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テフラdeダンジョン  作者: 唯のかえる
『幸せを忘れた青い鳥』
17/66

『尾根錦祭』


 森に入るとテフラの前にマクキタラが移動し、先導して案内を開始する。

 随分と古くなった森の道を示す飾り紐を辿って歩く。

 飾り紐の先こそが、森の奥。

 尾根につながる道とされるダンジョンのある場所。

『生贄ダンジョン』の入り口。


 粛々と道を歩く最中、テフラを振り返ることなくマクキタラが口を開く。


「リーブは話してしまいましたか」

「……なんのことですか?」


 マクキタラは惚けたようなテフラの言葉に、フンと鼻息を吐いた。

 あの別れを見ていれば、誰だって予想を立てることは可能だ。


 再び少し無言で道を歩き、ポツリと思い出すようにマクキタラが言葉を綴る。

 テフラからは背中しか見えなかったが、どこか普段よりも背中が小さく見えた。 


「ホッホッホ、私が幼い頃の話です」

「?」

「私の父も夜遅くに私の兄をどこかに連れ出そうとしたことがありました」


 気がついたのは、家の周りが騒がしくなってからだったとマクキタラは語る。


「家の周りでたくさんの篝火が焚かれ、恐ろしい顔をした村の人たちが家を囲んでいましたよ」


 テフラはそこでようやく気がついた。

 もしかして。


「前回の儀式の人って……?」

「ええ、私の兄です」


 懐かしそうに大切なものを手入れするように、穏やかにマクキタラは話す。テフラが生まれてから、既にマクキタラは村長だった。

 マクキタラの家族を見たこともなかった。聞いていいことなのかな、とテフラはもごもごと口籠る。


「えっと、じゃあ……ええと」

「ホッホ、気を使う必要はありませんよ。……君に気を遣われるなど、あってはならないのです」

「……じゃあ聞きますよ?」 


 前を歩くマクキタラが首肯。

 見届けてから、今まで気にしたこともなかったことを言葉にする。


「逃げ出したらどうなったんですか? 村長の親父さんは……どこに?」

「それはですね」


 兄を連れて逃げ出したマクキタラの父は、すぐに捕まった。

 その後兄は隔離されて、大事に育てられる。隔離といっても、逃げ出さないように護衛という名の見張りがつくようになったと言うべきか。捕まった父は連綿と続くニシキ村の前回の犠牲を甘受してきたことを指摘され、決まったことを覆すことを反論する力を失っていく。


「なので、昨日貴方の家に夜遅く灯がついたときは気が気じゃありませんでしたよ」

「……見てたんですね」

「ええ、リーブは用意周到な男。あなたの家から続く森につながる穴も見つけていましたからね」

「親父そこまでやってたのか!?」


 ホホホ、とマクキタラは腹を揺らして笑う。


 なにが起きているのかわからなくて、幼い頃のマクキタラは夜なのに騒がしい外へ飛び出していったそうだ。

 そこには飛び出してきた幼いマクキタラを指差して、説得するように語る村人たち。

 どうして私の息子が、と力なくその場に崩れ落ちる父の姿。


 何よりも、寂しそうにマクキタラを見る兄の姿が印象に残っていると語った。

 そして日中、なにも知らない護衛が。

 それは当時森番の倅であったリーブという兄の幼なじみ。

 リーブに対して、マクキタラがどうしても態度が悪くなってしまうのはそのせいだ。


「兄が『生贄ダンジョン』にもぐらされた後、父は森を越え尾根をダンジョンを使わずに登りに行きました。ダンジョンに入れる年齢ではありませんでしたからね……」

「ええ!? の、登れたの!?」

「さぁ? 確かめるすべはありません」


 テフラの驚愕に首を横に振ったマクキタラ。

 少なくとも二十年、村に帰ってこなかった人の所在を確かめる術はない。

 生死を確かめる術も、ない。


 尾根は高い雲を突き抜け、空の先、宙につながる場所と呼ばれることもあるほどだ。それほどに凄まじい高い標高を誇っている。

 地面も急な斜面が多すぎ、ダンジョン装備で体を固めても登ることが不可能。

 旅人が登ると言って森に入り、二度と帰ってこないと言われているような場所。

 村では尾根の神が住むという畏敬の念もあるが、近寄るだけで命はないという畏怖も根底にあるのだ。


「血筋と言うことや、勉強をしっかりと受けていたということでなんとか村長を引き継ぐことができましたよ。いやはや、今では良い思い出です」

「……良い思い出ですか?」

「記憶の中の兄と父の姿は全て良い思い出ですよ」


 朗らかに、でもどこか無理そうに語るマクキタラの背中に、テフラは口を開けなくなった。

 もしも。

 もしも、自分が帰ってこれなかったら。

 あの大きな背中の父も、こうして背を丸くして森を歩くのだろうか? 

 そう思うと、なにも言えなくなってしまったのだ。



 ◇



 静謐な森を一刻半ほど休みなく歩き、テフラも見たことがない場所にたどり着く。

 そこは静かな泉であった。

 森と山を区切る境界線のように、視界いっぱいに泉が広がっている。


 そして、特に特徴的なのは泉に神殿が立っている。

 いや、立っていた。


 苔むして崩れた神殿が水の中に沈んでいて、ところどころ泉の水面から建物を構成していた美しい意匠の柱があちこち迫り出している。

 泉の半ばまで石造りの道があり、そしてプッツリ途切れている。

 その道に入る手前で、二人は歩みを止める。


「……着いてしまいましたか」

「崩れているけど……」

「ええ。ですが、あそこを進むとダンジョンが現れます。子供しか入れないダンジョンがね」


 どこか寂しそうに、マクキタラがポツリとつぶやいた。

 ようやく体ごと振り返る。

 大きく呼吸を繰り返し、落ち着いてから言葉を続けた。


「森番の倅テフラ」

「はい」

「我々はあなたを犠牲に、豊かに暮らします」


 はっきりとした別れの言葉。

 泉の神聖な雰囲気や神妙な様子のマクキタラに押され、テフラも普段の勝ち気な様子を抑えてゆっくりと頷く。


「恨んでもいい。怒りを振るってもいい。どうして自分がと嘆いてもいい。それでも、君に犠牲になってもらう」

「……」

「何か、ないのか? ここで話したことを君の父母に絶対に口外しないと尾根の神に誓おう」


 マクキタラがそう言って、大きく手を開いた。

 テフラは一度拳を握って、自分の顔の前に持ってきて。

 昨日暴露されてから思っていたことを、父母に言えなかったことを。


「そりゃあ、びっくりしたよ。そんな風習とか、俺が犠牲だなんてさ。でも──」


 でも。そう続ける。

 笑って、作った拳で自分の胸をトントンと二回叩く。


「────恨み言なんて何にもないね!」


 そして、マクキタラの脇を避けて泉の方へと歩いていく。

 なんてことないように、散歩に行くような気軽さで、頭の後ろで手を組んでテフラは歩いていく。

 憎まれ事を言われるかと心構えて待っていたマクキタラが、思わずその青年の肩を捕まえそうになる。踏みとどまる、犠牲にすると決めた者が引き止めるなどあってはならないと必死で戒める。


 そんなマクキタラを気にせず、テフラは後ろ手に格好をつけながら、ヒラヒラと手を挙げる。


()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……ぉ」


 かつて、まだまだテフラが幼い頃。

 村長などという村の枠組みを知らない子供が呼んでいた呼び名。

 兄のこともあり、父のこともあり。

 妻子を持たなかった、犠牲になる子供を自分で作りたくなくて持てなかったマクキタラ。


 自分で特別を持つことがなかったからこそ、平等に村の子供を愛した村長が伸ばしそうになる手を必死で抑えた。


「そうだ! 村長のお父さんとお兄ちゃんもさ、もしかしたら尾根の上で尾根の神様と暮らしてるかもしれないじゃん? そんときは俺が息災を伝えに降りてくるよ!」


 道の先、途切れてしまった石畳の先頭まで歩んでゆく。

 ──オォンと森が鳴く。


 水飛沫をあげて、沈んでいた神殿が魔法のような光放ち続く道を描き出す。

 泉の中に続いていく巨大な階段の口を開く。


『生贄ダンジョン』が、姿を表す。


 いつものようにテフラは興奮した時にやる口笛を吹いて、マクキタラに手を振った。


「見ててくれよな村長! 俺が尾根に錦を飾ってこのダンジョンを攻略した姿をよ!」


 そして、ワクワクを抑えきれないように駆け込むように光の道を駆け出していく。

 テフラの無鉄砲な姿に、マクキタラは思わず叫んだ。


「テフラ!! 気をつけて行きなさい!!」


 絶対に言わないつもりだった、身を案ずる言葉を。

 それにニッと笑って応え、テフラはダンジョンに飛び込んでいくのだった。



 ◇



 出来上がった光の道が消えていく。

 それをマクキタラは見届けた。


「……これは、辛いなぁ父さん」


 ポツリとこぼして森から見える、巨大な尾根を見上げた。

 視界が滲むのは、歩き疲れて汗が入ってしまったのだ。


 ザリッ、とそんなマクキタラの後ろの木立から音がする。

 草臥れた表情をした男が木に背を預けて立っていた。

 森の中で、怖気付いた生贄が逃げ出した時に捕まえる使命。

 一番恨まれる損な役回りにラカブが立候補していたのだった。


「やれやれ……、本当にいい子なんだから。おじさんもう、前みえねぇよ」

「それはそうだろう。アレは、テフラは」


 マクキタラがポツリと泉に向かって言葉をこぼす。


「──ニシキ村一番、素晴らしい青年だったんだからな」

「俺が、語り継ぐさ」

「そうしてくれ」


 その会話を最後に。

 しばらく大人の男二人はその場で鳥の囀りを聞いて過ごし。

 時間が経って表面上落ち着いてから、二人は元来た道を戻り始める。



 背後の泉の水面は、いつまでもゆらゆらと揺れているのであった。



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