[4]
ややあってワタシは仕方なく名を告げた。
俯きがちにボソボソと呟くように、飲みきった紙パックを手持ち無沙汰なように折り畳みながら。
「テシガワラ……ホタル、です。ちなみに十七歳、高校二年」
「ホタルさん、ですか。素敵なお名前ですね。やはり漢字は、水辺で輝くあの『蛍』でしょうか?」
「ううん……」
とそこでワタシは両掌に顎を乗せ、渋い顔つきで目を伏せた。
「こんな会話で始まった自己紹介だもんね、漢字も訊かれちゃうよね~」と小さな声でぼやいてみせる。それから「貸して」と言うようにペンを指差し、アナログさんの名の下にその名を書き連ねた。
『勅使河原 穂垂』──「画数多くてイヤになっちゃう」そう言って深い溜息をついた。
「それに「垂れる」って字が嫌い。こんなの名前に使う文字じゃなくない? 垂れて良いイメージなんてある??」
指先でペンを回しながら、上目遣いにアナログさんを目に入れる。
「僕はそうは思いませんけどね。穂が垂れて『穂垂』だなんて、きっとご両親は素晴らしいイマジネーションの持ち主であられるかと」
「そうかなぁ?」
「稲に沢山の籾が付いて重みで垂れる様は、まさしく豊穣の象徴でしょう? ご両親は貴女に「幸せ」という『みのり』が満ちることを祈られた……そういうことです」
「確かにそうなんだけど……」
不機嫌そうに口をへの字に曲げたワタシは、アナログさんの言葉の断片を書き出した。
『稲穂』、『豊じょう』、ここでアナログさんがペンを取り、『豊穣』、『稔り』と書き加える。
「みのりって「実がなる」の『実』じゃないの?」
「それも確かに実りではありますけどね。そちらは果実が熟した時に使う漢字ですよ。稲穂が収穫の時期を迎える時は、こちらの『稔り』」
「ふーん……あ、でも、こっちの方が文字も音も古風でイイかも! ねっ、『アナログ』さん、これからワタシのこと、『ミノリ』って呼んで!」
「ミノリさん、ですか?」
「うんっ、ちょっと気に入ったー」
『テシガワラ ホタル 改め ミノリ』──そう書き終えて、元気良くペンをテーブルに置く。口角を上げて顔を正面に戻し、ニッコリとアナログさんに笑ってみせる。
けれど、まぁ……この出逢いがまさかあんな不思議な未来のはじまりになるなんて……さすがにこの時のワタシは、全く知る由もなかった──。