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それからしばらく物想いに耽るように遠くへ目をやるアナログさんを、ワタシは不思議そうに眺めていた。
変わった名前、雰囲気のある表情、(ワタシが無知なだけかも知れないけれど & 九歳も年上だからだろうけど)豊富な知識の数々……全てに惹き込まれそうな魅力がある。と、ワタシは彼を分析して思う。
黙ったまま凝視するそんなワタシを「待たせてしまっている」と勘違いしたのか、アナログさんは一言「ゴメンね」と謝って、フッと思い出したように微笑んだ。
「アナグラム、ですね」
「? アナ……グラム??」
アナログに似ているけれど……知らない言葉だ。
「アナグラム。言葉遊びの一種です。単語などから文字を拾い出して並べ替え、別の言葉に変える……貴女は僕の名「ナグロ ハクア」の中から、ナとグとロとアを拾い上げて「アナログ」に並べ替えた。僕は貴女の名「テシガワラ ホタル」の中から、テとシ、更にガに付いている濁点と、タとルを拾い上げて「デジタル」に繋ぎ直した」
「わぁ……確かに!」
『アナグラム』──また一つ語彙の増えた喜びが、ワタシのハートをワクワクさせた!
と共に気付いたのは……あ、そうか! 「アナログ」の「ア」!!
「名黒が「アナログ」になっちゃったのって、白亜の末尾の「ア」だったってことよね!? つまり~『アナログ』さんが書類に書いていたのって「白亜 名黒」のフリガナだったのでしょ!?」
「察しが宜しいですね。その通りです」
『ハクア ナグロ』──苗字と名前の順番が逆のフリガナだったのだ!
更に左利きの手の影で、ハクアの「ハク」がちょうど見えなかったのに違いない!
「僕が書いていた書類は、パスポートの申請書ですからね」
「なるほど~!」
確かにウチの市役所は、パスポート・センターも兼ねている。
──え? あ……でも、それって──
「『アナログ』さん、何処か海外行っちゃうの!?」
想像した未来に不安を感じて、あたしは焦って問いかけた。未来への不安──不安?
そう、ワタシが思いついた未来は──
「あ、いえ……とりあえず、小旅行、ですよ?」
アナログさんはアナログさんで、ワタシが動揺したことに動揺したみたいだった。答えなのに疑問形になったことが、ワタシが慌てた理由を問うていた。
「そっか~良かった! あのね、今イイコト思いついたの! 『アナログ』さん、ワタシの先生になってくれない? じゃなくて……えーとっ、名黒先生! ワタシの先生になってください!!」
ワタシはそう言って両掌を合わせ、懇願するポーズで頭を下げた。アナログさんに向けた脳天に、再びの疑問形が微かに響く。
「せん……せい?」
「そう! だって~こんなに言葉を知ることが楽しいなんて、初めて感じたんだもん!!」
合掌したまま顔を上げて、驚きでまんまるになったアナログさんの瞳を見上げる。固まったまま動かない彼に向けて、再び念を込めた。
「どうかワタシの願いが届きますよう!」──やがて徐々に落ち着きを取り戻したアナログさんの口角はニコッと上がって、爽やかな笑顔となった。
「僕などで宜しければ……喜んで」
「ホントっ!? ヤッタっ!!」
気持ち良いほどの快諾に、つい大きな歓声を上げてしまった。
あ、勘違いしないでね? ワタシがこんなに喜んだのは、別にアナログさんに惚れたとかって訳じゃない。これから一年間の受験勉強に、メチャ強力な味方を手に入れたと思ったからなのだ!
これほど面白くて為になる課外授業なら──きっとワタシの身になってくれる筈!!