澄み渡っていて、心に染みこんできた。
その歌声の主を探そうと周りを見渡す。
その主はすぐに見つかる。
土手に座り込む黒髪の少年が見えた。
隣にはランドセルが置かれている。
歌が終わると、ぱちぱちぱちと拍手をする。
少年がばっと、振り返った。
前髪が長く、目にかかっていてよく見えない。
でも、この少年はよく知っていた。
「天野千蔭?」
「前島光くん」
この二人、5年生となり、初めて同じクラスになったクラスメイトだった。
しかし、小学生ながらに顔は整っている。
勉強もできて、運動神経抜群。
クラスで人気者の光。
勉強は並ながらも、運動音痴。
前髪で顔を隠していて、陰気な雰囲気。
いつもクラスでは一人。
そんな二人は住む世界が違く、こうやって話すのも初めてだった。
「天野って、歌上手かったんだな」
光は千蔭の隣に座る。
千蔭はいきなりパーソナルスペースを詰められて、緊張している。
「でも、音楽の時間、こんな上手いの聞いたことないけど」
「僕、人前が苦手で。だから、緊張して、声も小さくなって…」
「えー。勿体ないじゃん!」
光はずいっと、千蔭に顔を近づける。
千蔭は光の顔の眩しさに、ひっと悲鳴を上げる。
「天野が、こんな歌上手いの知ったら、みんなも気に入ると思うぜ」
「いや、無理だよ。僕、暗いから」
「そんなことないって。だって、俺は天野と友達になりたいなって、思ったから」
持ち前のコミュニケーション能力の高さと笑顔で、どんどん距離を詰めていく。
「俺もどうやったら、そんな上手くなるか教えてほしいよ」
「前島くんも下手じゃなかったよね?」
千蔭は不思議そうに、かつコミュ力の高さに怯えながら、首をかしげる。
「いや、ボイトレの先生に注意されるからさー」
「ボイトレ。ああ、そっか」
千蔭がうなずいた。
「お母さんが元アイドルで、芸能事務所の社長だもんね」
「天野も知ってたか。親が芸能人だからって、子供にも押しつけんなっての」
少しむっとしたので、バンと土手に寝転んだ。
「ボイトレの先生がついてくれるってことは、前島くんも将来芸能界に入るの?」
「中学くらいになったら、アイドルにさせるって話がちらほら。でも、そんなことより、友達と遊ぶ方が…」
話す途中、光はちらっと千蔭に視線を向ける。
「天野と一緒にできるなら、楽しそうだけどな」
「さらっとハードル上げてない!?だから、無理だって!!」
首が取れそうな程、激しく横に振って、否定する。
「アイドルうんぬんは、これから俺のこと知ってもらってから、決めてもらえばいっか」
「いや、前島くんが問題じゃなくて、僕がアイドルに向いていないとか、そういう次元の話で…」
「これからよろしくな!千蔭!」
眩しいくらいの満面の笑みだった。