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「アナグラム……(おぼ)えていますね?」


 再び唇を放したハクアくんは、ワタシの恍惚(こうこつ)とする瞳へ問いかけた。

 もちろん忘れるなんてない──出逢った日に教えてもらった言葉だ。


「貴女は僕の中から『アナログ』という言葉を見つけましたが、本質は……違うのですよ」

「本、質……?」


 そこでおもむろにワタシの背を起こし、ハクアくんはワタシをギュッと抱き締めた。お互いの頬が触れ、ワタシの視界は(とう)の背もたれになる。


「選び出した文字は合っています。でも『アナログ』じゃない……アナログのように一つの意味ではありませんが……」

「『穴』……と『黒』……?」

「ええ。その通りです」


 そこまでヒントを出されれば、答えは簡単だった。でも……本質が「穴」と「黒」ってどういうことだろう?

 穴、黒……黒い穴……黒い、ブラック……


「ブラック……ホール?」

「辿り着きましたね」


 触れた頬が(うごめ)き離れ、再び見えたハクアくんの(おもて)は、正解が出たことを(よろこ)んでいた。


「僕の中身はブラックホール──人という()れ物に満たされた「中身(ちしき)」を吸い寄せる……僕は貴女が僕の知らない知識で満たされるのを待っていたんです。そして、今──」

「あっ……──」


 ハクアくんのサラサラの黒髪が、初めて見る眼鏡を外した澄んだ漆黒の瞳が、そして(かす)かに開いた唇の奥が、いやに黒々としてワタシの視界を浸蝕する。


「……あ、あふっ……」


 あぁ、これが……「中身」を吸われる感覚なのだと理解した。


 ハクアくんの息遣いが荒くなる。ハクアくんにとっても、「これ」は快楽なのだろうか?

 少なくともワタシは感じていた。底から強引に引き上げられて、(とろ)けたような流動的な(かたまり)が、唇を通してハクアくんへと移されてゆく──胸の()くような悦楽感(エクスタシー)を!


「ゴメンね、ミノリさん……僕は、こんな刹那の快哉(かいさい)のために、貴女を利用した……でも、やめられないんだ……自分の中の真っ暗な空間が、ミノリさんのような純白な光を獲り込んだ時、僕は少しの間でも明るく温かなエネルギーに包まれる……もちろん黒は何色にも染まらないから、瞬間変わっても寂しい(にび)色程度だけどね……」


 ──「黒と白を合わせても、灰色にしかならないのにね……」


 憶えている──出逢いの会話の最中(さなか)、ほんの一瞬見せた寂しげな表情を。


 暗黒の宇宙にブラックホールが見えるのは、ガスが摩擦で超高温に達して、光を発して吸い込まれるからだという。

 ハクアくんの中こそが、ずっとからっぽだったんだ……優しいと思っていた筈の笑顔は、あっと言う間に哀しみを帯びて見えた。


 でも、だったら、ワタシは……? ワタシという存在は──!


「ち、がう……よ……」

「え……?」


 再び近付いてきた唇に、そっと指先を触れて。

 ワタシは同じく吐息混じりの声を発した。


「ハクアくんは、鈍色なんかじゃない……黒と白が混ざり合ったら……カフェオレになるの……」

「え……?」


 初めて出逢ったあの時のハクアくんには、ブラックコーヒーよりもカフェオレが似合うと思ったんだ。

 だから、だったら──!!


「ブラックコーヒーにミルクを混ぜたら……カフェオレになるでしょ? だからワタシが、ミルクになってあげる……」

「ミ、ノリさん……」


 あの時はまだまだ甘ちゃんの「ストロベリーミルク」だったワタシも、きっとハクアくんすら知らない博識を、博学を、沢山手に入れた。


 「ハクシキ」「ハクガク」──「ハクア」の「ハク」、「(はく)」のハク。


 カフェオレは厳密に、ドリップコーヒーとミルクの割合が「1:1」に決まっているという。


 アナグラムが生かせるのなら、それが「生きる」のなら──今度はワタシがハクアくんの「半分」を、ワタシの知識(ヒカリ)で構築する!




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