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こうして早速翌日の晩から毎週三日、アナログさん改め「ハクアくん」は図書館業務を終えた後の数時間、我が家で勉強のお手伝いをしてくれることになった。
初めて(!?)異性を連れてきたというのもあって、初めは疑いの目を向けた両親だったけれど。ハクアくんの人と成り、更にワタシが真面目に指導を受けている姿を覗き見て、スッカリ信用を得たのもあっと言う間のことだった。
思った通りハクアくん、いえ、名黒先生の課外授業は、とっても面白くてとっても為になった。ハクアくんの来る日は本当に待ち遠しくて、あの出逢いのキッカケとなったパスポートで海外に行ってしまった一週間は、それこそ気が狂いそうだった。
これってどういう感覚なのかしら? ふと立ち止まって想うことがある。
ワタシはハクアくんの唇から奏でられる「言葉」という「メロディ」に酔いしれている?
快感を得ているのはどの器官なのだろう? 耳? 脳? それとも……心?
何はともあれ、お陰でワタシの成績はグングン上がった!
半年も経った頃、この「言葉集め」を将来の目標と定めて、私は国立大学の国文科を目指すことになった。
そして更に半年後。ついにワタシは第一希望に見事合格!!
全てはハクアくんのお陰だ。けれどそれは最大の喜びであり、最大の悲しみだった──ハクアくんとの日々の終わり──ワタシはこれからアパートを借りて上京し、四年間東京の大学へ通う。
「あぁ~もう……ハクアくんが大学の先生だったら、これからもずっと会えるのにぃ~」
ワタシは東京への出立当日、お礼とお別れを言いに、初めてハクアくんのご自宅を訪れていた。
亡くなったご両親が残してくれたというだだっぴろいご実家は、もちろんそれなりに年月が感じられるけれど、隅々まで手入れが行き届いている。
回廊みたいな四角い建物の真ん中に広い中庭があって、それはまるで切り取られた林のようだった。
ハクアくんはワタシにサンダルを貸してくれて、その木立の中で嬉しそうに木洩れ日を見上げた。
「そんな風に言ってもらえるなんて、「先生」としては光栄です。でもミノリさんの未来はまだ始まったばかり。僕はそのお手伝いをしたに過ぎませんから……どうか……大学での新しい生活を充実させてくださいね」
「うん。折角言葉を知る楽しさを教えてもらったのだもの! ワタシ、頑張る!!」
そう奮起するワタシの声を聴いたハクアくんは、おもむろにこちらに姿勢を向けて、ワタシの目の前まで近寄った。
いつもは学習机に並べられた椅子に腰掛け、左側から見下ろしてくれていた柔らかな面。久方振りに正面の視界が占領されて、銀ブチメガネ越しの涼やかな視線に一瞬ドキッとしてしまった。
「貴女の中身はまだ僕の知識……ですからどうか、四年の歳月で新たな才知を得てください。卒業したらまた是非此処で……その日を楽しみにお待ちしています」
「え? あ、ううん、ワタシ時々帰省するから、その時また──」
──会いに来るよ──
そう言いかけたワタシの額に、ハクアくんは優しくそっとキスをした──。