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 自分としても満面だなぁと分かる笑みを向けたからか、アナログさんも鏡に映したような笑みを返してくれた。けれどやがてワタシの書いた文字に視線を戻し、更に破顔してみせた。


「どうかした?」

「これ……何だか運命を感じるシンクロニシティですね……いや、厳密に言えば『一致』ではありませんが」

「シンクロ、ニ……何??」


 ワタシは彼の言葉と表情の妙に、キョトンとして首を(かし)げた。見れば先程自分が書いたカタカナを、綺麗な指先が辿(たど)っている。『テシガワラ ホタル』── 一体何が彼をそんなに笑顔にしたのだろう?


「シンクロニシティ──『偶然の一致』という意味です。貴女が初めて僕の名を見つけた時、貴女は『アナログ』と読み間違えた。そして僕も貴女の名の中に……(つい)になる言葉を見つけました」

「対って、アナログの?」


 アナログさんはもう一方の手を添え、両手でワタシの名の両端を指差した。「どれどれ?」と覗き込む。刹那に「あっ!」と大声を上げ、ハッと彼の顔を見上げた。


「濁点を付けなければなりませんが……テシガワラの『テシ』とホタルの『タル』で──」

「──『デジタル』!! 凄いぃ~大発見!!」


 この時のワタシは周りからどんなに注目を浴びようとも、気にすることなど有り得なかった。まるで宝物を見つけた子供のように、込み上げる興奮を隠せなかった。

 キラキラと輝く瞳を見つけて、アナログさんはもう一つの或ることに気付く。


「……『名は体を表す』とは本当かも知れませんね。貴女は『デジタル』で、僕は『アナログ』──そうでしょう?」

「え? そうかなぁ??」


 ここでやっと缶コーヒーに手を伸ばしたアナログさんは、一口を含み、背もたれに落ち着いた。


「僕は……多少のデジタルな作業はありますが、基本「書籍」という『アナログ』に向き合う仕事ですし、貴女はこれから『デジタル』な時代を生きる、未来ある女性なのですから」

「でも……デジタルとは限らないんじゃない? ワタシだってせいぜいスマホが使えるくらいだし……もしかしたら意外に伝統工芸の職人なんかになってるかもよ!?」


 ワタシも背筋を伸ばし、両腕を頭の後ろに回して、背もたれに全体重をのしかけた。


 アナログさんの頭上、天井の一点を見詰める。来月から本格的に始まる受験生としての一年後、自分はどの分野を目指して一歩を踏み出しているのだろう? それがまだ定まらない宙ぶらりんな今の自分を、アナログさんに悟られてはいないだろうか? ワタシは言葉の終わり、動揺を隠すように視線を外してしまったことを少しばかり後悔した。


「ミノリさんは『デジタル』と『アナログ』の意味、厳密にご存知です?」


 が、アナログさんは気付いたのか気付かなかったのか、それには触れずに話題を戻した。再び好奇心を宿した眼差しを、アナログさんの(もと)に注ぐ。


「うーん? ……ううん」


 『デジタル』と『アナログ』──日常気にせず使っているけど、何がどう違うのか、ワタシは知らない。


「簡単に言えば、デジタルは『数』を計り、アナログは『量』を示しています。例えば右へ斜めに上がってゆくラインがあったとしますね。それを階段状にして、一段一段突出した角の「或る一点」を計っているのがデジタル、反面アナログは斜めラインはそのまま、「任意の位置」を量ります。つまりデジタルは必ず『整数』で、アナログは『実数』。たとえ整数で示せない場所であっても、デジタルはそこから一番近い整数で一括(ひとくく)りにして表すので、いわゆる「とびとびの値」になるという訳です」


 アナログさんは手帳のページをめくり、階段を横から見たような(デコ)(ボコ)の連続と、その隣に斜めに登っていく一本の線を描いた。

 階段の下から二段目の出っ張りに点を打ち、斜めラインにも同じくらいの高さの位置に一つ点を打つ。


「えーと……てことは、この斜めの線に置いた点が、もし「2.183547……」みたいな数値だったとしても、デジタル化したら「2」ってこと?」

「そういうことです」


 アナログさんはワタシの意外に速い理解に、満足げな笑みを浮かべた。対してワタシはアナログさんの持つ知識への「感心」と、今までに感じたことのない自分の中に芽生えた言葉への「関心」に驚いていた。

 

「世の中のはかりきれない地点を無理やり数値化するのがデジタルです。悪く言えば「大ざっぱ」ですが、良く言えば曖昧(あいまい)で伝えられなかった物を「具現化」出来る、とても便利な法則の一つですね」

「なるほどぉ……」


 手の届く範囲にあるありきたりな言葉たちが、アナログさんの唇を通すことによって、まるで新鮮な風となり吹き抜けた気持ちがした。


「あ、でもホントに『名は体を表す』のかもね? ワタシは『デジタル』の通り「大ざっぱ」。『アナログ』さんもその名の通り、きっと物事を細かく見られてるんだもん」

「……そうでしょうか?」


 「そうだよー」と目を細め笑うワタシに、けれどこの時のアナログさんはどこか(もの)()げな笑顔で、先程のようにワタシの鏡とはならなかった──。




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