序章2 理想論
こんにちは、天宮です。前話でも言ったとおり今回の話で皆さんの期待を一部裏切るかもしれません。前の話と同じく途中で読むのをやめてしまっても構いません。ですが、すこしでも面白ければアドバイスなどをもらえたら幸いです。それではどうぞ。
1
古い明かりがチカチカと不安定に点滅する。電池切れなのか、おかげで中は薄暗い。調べたところ、デパートの運営が赤字なので、地下駐車場の監視カメラはすべてダミーのものだけだ。俺はバイクを柱の近くに止め隠れた。
――と、前を走っていたリムジンが駐車の空きスペースに収まる。
柱に隠れていた俺は肩にかけていた、カバンからカメラを取り出した。
そして、柱から顔を出してターゲットとの距離、約四十メートルと目算で確認した。ボディガードがついていたはずだが、姿がない。遅れてくるのだろうか。
――地下駐車場なんて、足がつきやすい場所で浮気してよくもまぁTwitterに挙げられたり、週刊誌とかにすっぱ抜かれないもんだなぁと呆れ半分関心半分と考えた。いや、だがここは地下1階の駐車場。古びている上にこの階を選んだ以上は一応、警戒はしているのだろう。そんな努力しても今から俺がすっぱ抜くんだけどな、と思いながら、カメラを構えた。
構えると、同時にガチャと言う音と共にリムジンのドアが開き、ターゲットが出てきた。ターゲットの両腕にはトランクに入り切らなかった荷物がかかっていた。そして、同時に逆のドアから女性が出てきた。女はターゲットの浮気相手だった。
ボディガードのワゴン車はない。どこかにいるのだろうか。男と女性は出てくるやいなや揉めている様子だった。俺は、四時間張り付いていたかいがあったなぁと、思いながらカメラのフラッシュの強さを確認した。
突然だが俺は探偵だ。
と言っても俺の所属している組織は俗に言う探偵事務所ではない。天才すぎるがゆえに人が離れてしまった奴や元詐欺師、医療免許を持っていないが心臓手術を軽々とできるくらいの人たちを集め作り上げたチームだ。
組織ではリーダーの考えでプログラムを作るやつや運転手など普通のことに加え、詐欺師に詐欺をかけ金を巻き上げるやつ、暴力団と共謀して何かを成し遂げるなど普通では許されない事もする。
俺とリーダーで立ち上げた組織だが気がつけばそんなふうになっていた。ちなみに俺は創設当時から探偵として浮気調査などを少しずつやっている。
そんなこんなで今日もこうして出向いている。
ちなみにカメラはさっきも言ったプログラムを作るもといい改造することが得意なメンバーの中村歩によって改造されている。
『カメラの色々なプログラムをいじってあります。
まず、このカメラの基礎プログラムは古いので本当に簡単です。素人でも基礎さえ学べばすぐにでも改造ができます。
何?前置きはいいから早よ改造点を教えろ?と?分かりましたよ。このカメラの最大の特徴は撮影したものを保存せずに俺たちの事務所に、届く様にしてある事にあります。言わばデータ共有機能を応用した一世代先の保存方法です。
次にフラッシュ部分はプログラムをいじってあり、ダイヤルを回せば人がたちくらむような光すらも起こせます。ついでに簡単に強さを変えられる様にしておきましたしビデオも取れます……。』
と、言って本部で渡された。
応用も含めて撮影だけでなく、様々な用途に使える事に間違いはないのでひとまず強さを最小に設定した。そして、ターゲットとの距離40メートル。そう確認しながらカメラを二回、切った。
いまだ、車が現れないボディガードも、四時間、探偵が張り付いて気づかない様な無能なボスについて大変だなぁと同情しながら、本格的にカメラを動かし始めた。フラッシュを少しだけ強めてもう3枚。シャッターを切るたびに自分の耳に一眼レフカメラの音が聞こえる。オイオイ、これでアイツ三人目だぞ。本部もさすがだなと考えながらもう3枚。ズームしてもう2枚。
しかし、ターゲットは気づいていない。それどころか、トランクに入りきらないほどの量の買い物の総金額だろう。男と女性の揉め事はヒートアップしていた。口調の様子を見る限り、女の方が優勢か。
そう考えている内に、合計13枚。俺はこの辺でいいだろうと思い、柱に身を隠した。そして、耳に取り付けていたインカムに言った。
「『どうだ?もう、そろそろパソコンでのズームと解像度向上でなんとか証拠にならないか?』」
そう、俺が本部に言うと遠くから『歩〜どう〜?』と言う声が聞こえ、さらに声の主が続けた。
『鉄、もう少し距離詰められる?これじゃ解像度がまだ低いから証拠の決め手に欠けるって。』
女性の声がインカムを通して聴こえて来た。相手は組織のリーダーの土井明里だ。
対する俺の答えは、
「『おいおい。無茶言ってくれるなぁ。これ以上寄って、バレてみろ。相手は大企業も絡んでる大物だぞ⁉︎最悪、訴訟沙汰になりかねぇ。』」
そう返すと今度はザザッとインカムから雑音が聞こえ、すぐさま男の声が聞こえた。
『橋本。土井リーダーが寄れと言っている。黙って従え。お前が土井リーダー口答えをする権利は無い。以上だ。』
彼は明里の専属サポート役の浅島龍平だ。通称秘書と呼ばれている。俺はマイクに割り込んだ音を聞いた瞬間から、げ、と思いインカムを切ろうとしたが間に合わず、浅島は続けた。
『我々はリーダーに゛置いてもらっている゛んだぞ。』
コイツは明里の言う事を絶対とする、いわゆる忠犬なのだ。硬い考え方しかできないことに加え、忠誠なので非常に面倒くさい。さらに面倒くさいことに明かりは何を思ったのか、奴を自分の専属サポートと言う自分に一番近い立場に置いているのだ。
――ったく、創立メンバーでもねぇくせして偉そうな口叩きやがって。明里も何を考えているのだか。しかし、実際かなりの権力者に違いなく、追い出されても困るので俺は
「へー。わかりやしたよ。秘書様〜。」
と嫌味を込めて適当に言った。
『お前‼︎『探偵』と言うただの1つの役割でありながら‼︎大体お前は……。』
朝島の後半の言葉を耳から除外しながら、距離を詰める策を考えるべくターゲットの方を向くと。
「え。」
思わず、隠れていることを忘れて言葉を漏らした。車の前にターゲットの姿は無かった。次の瞬間、車のエンジンがかかった。
2
バイクをかけ直しても、間に合わないと感じ俺は走り出した。おいおい見逃したら秘書、お前が責任取れよ‼︎と、思いながら柱から踏み出し、走り出した。
すぐ、走り出さないところを見ると腕にかけていた荷物をトランクに無理やり入れようとしているが、中々入らない。そうに違いない。そう願い、俺はさらに速度を上げる。タッタっタッとと、駐車場全体に俺の足音が響く。
――と、俺が走っている事に気がついたリーダーが言った。
『鉄⁉︎どうしたの?』
俺は答えた。
『すいません、明里……リーダー。目を離しているスキに車にエンジンかかりました。今走って距離を詰めてます。』
そう言いながら俺はさらに速度を上げる。
『鉄?慌てる気持ちは分かるけど、無茶はやめて。』
その声を無視して走った。
『相手が銃を持っているかも知れない。止まって。』
その声を断ち切って俺はさらに走った。
そのままの勢いで俺は標的に一番近い柱の影に隠れた。
ターゲットとの距離十五メートル。バレる危険性が高いと肌で感じながらカメラを構えた。そして、俺はカメラが反射しない様になどと考えずにシャッターを3回切った。バレない様、即座に隠れ、これでダメならどうしようてんだ‼︎と思い反応を待った。
数秒後、インカムから約三人の、おお〜!と言う声が聞こえた。俺はホッと胸を撫で下ろしながら言った。
「『どうだ?なかなか良いだろう。』」
すると、歩こと中村歩が言った。
『ええ。十分な距離です。何とかここから解像度を上げて何とかしてみます。』
「『おう。頼んだぞ。』」
歩は、はい。と答えたが、すぐさま、あ……と気まずそうに声が途切れた。
「どした?」
俺がそう聞くと歩が言いにくそうに言った。
『鉄さん。責任は取って下さいね。』
俺はへ?と言った。その直後、マイクに割り込む声が聞こえすべてを悟った。
――次の瞬間。
『おい。橋本。』
確かに俺は1回目の撮影では奴の声を無視した。苛立っている様子を見れば、歩が気まずそうになるのも分かる。
そこまでは良いが、ただ、先に怒るのはリーダーじゃ?と思っていると浅島が続けた。
『私は愚か、明里リーダーの指示までをも無視をし、ターゲットを撮影した。リーダーは言ったよな。バレたらマズイと。』
俺は小声で言った。
「最初に黙って撮影しろって、言ったのはテメェだけどな。」
『何?』
「『いや、なんでも。』」
すぐの弁解も意味なくさらに秘書はキレた。
『だいたいなぁお前はいつも、いつも……』
と、続く説教を見かねてか、明里がマイクに割り込む音が聞こえた。
『浅島、その辺で。鉄……。無茶するなって言ったよね。』
明里の声は不安に満ち溢れた声だった。本当に心配したんだなと感じ、申し訳なさから言った。
「『本当にごめん。』」
そう言うと、明里は声を戻して言った。
『まぁ、良い。ターゲットの写真は手に入れた。後はこれをズームして、解像度上げれば小夜さんに胸を張って渡せる。』
俺はそうかと答えた。ようやく張り詰めていた緊張の糸が切れた。さらに息を整えるべく深く呼吸をした。すると、浅島の声が聞こえた。
『何をぼさっとしている?写真が取り終わったのなら早く戻れ……と、リーダーが言っている。』
俺は、本当に明里が言ったのかよ。テメェか言いたいだけじゃ?と思いながら了解と返した。
――と、約二十メートル離れたバイクの元に向かおうと振り向いた瞬間――。
「おいお前。何している。」
――目の前にボディガードがいた。
――足音がしなかった。
3
その瞬間、衝撃のあまり時間がゆっくりと流れ俺は次々と思考を回した。最初に車が無かった。つまり、こいつは無能な主人とは違い、つけられている事に気がついていたのだ。
また、今まで姿がなかったのも俺を探し回っていて、全く足音がしなかったあたりかなりのやり手だ。
探偵は戦って勝つ役職では無い。また、戦って勝てる相手では無い。
そこまでの思考に約0.5秒かけて辿り着くと、逃げるべく残りの0.5秒でカメラのフラッシュダイヤルを最大まで回した。そして、ボディガードの目の前で叩いた。一瞬の閃光。使っている本人の俺すらも目を瞑るほどの強い光だった。
「……っ‼︎」
叩くと狙い通りボディガードはフラッシュの強さで一瞬怯んだ。なにせ、違法のプログラム操作や改造行為のたまものだ。カメラをすぐバッグに突っ込み、俺はそいつに、体当たりを喰らわせた。
「ぐっ!」
男は物理法則に従いよろけた。俺はその隙に男の脇からすり抜け、バイクまで一心不乱に走り始めた。バイクまで残り二十五メートル。
――と右から新たなボディガードが俺を捕まえようと飛び込んできた。
――なぜと、一瞬考えた。
そして、すぐ、車一台あったのだから三〜四人いて当たり前だと言う結論に至った。
――と。ボディガードが俺に覆いかぶさってきた。俺は慌てて後ろに飛び退いた。
だが、後ろには俺がよろけさせた男がいた。俺は止まらざるを得ず、止まりまたも思考を回し始めた。運よく、俺とボディガードがいる位置は照明の真下だったが、左右は暗闇でだれかが来てもライトの真下に来るまで分からないだろうと思った。
――なぜ、ターゲットが来ない?いや、おそらくこいつらはターゲットに伝える事なく穏便にことを済ませる気黙々と思考を回していると、ボディガード二人がアイコンタクトをかわした。何かの合図だろうかと警戒しているとボディガードは腰に手をやり、この状況で俺にとっては一番不利なものを取り出した。俺は勘弁してくれと思いつつも目の前の状況を改めた。
――銃。ボディガード二人が同時に構えた。見た所、警察も使っているような本物だった。モデルガンだろうと言う仮説は希望的観測だろうか。
「通信機器を捨てろ。」
俺の目の前にいたボディガードがそう言った。すると、その言葉に合わせて一人二人と左右の暗闇からボディガードが立ちふさがった。後ろを見るとそっちも人数が増えており相手は合計6人になっていた。もちろん、全員銃を構えている状態だ。俺は逆らえずにインカムを外した。
最後の悪あがきにとぼそりと言った。
『「すみません、リーダー。バレました。」』
そう言い残して、俺はインカムを耳から外し地面へ落とした。インカムに関しては本部との接続を切れば通信履歴もすべて消える。
「踏みつけろ。」
ボディガードに言われ、俺はあえなく踏みつけた。これで本部に遠隔で状況を伝えると言う事ができなくなった。
さて、どうしたものかねぇと思考を回し始めた。
――和解を申し出る?そんなことできるわけがない。ボディガードからすれば、俺はターゲットの立場を、脅かす敵以外の何でもない。では、戦うか?馬鹿言え、相手は六人だ。それに立ち眩みから立ち直った時間や体当たりに対応したあたり、この仕事に慣れているのだろう。しかも標的へ近づく時は足音すら立てないプロ。俺はこいつらに足元にも及ばない。立ち向かえばたちまち拘束されるだろう。
そう考え、俺は戦うことをあきらめた。
――それならどうする?戦って勝てないやつを拘束できると?答えは無理だ。拘束は無理なら、逃げることはどうだ。いや、逃げられるわけがない。奴らはボディガードだ。拘束術だって覚えているだろう。逃げる素振りなど見せれば、すぐに捕まる。
逃げることも出来ない。俺はその答えに、二十秒かけ、辿り着いた。ボディガードは、俺に警戒しているか、捕まえようとしてくるそぶりは無かった。実際、俺を挟んでいるのでその安心も含めて動く気はないのだろう。
そうして、体感で一分、二分が経過したその時、ボディガードが六人全員アイコンタクトをかわした。何が起こるんだと警戒したが理由はすぐに分かった。
俺を挟んでいたボディガードが前後左右共に、距離を詰め始めた。その流れに合わせて俺を囲み始めたのだ。このまま囲まれ、距離を詰められれば、俺は捕まってしまうだろ。捕まれば尋問、取り調べ、それで済めばまだいい。一番の最悪は、俺の不可抗力の発言で本部の場所がバレる事か、組織の存在が社会全体に暴かれてしまう事だろう。確かに組織の存在は都市伝説程度にささやかれてはいるが、明里の目的とは大きくそれたものだ。それだけは回避しなければならない。
では、どうすれば逃げられると俺は考え、さらに思考を加速した。すると、思考を回し過ぎたからか、時間が加速し始めた。
先ほどみたいに体当たりをすればどうかと一瞬考えたが、後ろのやつが捕まえてくると読み諦めた。ならば、時間稼ぎをし、策を考えようと考えたが、後ろにも見張りがいる以上、どうやって稼ぐという結論になり、それもやめた。戦うことなど論外だ。
ついに何も策が浮かばなくなり、ついにはあきらめることも考えたその時――。
ふと、手に持っているカメラに目を落とし、後ろを見た。そう、後ろとも動揺させるほどの事態をあちらに起こせばいいのだ。そうすれば、バイクに乗って逃げられる。そのくらいの足の速さはある。そして、ボディガードが恐れているのは、俺自身ではなく写真の存在。
そう考えた瞬間から時間の流れが戻った。それを自覚すると俺はバッグからカメラを取り出した。ボディガードが警戒してなにか武器を取り出す前に俺はメモリを取り出しボディガードへ見せた。
「……!」
ボディガードが足を止めた。そう、連中にとって写真こそが一番の恐怖。俺にとっては切り札になりうるものを取り出したのだ。相手からしたら訳が分からないだろう。俺を無視して水をかけえる、銃で打ち抜くなりしてメモリを破壊すれば、あっという間にデータは吹き飛ぶのだ。そう考えるのが普通だろうが、連中が足を止めたのはなにかルールがあるのだろう。相手のたくらみを明らかにするほうが先などの。
だが、俺にとってはそれが一番いい。
次の瞬間、俺はメモリーガードを宙に投げ捨てた。
「……――は?」
ボディガードはさらに動揺し虚をつかれた声を出した。
俺はその瞬間、全力で地面を蹴った。
――全てブラフだ。写真は全て《本部》に送られる。メモリーカードには一枚も残っていない。
ではなぜこんなことをしたのかと言うと――。
「この一瞬が欲しかったんだよ‼︎」
俺はそう叫びながらボディガードに渾身の体当たりを食らわせた。そう、いくら後ろに誰かいたとしても驚きから意識を戻さなければ標的をすぐに拘束するのは困難だ。
「ぐ!」
ボディガードは渾身という事もあり、よろけるどころか思いっきり背中側へバランスを崩し転んだ。俺はその様子を尻目に一心不乱に、十五メートルを飛び越える速さで走った。
今頃、後ろのボディガードはようやく走り出したくらいだろう。そう俺は見当をつけてさらに走った。俺は数秒でバイクに辿り着き、飛び乗り、キーを捻ってアクセルを握り離した。エンジンは空回りをした。
俺はすぐ、アクセルをもう一度かけた。しかし、今度もダメだった。
3回目もダメ、4回目も――。
エンジンが空回りするたびにもしかしたら今、ボディガードが飛びかかって来るかもしれないと焦りを募らせていく。そう焦りながら6回目をかけると――。
ブルルンと共にエンジンがかかった。
「よし‼︎」
すぐさま、俺はバイク発進させた。
ここの駐車場は、三階ある。上に登ればほかの車の影に身を隠せるかもしれない。後ろからボディガードの怒声が聞こえたが、無視して速度を上げた。ふと忘れていたカメラをカバンにしまった。そうこうしている間に上へ上がるスロープまで残り数メートルと言うところまできた。
――と、バイクに並走して黒いワゴン車が来た。見ると、運転席と助手席にボディガードが1人ずつ座っていてでターゲットはいない。バイクの速度を素早く上げると俺は思考を回した。なぜ、ここまでに追いかけてくるのだろうか。
いや、たしかに相手は経産省の大物だ。世間の評判が気になるのはわかる。だが、少し過剰な気がする。なにせ銃までも使ったのだ。それを使ってまで俺をとらえ写真を確保したい?俺へ記憶消去の手術などを施して見られたことそのものをなかった事にしたいのだろうか?それならば。
「ただの浮気ではない?」
俺は思わず言葉にしていた。そんなことを考えているとリムジンの窓が開き、ボディガードがにゅっと手を突き出した。手には銃を持っている。
「っ!」
俺はすぐさま頭を下げた。数秒後、俺の頭の位置で銃声が聞こえた。俺はそれを耳にしながらワゴン車との距離を離した。距離を離すと同時にバイクのあった位置に銃弾が飛んでくる。
――やはり、おかしい。あの銃は本物だ。だが、なぜここまでして俺を捉えようと。
そんな事を考えていると上の階へのスロープまで残り五メートルのところまで来た。確かここが地下1階なので次は地上のはず。地下駐車場ならば車の陰なので姿を隠しやすいが地上ではそうは行かない。
仮にこの地下駐車場で玉切れまで粘ったとしてもどうにかしてボディガードをまかなければ、本部には戻れない。そう考えている間も球は飛んでくる。さて一体どうしたものか。ふと、後ろを見るとターゲットのリムジンも来ている。考えるまでもなく、標的も乗っているだろう。
――さて、どうしたものか。たとえ、このまま逃げ切れてもターゲットは絶対に誤魔化すだろう。こういった写真は不意打ちで出さなければ意味が無い。もしかしたら、今もターゲットは車内でごまかすための手立てを立てているのかもしれない。
つまり、俺の勝利の条件は
①俺が逃げ切る。
②ターゲットの誤魔化す事のできない決定的な状況を作る。
③今回の撮影報告がターゲットへ飛んでいた場合の対処。
この3つだろう。さて、どうしたものか。このまま五メートルを走り抜け、上の階まで行っても俺を追ってくるだろう。そうなれば、たとえそのままスロープを駆け上がり出口から外へ出ても逃げ切れるか怪しい。もしかしたらボディガードが銃を打ちまくって関係ない人までもを傷つけてしまうかもしれない。
やはりなんとかしてこの階で何かしらの決着をつけなければ。俺はそう決断し、アクセルを改めて回した直後。
突如、カメラの起動する音がカバンから聞こえた。
「はぁ⁉」
俺が思わず困惑の声を出し、カメラを取り出すと本当に起動していた。
――なぜ、いやまて。確か今回のカメラの改造内容は.....。混乱しながらも必死に歩に言われたことを思い出していると、突然、バチンと言う音と共に駐車場が真っ暗になった。
3
『すみません、リーダーバレました。』
そんな鉄さんの声が聞こえ、スピーカーからガシャンと雑音が聞こえた。僕はなにがあったのかと質問する前に男の声が本部全体に響いた。
「だからいっただろう、橋本!リーダーの言うとおりにしておけば……おい、聞いているか、橋本!」
鉄さんの持つインカムのモニターには音の変化がなかった。
「あーこれ、鉄、もうインカムを外してるね。」
そう、リーダーが椅子によりかかりながら冷静に分析した。おそらく、鉄さんはターゲットかボディガードにでも撮影がバレ、インカムを外せと指示されたのだろう。最悪、拘束されているかも知れない。そんなことを考えていると、さらにリーダーが続けた。
「でも、別にこっちからアシストくらいはできる。」
リーダーは椅子を回転させ後ろを向いた。
「浅島、デパートの地図を。」
「はい、ただいま。」
そう言われると、浅島は近くの棚を漁り始めた。本当に鉄さんの言うとおり、リーダーの忠犬状態だ。
次にリーダーは僕のそばに来ると、支持を飛ばした。
「中村、デパートの全照明、ハッキングってできる?」
そう、試されるように言われた。
「ハッカー、舐めないで下さい。」
俺は短く言うと、キーボードに手を置き、すぐさま、プログラムを組み始めた。
「あとはタイミングか~。」
「あんな奴、ほっとけばいいじゃないですか。あ、でも゛ここ゛のことばらされたら困りますね。」
そう浅島がぽつりと言った。仮にここが暴力団だったら確かにこんなヘマを犯せば即座に切り捨てられ、その人と関わった証拠はすべて隠滅されるだろう。キーボードをたたきながらそんなことを考えているとリーダーが苦笑して言った。
「そうだねぇ。それもあるけど、そうやって言われると耳が痛いなぁ。」
でも、とリーダーが付け加えてニコリと笑って言った。
「でもね、ここは会社じゃないし、裏社会にどっぷり絡んでいるわけじゃない。アタシが好きでやっている組織だから。だれも切り捨てない、切らない一人にはさせない。危険はみんなですべてを乗り越えるのがアタシの理想なんだ。」
甘いかなとリーダーが付け加えて言うと。
「いえ。素敵な理想です。」
そう、すぐに浅島が返した。確かにどこかの他人だったら理想論だと鼻で笑うかもしれない。だが、この人が言うと、なんとなくだが言葉の奥に強い意志を感じる。
ちなみに浅島は鉄さんが同じことを言っていたら絶対にバカしていた。きっとあの人はリーダーの言う事ならたとえスパイだってやるかもしれない。
――ふと思った。そう、別にハッキング1つですべて乗り越える必要は無いのだ。危機は分散するという理論で行けばいい。別に連携をとれなくてもいつでも役に立つことをすればいい。その行動1つで事態を好転させればいい。タイミングが必要なら、その場にあるほかのものを生かせばいい。そんなことを考えているとハッキングプログラムが完成した。
「――地図です、こちら。」
後ろでリーダーと浅島の声が聞こえた。見ると、机に地図が広げられている。地図を見るために僕は完成した、ハッキングプログラムの行き先を例のデパートに設定した。これでエンターキー1つ押せばデパートシステムの一部分のハッキングが開始される。僕は席から立ち上がり、会議に参加した。
机の上には鉄さんがいるであろう位置にすごろくで使うような駒が置いてあり、周りには、リーダーと浅島に加えて車などの運転手を務める、栗山(鉄さん曰く、リーダーの親友らしい。)がいた。話の内容は、僕が参加したときには鉄さんへ支援をするタイミングになっていた。
「――別に、タイミングなど気にせず電源を落とせば、助けになるのでは?」
そう、浅島が漏らすと、リーダーが呆れたように言った。
「浅島、本気なら、ここからたたき出すよ。」
すぐに浅島がすみませんでしたと謝り、引っ込んだ。タイミングを見計らってやらなければ、鉄さんの妨害になってしまう。そうして、あーでもない、こーでもないと数分間、話しているとリーダーが突破策としてか言った。
「どうにか、一度、鉄の状況を知る必要がある。監視カメラがあれば……。」
「ですが、ここの監視カメラは……。」
そう。今、ターゲットにしているデパートの監視カメラは本来、違法だが赤字経営で売り場以外に監視カメラが無いのだ。なので、ハッキングで情報を得ることは不可能。栗山が苦い顔で言った。
「ないってわけね。チッ、明里、どうする?」
これ以上、話し合いに時間をかければ鉄さんが捕まってしまうかもしれない。監視カメラではなく、他の方法で状況1つ知れればいい。
――監視カメラは情報を映し出すもの。つまり、他にリアルタイムで情報を知る方法1つあればいい。なにか方法は……。
ふと、パソコンが目に入った。確か、今回のカメラの改造内容は、データ共有と……。
「「ビデオだ!」をカメラで撮れば行けるかな?」
リーダーと声が重なった。リーダーの顔を見ると、にやりと笑っていた。
僕はリーダーのにやりと笑ったことを承諾と考え、即座にデータ共有から、カメラの電源をつけた。
『はぁ⁉』
カメラの電源をつけた瞬間、鉄さんの慌てふためく声が本部全体に響き渡った。鉄さんからしたら、驚いたことだろう。突然、カメラが起動したのだから。すると、パソコンに鉄さんの状況が映り込む。駐車場の壁が流れていく。鉄さんは今、バイクだろうか。
「落として!」
誰からの声か僕は考える事もなく、パソコンのエンターキーを叩いた。
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「なるほどな。」
思わず、俺は言葉を漏らした。照明が落ちた時は焦ったが、つまり、これは本部からの支援だろう。俺は好機と悟ると、アクセル全開で前に突っ切った。残り数メートルだったスロープまでの距離を一瞬で詰め、さらにその速度のまま駆け上がった。そのままスロープを上がると、踊り場が見えてくる。
俺は速度を落とさず、バイクのハンドルを右側に車体が倒れるギリギリまで傾けた。そして右足を軸にしてバイクをターンさせた。しくじって体がバイクから落ちないように必死にハンドルと右足を調節する。
どうにかターンを決めると次のスロープが見えてきた。
さっきが地下一階。ここは古いデパートだが、従来の建物どおり一階がインフォメーション。と言う事は――。
「やっぱりか。」
やはり、このスロープを上れば出口だった。後ろを見ると、ボディガードの車はようやくスロープにたどり着いたくらいだった。
俺は法定速度を無視した速度で、わずか五秒で二十メートルくらいのスロープを駆け上がった。駐車場のバーが見えてきたが、支払いはクレジットなのですぐさま入り口が開いた。俺はのこり5メートルで速度を調節し法定速度ギリギリまで下げた。速度計を見てどうにか下がったと確認すると出口から駐車場を出た。
日の光を感じた。時間にして四十分ほどくらいだが太陽を何年振りくらいに感じた。俺は脱出できたと考える前に一秒でも早くデパートとの距離を離すためにそのまま道路を駆け抜けた。
十分近く走り続け、必死にターゲットとの距離を離すと、
「もういいだろう。」
俺はまたも言葉を漏らした。実際、デパートから出てビルだらけだった風景は目まぐるしく変わり気がつくと住宅街にいた。後ろを見てもターゲットが追ってくる様子がない。
近くの公衆電話ボックスに入り匿名の電話番号をかけた。番号は逆探知などを防ぐために災害メッセージの仕組みを応用したものになっている。俺は一体、発案はどこのどいつのアイデアなんだかと考えながらメッセージを残した。
「こちら、橋本鉄。任務完了。」
最後まで読んでいただきありがとうございます。できればアドバイスなどをもらえたら幸いです。次回の話はまだできていません。しばらくお待ち下さい。