謎の場所を越えて
「でっ、だっ、イダダダ!? ぐえー!?」
ゴロゴロゴロゴロ、ズドン!
長い長い階段を転げ落ちて、最後の段差を超え、べしょっとテフラはちゃんとした地面に辿り着く。
「いてて、サキは……」
「……」
テフラは抱えた胸の中で、クッタリと意識を失っているサキを確認。続いて周囲を確認して……口笛を吹いた。
「ひゅー! サキ起きろ! ……起きないな」
テフラは抱き抱えたまま、ペチペチとサキの柔らかほっぺたを叩いて意識の覚醒を促す。
しかし起きない。
ううむ、テフラは仕方ないと腰のカバンからアレを取り出す。
緑色の丸薬だ。
もう一人の双子のイッサが口に入れるのを躊躇する程、ニッガイ薬。
それを意識を失っているサキの小さな口に押し込み、吐き出さないように口を押さえ込んだ!
「ハァー! 気付け!!」
「むぎゅう!?!?」
口の中の苦すぎる丸薬と、鼻に突き抜ける臭いがサキの意識を一瞬で覚醒させる。えずきや全身をバタバタと動かして、テフラの体からサキは逃げ出そうとするが、ガッチリホールドされているので逃げ出せない。
意識を覚醒させてパニックを起こしているサキに、テフラは大声で告げた。
「丸薬だ、呑め! ダンジョンに食われるぞ!!」
「──────っ!!! ゔゔ……」
ごくん、サキの喉が嚥下する動きを見せたのを確認して、ようやくテフラはサキの口を押さえていた手を離す。
落とし穴から階段に続いてほとんどの落下などの衝撃をテフラが代わりに受けていたが、完全に守り切れているわけではない。意識を失うまで行っているのであれば、当然ダンジョンに食われる可能性がある。だからテフラは、サキをダンジョンの地面につけることなく抱きしめて今の行動をおこなっていたのだ。
犯罪臭はするが、決して良からぬことを企んでではない。
「げぇ……、ゲロまずなのですー」
「へへ、お目覚めだな!」
「テフラ兄ちゃん最低なのです……!!」
「最低で結構。お互い生き残ったな」
涎が止まらないのか、口元からぼたぼたと涎をこぼして俯いて恨めしげなサキが、サキの様子を見て悪びれなく笑うテフラに苦言を呈す。
そして、黒影の化物を思い出したのか、慌てて周囲を確認した。
そして。
先ほどテフラが口笛を吹いた物を見つけ、固まった。
「おめでとう。初ダンジョンクリアだな」
パチパチとテフラが拍手をして、ある方向を見て固まったサキの金髪を撫でてやる。
視線の先。
広々とした空間があった。
円形の空間で、一定間隔に並び立つ円柱に支えられた神聖な空間。
その中心に、美しい赤と黄金で彩られた大きめの宝箱があった。
「て、テフラにいちゃん! あれ、あれ!」
「へへへ、イエーイ!」
「わーい! やったのですー!」
テフラとサキは顔を見合わせて万歳する。
ここはダンジョンを踏破した時に現れる『報酬部屋』。
罠もなく、モンスターもいない。
ここにたどり着いたものに栄誉と報酬を与える場所。
「よかったなサキ」
「うん!」
「……へへ、まぁいいか。しっかしボス部屋なくて助かったな」
「もっとすごいのに追いかけられたのです! こりごりなのです!」
テフラとしてはサキが『帰還の洋燈』について、凹んでいたことを思い出して声をかけたのだが、当人は既に忘れてしまっているようだ。
基本的に報酬部屋の前にはボス部屋と呼ばれる、ダンジョンの中の敵の親玉のようなモンスターがいたりするのだが、今回は例外的にここに辿り着けたようだ。
まぁもう武器も盾もないからあったらマジでやばかったなと、テフラは人知れず冷や汗を流す。
もうこれ以上おかしなことが起きたらたまらないと、サキの背中を押す。
「うし、さっさと開けて帰るか」
「もう帰るんです?」
「ラカブのおっさんとイッサと分断されてるの忘れちゃってるなー?」
「……そうだったのです」
テフラとサキは宝箱の場所まで歩く。
そして、テフラはサキに宝箱を開けるように指示。例の如く、初めての開封のジンクスに乗っかるつもりである。
「ほら、開けてくれ。できれば俺には武器になりそうなのを頼むぜ!」
「え!? 選べるんです?」
「いいや、神様次第だぜ」
「て、適当なのです……」
へへへ、鼻を擦ってテフラは冗談めかして笑う。
それを見て、むむむ、ほっぺたを膨らませたサキは、宝箱の蓋に手をかけ。
えいや! と思いっきり開いた。
「わぁ……」
宝箱の口から光が広がり、一人一人の前に何かがゆっくりと現れる。
『報酬部屋』のアイテムは神々から各個人に下賜されたとされ、揉め事に発展することはほとんどない。ダンジョン攻略でどれだけ貢献したかどうかや、神々を楽しませたかどうかで与えられるアイテムの価値が変わると言われている。
サキの目の前に現れたアイテムは。
「わぁ! 『帰還の洋燈』が三つもなのです!!」
一般的に言ってしまえば、『報酬部屋』で手に入るアイテムとしてはハズレの方だ。だが、後半ほとんど気絶をしていたり、テフラに庇われていたことを考えると破格の報酬であろう。やはり、『帰還の洋燈』はダンジョン攻略で必須のアイテムなのだ。
そして、テフラは。
「??? なんだこれ、紙切れ……?」
日焼けした古い羊皮紙。
まじ……? とテフラは肩を落とした。
愛用していた武器まで失ってこれか……。というかこれはなんだ? と、落ち込みながら首を傾げる。
くるりと丸まった羊皮紙を、破けないように丁寧に開く。
すると。
「テフラ兄ちゃん、見せてなのです!」
「……ほれ、俺にはこれがなんなのかわからん」
「むむむー?」
羊皮紙には、円形の模様が描かれていて、中央に二つ白い光点が点滅している。
サキが気になるように覗き込もうとしてくるので、テフラはしゃがんで見せてやる。だが、サキもテフラと同じように、この羊皮紙がなにか分からずに首を傾げる。
まぁ悩んでいても仕方ないと、テフラは鞄に羊皮紙をしまった。
サキに『帰還の洋燈』を持たせ、忘れ物はないかと周囲を確認する。
そして、ダンジョンから脱出する。
脱出方法は簡単。
円形の部屋の奥に、宝箱を開けるまではなかった上に登る階段が現れているのだ。
「ま、帰るか!」
「うん!」
テフラとサキは並んでダンジョンの出口に向かう。
そうして二人はダンジョンを攻略して生還を果たすのだった。
◇
長い階段をしばらく登る。
すると、外の光が見えてくる。
すでに夜になっているのか、炎で照らされた橙色の光だ。
テフラとサキは顔を見合わせて、急いで駆け上る。
そして二人して飛び出すと、
「サキ! ああ、よかった、神様……!」
「さきぃぃ……! よがっだでずぅ……!!」
サキが妙齢の女性に抱きしめられる。サキの母親だ。
その後に、涙で顔面をボロボロのぐしゃぐしゃにしたイッサがヨタヨタと近寄ってきた。
地上では、テフラとサキはすでにダンジョンに食われてしまったのかもしれないと思われていたのだ。
サキも地上に出れて安心したのか、泣いているイッサからもらい泣きして抱きつき返している。
そしてテフラは。
「バッカやろう! なんですぐに『帰還の洋燈』を使わなかった!!」
「いっでぇ!?!?! いや、ちょっと話を聞いてくれよおっさん!」
「この……ドジテフラ! まったく、心配かけてんじゃねぇよ……!」
「ど、ドジしてないってー! ちゃんと帰ってきただろ!」
「……ああ、本当によく帰ってきた。で、一体何があったんだ?」
少し目を潤ませるラカブに拳骨を食らっていた。
痛そうに拳骨を落とされた部分を摩りながら、テフラは落とし穴に落ちてからダンジョン内で何が起きたかを説明していく。
あの唐突に変わった謎のダンジョンや黄金の罠、そして、黒影の化け物について体験したことを語る。
ラカブは深刻そうな表情で話を聞いていく。
──ちなみに『落とし穴』の罠に落ちなかったラカブとイッサはあの後、ダッシュアップルンのドロップアイテムを回収するとすぐに目の前にあった階段を降りたそうだ。
そして、ボス階層に到達。
鬼気迫った様子のラカブが、ダンジョンのボス『ハローレミングス』を瞬殺。装備している強いアイテムと潜ったダンジョンの経験は伊達ではないのだ。
その後報酬部屋にたどり着き、急ぎダンジョンを攻略脱出した。
ラカブの方では、特にテフラとサキが落とし穴の先で体験した普段と違うようなことは起こらなかったそうだ。
ちなみに『ハローレミングス』は群体型のボスである。二足歩行しながら穴あきチーズをむしゃむしゃしている巨大なファットラットを中心にした、取り巻きのスラットが襲いかかってくるボスモンスターだ。時折、中心のファットラットが食べているチーズを投げてくる『えーいっ!』が強力だ!
「…………そうか。マクキタラ村長に話を通しておく必要があるな。明日、日が登った頃に話をしに行こう」
「サキも『帰還の洋燈』を追加で入手していたし、一緒に連れて行ったほうがいいか?」
「ああ、そうだな。今日のメンバーで行くことにしよう」
「分かったよ。……正直もうクタクタだし帰っていい? 親父とお袋にも顔見せて安心させたい」
少し疲れを見せるテフラは肩をすくめて、自宅の方を見る。
この場からギリギリ見える場所にあるテフラの家の窓に光がまだ灯っていた。起きて待ってくれているのがそれでわかる。
ラカブは頷く。話が終わるのを待っていた様子のサキとイッサの母親が、テフラに頭を下げる。
テフラは気丈に笑って、手をバイバイと振った。泣き腫らした目のイッサとサキもテフラに手を振りかえす。
「ああ、気をつけて帰れよ。イッサとサキにはおじさんから説明をしておくよ」
「「テフラ兄ちゃん、ありがとう!」」
「おう! 二人ともちゃんと歯磨いて寝ろよー!」
「「うん!」」
テフラは頷きその場を後にする。
その立ち去ろうとする背中に、思い出したようにラカブが声をかける。
「テフラ」
「まーだ何かあるのか? ラカブのおっさんー」
頭の後ろで手を組んで、面倒臭そうに疲れた表情のテフラがラカブに振り返る。
タレ目を細めた笑顔で、ラカブは一言。
「良くやった」
「────へへ!」
照れたように、テフラは鼻を擦って笑って、今度こそその場を後にするのであった。