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テフラdeダンジョン  作者: 唯のかえる
『幸せを忘れた青い鳥』
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プロローグ


 とんとんとん、とんとんとん。

 遠い太鼓の音。


 目覚め。

 ただ目をひらいた。

 喉の渇きもなく、僅かばかりの空腹感もない。

 ただ一つ、胸に寂寥感だけがあった。


 誰かを探すように視線を周囲に向ける。

 けれど、そこは見渡す限りの雲海だった。

 立ち上がる。


 踏み締める足元は、唯一漂う空の陸。

 白銀の尾根。

 その一番高い峰の場所。


 かつて私が眠りについた場所。

 そして再び眠りにつく場所。


 ────黒い砦。

 風化が進み、ボロボロと崩れそうな柱や壁。

 扉は朽ちて無くなり、風は筒抜けに吹き荒ぶ。

 煌びやかのかけらすらない、質実剛健。

 そこに在ること、それだけを求められた砦だった。


 時間の止まった場所だ。

 忘却されて誰も訪れぬ場所。

 そう思うと胸が寂寥で強く軋む。


 砦の中心には錆一つない鋼色をした台座があった。

 何かを捧げる場。祭壇。

 そういう意味を求めてコレは作られた。


 ただ一度も供物を捧げる役割を果たした事のない不出来な物。

 刻まれた紋様を指先で撫でる。

 ふっ、と嘲りを込めて鼻で笑ってやった。

 自分自身を嘲笑してやった。


 ここには祭壇しかなかった。

 だがしかし、神殿というには牢屋のようで。

 祭殿というには、とうに畏敬が朽ちていた。


 ────ここには何もなかった。


 忘れ去られた王国の歴史が漂流した終着点。

 それがこの砦。


 とんとんとん、とんとんとん。

 風に乗って音が運ばれてくる。

 太鼓の音。祭囃子。


 音が聞こえた私は、この音が目を覚ますきっかけになったことを思い耽る。その場でしばらく聴き入って、思い切って音のする方へと歩みを進める。


 峰の淵、一歩踏み出せば身を投げられる場所から下界を覗く。


 雲海で何も見えない。

 ……溜め息ひとつ。

 手を何かを払うように左右に振った。


 瞬間、雲海が割れる。

 左右に、不自然に。

 それを一顧だにすることなく、改めて下界を覗き込んだ。


 眼下。

 尾根の砦から遥か遠く、雲を抜け、山を降り、森の果ての集落。

 太鼓の音はそこから響く。


 ああ、まだ在ってくれたか。

 安堵。胸の内から寂しさが消え、少しだけ暖かさに満ちる。

 ああ、まだ在ってしまったか。

 数秒して、やるせない気持ちが広がってため息。


 今年。

 二十年振りに誰もいない砦に生贄が捧げられる。

 捧げる意味なんて、誰も覚えていない。

 生贄も慰めであることを忘れてしまっただろう。


 尾根の神が望んでいると、信じて送られる。

 覚悟を決めた生贄が笑顔でやってきて。

 《《ここに辿り着けずに死んでいく》》。


 白い吐息が空の青に溶ける。


 未だ誰も到達しない尾根の神(わたし)の神殿で、溢れて零れて消えていった。



 ◇



 尾根見守る集落。

 ここはニシキ村と呼ばれる場所である。


 尾根から続く森が開墾され、尾根から流れる整理された川の横には幾つもの畑が作られている。

 尾根の恵みによって形成された村である。


 早朝。日が登り始めたばかりの頃。

 一人の青年が村の中の道を走っていた。

 灰色の髪、薄手で魔除け紋が入ったカーディガンを着た青年の名前はテフラ。今年で16になるニシキ村の男である。

 集落にいる同世代の中で一番の実力者を目指していて、色々と鍛錬を積んでいる青年。

 近所では挨拶をしっかりとする好青年として認められている。

 ……と言っても欠点がない訳ではないので、その辺りが玉に瑕と言ったところか。


 朝早いのに急いでいる様子を見せるテフラに気がついた集落の人間が、各家の窓から笑みをこぼしながら手を振る。その中の一人、くたびれた雰囲気を醸し出すタレ目のおじさんがテフラに声をかけた。


「おーい、おはようテフラー。またドジでもやったんかー」

「ラカブのおっさん、おはようー!! いつもドジしてるみたいに言うな! ど、わったあ!?」

「って言った側から転ぶんじゃないよ! 怪我ないか!?」


 額に青筋を浮かべてテフラは言い返した。瞬間足元でつまづいて転んだ。

 どっしゃー!! と地面を顔からスライディング。

 ピクピクと、天に何かを求める指先が虚しく揺れて、バタンと沈む。

 それを見届けたタレ目のおじさんはアチャーと額に手を当てて空を仰いだ。


 有体に言ってこのテフラという青年は中々のドジであった。

 通称、村一番の慌てん坊とは彼のことだ。


 しばらく地に伏せていたテフラだったが、はっ! と飛び起きる。

 同世代一番を目指して鍛錬を積んでいるだけあって、頑丈な体になっているのだ。


「ラカブのおっちゃん、東の沢! 大岩の影に『ダンジョン』があったー!」

「お? よく見つけたなぁ、さすがは森番の倅だ!」

「へへへ、とりあえず俺は村長に伝えてくるから、村の衆にも回覧板回しといてくれー!」

「あいよー! 気をつけて行けよ!」


 転ぶなよー! とラカブと呼ばれた男は手を振ってから窓の中に引っ込んでいった。それを見届けたテフラは転んだ時ついた土をパンパンと払ってから、へこたれない様子で目的の村長の家まで走って向かうのだった。


『ダンジョン』

 それはかつて地上に降臨していた神々が残した遺産。

 突如として森の中、泉の畔、洞窟の中などに現れる、一つとして同じ形のない不思議のダンジョン。

 出現する頻度は場所によって様々で、簡単なダンジョンであれば高頻度で現れることもある。

 一度人間が入ると入口は消え、そのダンジョンの最終地点に到達するか、特殊な道具『帰還の洋燈』を使用しないと脱出することはできない迷宮である。

 迷宮の中にはモンスターと呼ばれる怪物が存在し、入ってきたものを襲ってくる。モンスターの姿は様々だ。獣や蟲、木や岩、そして人型。他にも様々に存在する。そのダンジョンに似合うモンスターを置いた、神々の娯楽の一部。


 ダンジョンには当然報酬が存在する。

 強敵を打ち倒したとき、罠を恐れず探索を進めた時、文字通り宝箱が現れる。

 武器や防具、薬に食品、金銀財宝装飾品に、はてまた特殊な力を持った道具まで。


 人の世を潤す『神々の娯楽劇場』、それが『ダンジョン』である。

 神が作ったアトラクションで、入り込んだ人間が冒険する様を鑑賞する上位種による籠の中。

 人間たちはソレを知っていた。


 それでも。


 それでも有用なアイテムが手に入る『ダンジョン』を人間は求める。

 テフラの暮らすこの村でも、ダンジョンから手に入る資源は重要な資産として活用されている。


 飢饉になった時、ダンジョンで至上の食事にありつける可能性があるから。

 災禍に見舞われた後、復興の兆しとなるものを手に入れられる可能性があるから。


 たとえ、時折仕掛けられる悪辣な罠に掛かったとしても。

 たどり着いた最果てに、絶対に勝てないであろう敵が配置されていたとしても。


 ──人間は『ダンジョン』を求めた。


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