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テフラdeダンジョン  作者: 唯のかえる
『幸せを忘れた青い鳥』
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沢のほとりダンジョン1


 テフラがダンジョンを見つけてから数時間経ち、昼頃になった。

 その間にテフラが道中で話したおっさん、ラカブが回した回覧板が村中の家を回ったようだ。

 ダンジョン発見の知らせを聞いて、村の中では尾根に祈願をする人たちや、ダンジョンの中身について皮算用する人たちがいた。


 そんな村中が姦しくなった頃。

 発見されたダンジョンの前に、村人たちが十人以上集まっていた。


 集まった人間の先。

 その地面には、不自然に地面の下に入り込める石造りの階段が出来上がっている。

 深い階段の先は、一定の距離まで見通せるがそこから先は何も見えない闇。


 口髭を蓄えて、体型がでっぷりとした男が、地面に現れた階段の前に立つ。

 彼はニコニコと笑顔を見せながら、ダンジョン、そして周囲の様子を伺う。


「ホッホッホ、これはこれは。……ふぅむ、私の経験から言って、階数が少なそうですねぇ」


 じっくりと周囲を観察した男こと、ニシキ村の村長であるマクキタラは、自分の記憶と照らし合わせるように顎に手を当てる。

 そして大きく頷きながら、集まっていた村の者達を振り返る。

 その中にいたテフラを名指しで呼んだ。


「森番の倅テフラ、よくやりました。これで村の子らにダンジョンの教導が出来そうです。このダンジョンであれば、危険も少ないはずです」


 ダンジョンのことを学ぶこと、それはこの村では常識であった。

 体が出来上がる前は、村の仕事の合間に座学で学ぶ。

 体が成長してきた頃、ダンジョン攻略をしたことがある人間が指導員として付いて、ようやく実地で学ばせるのである。

 当然、ゲームのようにチュートリアルがあるわけではない。なので、こういう風に見つかったダンジョンの発生場所などで難易度をある程度見極めて、選別していくのである。


「ヘヘッ、どんなもんですよ! どわっ、みんな頭を撫でるな!?」

「よく見つけたもんだ! ドジなのに目がきくぜ!」

「ドジじゃねぇ、ちょっと失敗することが多いだけだ……!」

「それはドジなんじゃ……」


 どん、とテフラは自分の胸を叩いて踏ん反り返った。

 その直後に、周りにいた村の大人衆がテフラの灰色の髪をあちらこちらから手を伸ばしてぐしゃぐしゃにする。

 その様子を見ながらホッホッホと笑って、村長が音を立てるように手を叩いた。傾聴するように村人達が静かになる。


「ホッホッホ、油断してはいけませんよ? あくまで予測であって、絶対に危険がないというわけではないのですから」

「「「はい!」」」

「よろしい! それでは、ダンジョンに入る人間を選びたいと思います」


 ダンジョンに入れる人数には制限がある。

 規定の人数に達すると、即座に入口が消えてしまうのだ。

 規定以下の人数の場合は最後に入った人間の三分後に消える、そして入った人間がダンジョンの外に出ようとしても強制的に消えてしまう。


「では口伝者ラカブ。可能ですか?」

「あいよ」


 呼ばれた男のラカブが、腰にククリナイフ、腕にゴツい籠手、投げナイフの束を服に着けて前に出る。草臥れた雰囲気はそのままだが、どうしてか遣り手のオーラを感じさせる佇まいだ。

 その様子を見て村長は、満足げに頷きながら続いて人を呼ぶ。


「次は森番リーブ。問題はありますか?」


 背中に弓を下げた筋肉モリモリマッチョマンの偉丈夫が人の中から手を挙げる。

 周りよりも頭ひとつ分身長の高い彼が、手を挙げるとそれだけで圧がすごい。

 邪魔にならないように、前にいた村人達が道を開けた。

 どこかテフラと似た顔つき。それもそのはずだ、彼はテフラの父親なのだから。


 村長に呼ばれたリーブは手を上げたまま、ゆっくりと口を開いた。


「マクキタラ、悪いが断らせてもらう」


 言葉少なだが、はっきりとした拒否。

 ピクリ。笑顔こそ変わらなかったが村長マクキタラの眉が一瞬跳ねる。

 そして思い出すように顎に手を当てた。

 どこか空気がピリついているようにテフラは感じた。


「ふぅむ。何故……? と、そういえば報告を受けていましたね」


 マクキタラが周囲を見回す。先ほどとは違って、高く連なる尾根の方角の森を中心に視線を送っていた。

 そこはこのニシキの村が信仰する『尾根の神』のお膝元とされる樹海である。


「……そうでしたね。今は森が騒がしいのでした。ホッホッホ、原因はまだ解明できていない様子ですな」

「ああ。このダンジョンも森の調査をしている時に、テフラが出現を確認したものだ」

「うーむ、悩ましい。貴方がダンジョンに入ってくれるとこちらとしては安心だったのですが……。確かに尾根連なる森に異変がある時、村から森番を離すのはよろしくない」

「ああ、だから提案がある。こいつを連れていけ」


 リーブは上げていた手を、自身の横にいた自分の息子。テフラの灰髪の上に置いた。

 テフラはえっ、俺が親父の代わりを!? と驚愕して引き攣った顔になる。


「テフラには一通りの業を仕込んである。森番の倅である以上、ダンジョンの教導は使命。少々抜けた部分があるが、叩き上げれば直るだろう。……どうだ?」

「ホッホッホ。負担が増えるかもしれませんが、ラカブは良いですか?」

「あいよー。テフラももう大人だし、ダンジョンを見つけたのもテフラなんだろ? いい機会なんじゃない?」

「ラカブ、悪いな」

「ハハ、平気平気。リーブは森の方を頼むぞ」

「ああ」


 トントン拍子で話が決まっていく。

 それに慌てるのは当事者のテフラだ。一応ダンジョンには数回入ったことがあるし、最終階層まで攻略をしたこともある。

 だが、それは教導者にダンジョンの中を導いてもらってのことである。

 自信家なテフラではあるが、ドジをして下手をうったら自分以外の命がかかると思えば及び腰になってしまう。特に村の子供を教導するのだ。これから先を担う人材を死なせてしまう可能性だってある。

 ぶるり、一瞬テフラの体が震える。


「え、ええ!? 俺が親父の代わりを? が、頑張るけど……」

「ホッホッホ、自信がありませんか。では──」


 自信がない者に任せるつもりはないと、マクキタラは他の人間に視線を動かす。


 その時。

 ゴンッ! リーブがテフラにゲンコツを落とした。


「イッテェ!? 親父!?」

「テフラ、お前がやれ。……お前は世代で一番なんだろう?」

「お、おう!」

「それでいい、しっかり自信を持っていろ」

「……おう!」

「マクキタラ、話の通りだ。コイツが俺の代わりをやる」


 ゲンコツを落とされた部分を痛そうに涙目で抑えながら、厳ついリーブを振り返るテフラ。

 そんなテフラに、テフラの父親であるリーブは静かな声音で言葉を続ける。


 その親子の会話を黙って聞いていたマクキタラが露骨に眉を顰め、顎に手を当ててブツブツと言葉を発しながら思案をする。


「……ふぅむ。経験則でこういう立地に出現するダンジョンは四人から五人。後一人教導者を足せば、ほぼほぼ子供らに危険は生じないでしょうが、その場合は良い経験になりませんね」


 マクキタラは仕方がなさそうに大きなため息をついて、テフラを見た。


「テフラ、私のダンジョンに対する見立ても絶対ではありません。決して油断をしてはいけませんよ」

「お、おう……じゃねぇ、はい!」

「ホッホッホ、……よろしい」


 周りにいた大人達が、テフラの背中を頑張れよと叩いてダンジョンの方へと向かわせる。

 大体の人物の表情は、自分にもこんな時があったなぁと懐かしさを感じている表情だ。


 背中を押されたテフラは大きく息を吸って、吐いてを繰り返す。

 昔ダンジョンで拾ってから自身の武器にしている手斧と、木製だが頑丈な小盾をしっかりと目視確認して、安心させるように笑っているラカブの横に並ぶのだった。

 横に並んだ時、ラカブが垂れ目を細めて揶揄ってくる。


「緊張してるか?」

「してるけど、推薦してくれた親父に発破かけられたから平気だ!」

「ハハ、ま好きに動け。おじさんが命に関わらない範囲でカバーしてやるから」

「お、おう……。ありがとうラカブのおっさん」

「ドジんなよぉ?」

「ドジなんてしねぇってば!」


 パシン、とラカブに肩を叩かれてテフラは普段の心持ちを取り戻す。


 そして、ダンジョンの入り口に二人で並んで立った。

 マクキタラが頷いて、一つのランタンをラカブに渡した。

 ランタンの中には、緑色の炎が揺れている。大きく動かしたにも関わらず、一定の間隔で揺れ続ける。

 これは『帰還の洋燈』と呼ばれる特殊な力の働くアイテムである。ダンジョンの中では比較的見つかりやすい使い切りアイテム。

 効果は単純。ダンジョン内に入った人間を外へと脱出させるアイテムだ。

 使用した所有者と、その周囲にいる人間を脱出させる物。

 ダンジョンに入る際の安全マージンを確保するとても重要な物。


「ダンジョンの難易度が想定より高い時、子供らに危険が迫った時、しっかりと使いなさい」

「あいよ。……そうだな、これはテフラ、お前が腰に下げてろ。使い方はわかるな?」

「おう、中の火を吹き消すだけだよな?」

「そうだ、持ってる人間の吐息でしか消えないからな。…… ちゃんと全員が集まった時に使えよ? じゃないと、ダンジョンの中に取り残されて、そのまま一人で攻略するか、新たに『帰還の洋燈』を手に入れるまで彷徨わないといけないからな」


  さらに言えば、敵に襲われている状態だと取り出してすぐに使用することができないので、出来るだけ安全な状況で使われるのが好ましいアイテムだ。テフラはしっかりと使い方を思い出した。

 ラカブからしっかりと使用方法を再確認されて、テフラは『帰還の洋燈』を受け取る。

 そして、腰のベルトにしっかりと落ちないように固定して、準備ができたと頷いた。


「それじゃあ、先に行って安全確保するぞ」

「わかった! へへへ、なんだか楽しみになってきたな」

「ハハッ! 調子出てきたじゃねぇか。その調子で頼むぞテフラ坊」

「坊って歳じゃねぇ! おっさんも調子出していけよ!」

「おっさんは年齢と相談して、調子出すより余裕があるもんなんだよ」

「むむむ?」


 テフラの言い返しにラカブは皮肉に笑って返して、大きな背中を見せてダンジョンの入口。地の底に続く階段へと踏み込んでいった。


「……よし、頑張るぞ!」


 テフラは先に行くラカブの背中を見て、ぐっとガッツポーズをして気合を入れて駆け出した。

 そして、勢いよくダンジョンの中へと突入していく。


 この村では先に教導者が優先的にダンジョンに入る。

 入っていきなりの不意打ちを防ぐためだ。

 続いてダンジョンには座学の覚えがいい子供が順番に入っていく。


 そしてダンジョンの入り口が消えれば、定員いっぱいということになる。


 今回のダンジョンは、ラカブ、テフラ。

 そして、ニシキ村の元気な子供が二人。金髪の似合う双子のイッサとサキという名前の少年少女だ。

 合計四人の人間が入って行った。


 まるで蜃気楼のように地面に確かにあったダンジョンの入り口が消えていく。

 それを見届け、村長を主体としてその場にいた全員が、村を見守る尾根の方へと体を向けた。


 手を組み、深く頭を下げる。

 祈り。

 どうか、村が豊かに人が健やかに過ごせますように。


 ニシキ村に伝わる、尾根に座すと伝承される神様へと祈るのであった。



 ◇



 少し時間が経ち、村人が散っていく。

 各自の仕事に戻るために、少しだけ軽そうな足取りで。

 村の方々へと散っていく。


 その中で、二人だけ。

 村長マクキタラと森番リーブが尾根を見ながら、その場に残っていた。


「……リーブ、テメェどういうつもりだ?」


 先ほどまでと打って変わった低い声。

 語調も変わり、ひどくドスの効いた声音。

 村長マクキタラの言葉だ。

 テフラの父親、森番リーブは冷静に言葉を返した。


「親として、できる限りのことをしてやりたいだけだ」

「村のためにはならなかった。子供を教導出来るようなダンジョンも常に見つかるわけではないのだぞ。他の者の経験にした方が遥かにマシだ……!」

「それでも。──前村長だったお前の親父は、お前の兄に経験だけはくれてやったはずだ」

「……」


 二人だけに伝わる会話。

 しばらくの沈黙の後、マクキタラは静かな長いため息。苦い感情の乗ったその吐息は空へと消えていく。

 続いて言葉を吐く。


「森の騒がしさも、()()()()()()()()()()()。我々は普段の暮らしに戻る。尾根の神との契約だ」

「分かっている」

「……ふぅむ。ならば良いのですよ」


 マクキタラは態度を取り繕い、村へと戻っていった。足取りは少し荒っぽくなっていたが、リーブ以外は気が付かない変化だろう。


 リーブはその場に一人になる。


 その間、リーブは尾根を見つめていた。

 ひどく怒りのこもった、睨みつけるような視線で。



 ────忌々しいほど美しい白銀の尾根を睨み続けた。


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