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婚約破棄の後始末  作者: ひろむ
3/3

マクスウェルに呼ばれた私は、彼が執務に使っている部屋へと訪れる。

私が座るよう促されたソファの対面にマクスウェルが座っていた。

彼の目の前にあるテーブルに広がっている書類は、今回の婚約破棄に纏わる資料だろう。

そのマクスウェルの背後には、護衛役としてカーラムが控えている。その横にいる王宮の制服を着ている男性は、今回のことの担当官だろうか。

「後ろは気にするな」

私の視線を感じ取ったマクスウェルは、担当官を紹介するつもりはないらしい。

「フェリシカ嬢とヴェルキンス殿の婚約解消についてだが、学園で実際に二人を知る私が最終的に決定するのが良いだろうということになってね。裁量権が私のところに来たのだ」

「私達のことでマクスウェル様のお仕事を増やしてしまったようで、申し訳ございません」

学園での色恋沙汰の問題だから、学園内で最終的にコトを収めろということらしい。

それと王太子の地位につくマクスウェルの手腕を測るためだろう。

「それでヴェルキンス殿との婚約を解消するとして、君の考えもちゃんと聞いておこうと思ってね」

王宮側では私達の婚約解消は決定の方針のようだ。

その上で私がどう出るのか、試されているらしい。

私はテーブルに置かれた資料に視線を落とす。

「父から王宮には説明があったと思いますけど、説明は最初からですか?」

「ああ、君ができるところから頼む。父君のモードレイ子爵と娘である君の考えが同じとは限らないからな。ここでは君の思うところを聞かせて欲しい」

「優しいお気遣い、ありがとうございます」

もし私がアンディのことが好きで、どうしても結婚したいと思っていればそれが叶うのだろうか。

アンディとユイリーノ、二人に罰を与えたいと願えば実行されてしまうのだろうか。

おそらく、マクスウェルはあちらの二人と私とを天秤にかければモードレイ商会の跡取りの私を取るだろう。

私は発言に気をつけなければならない。

いくらアンディの考え無しの行動に腹がたっていたとしても、私は彼を陥れたいとは思っていない。

「おそらく父から婚約破棄に纏わる条件がそこに書かれていると思います」

説明せよとマクスウェルが望むなら、説明しなければいけないのだろう。

私は用意された紅茶を一口飲み、父と相談して決めたことを語ることにする。

「婚約が破棄されるに当たって問題なのは、我がモードレイ家からヴェルキンス家への融資と借金です」

アンディの祖父の前伯爵は、外交官時代に隣国アントラシアから公爵令嬢を娶った。

隣国のお家騒動の末の結婚らしく、アントラシア王家と公爵家のたっての頼みだったらしい。

結婚を快諾した前伯爵は、妻が不自由なく暮らせるようにと気を配り贅沢な暮らしをさせていた。

そのせいでヴェルキンス家は気付けば多くの借金を抱えるはめになっていたという。

しかし彼らが開くパーティーは両国の親善や社交の価値が高い。

ヴェルキンス家が見すぼらしくすることはできなかった。

そして代替わりして現伯爵、アンディの父親の代になる。

前伯爵の作った借金を返しつつ、その時代を彼らは忘れることはできずにズルズルと同等の暮らしをしてきた。

そして5年前、豪雨による災害が起きる。

国内の広範囲で起きたせいで王宮もすべての領地に援助はできない。

ヴェルキンス伯爵領も多大な被害を被ったが、資金不足の上に復興さえもままならない状況に陥ってしまった。

そこで王宮はヴェルキンス家を救うためにモードレイ家が出資することを思いつく。

伯爵領を担保とした借金の肩代わりと復興資金の援助だ。

それはヴェルキンス家がモードレイ家への借入金となり、逃れられないように私とアンディの婚約が成立した。

「ヴェルキンス領は綿花の栽培が盛んでしたので、製糸工場や染色技術への投資を行い、それが順調に利益を生んでおります。私達の婚約破棄に伴い、商会が投資した工場等の利権からヴェルキンス家を抜くことでの借り入れ金の圧縮、商会完全な名義となった以後は儲けに対して一定の税金をヴェルキンス領へと納めることと考えております」

「モードレイ家は立て直したかの領地が欲しいとは思わないのか?望めば、両家の領地の入れ替えも可能だ」

「それではうちの領民が苦しみます。ヴェルキンス伯爵家の方々にうちの領地を経営できる手腕はありません。現在もうちから派遣された家令が領主代行としてヴェルキンス領を回しております。私はだた婚約を失くしたいだけで、領民達を苦しめたいわけではありません。あくまで貸したお金を返してももらえばそれで良いのです。幸い、綿製品によってヴェルキンス領の財政は立て直せました。このままあと数年もあれば、当初我が家が貸した金額は戻ってきます」

「つまり投資した工場の利権さえ渡せば、婚約の話の元になった借金については精算はできると」

「そうです」

父は私がアンディと婚約を解消したいと考えた時のための準備をしてくれていた。

王宮の仲立ちで貸したお金さえ返してもらえる目処がついていれば、私達が婚約している必要はない。

そのために綿花農家を指導し、工場を建て、製糸技術や染色技術、布の生産とヴェルキンス領の産業を発展させた。

きちんと領地を回せば、うちの借金を返してもやっていけるくらいにはしたのだ。

「利息の代わりにヴェルキンス家から借り受けていたアントラシアとの交易権は、そのままうちが引き継いで良いのでしょう?」

「今更ヴェルキンス家に戻しても両国の交易に支障が出るからな」

「でしたら、我が家が望む条件は満たされております。残る問題は、ヴェルキンス家が個人的にうちに多額の借金をしていることです」

領地から出た利益から領主一族の取り分、それを越えてヴェルキンス家の人間はお金を使っていた。

特にアンディの母親アーリンはパーティ好きで、シーズン中はお茶会に夜会にと様々な催しをしていた。

そのせいで財政は圧迫され、ヴェルキンス家は毎年のように赤字だった。

母子揃って浪費家なのだ。

いくらうちから派遣された家令が財政を管理しても、湯水のように金を使うのだから、瞬く間に借金は膨らんでしまった。

領地の黒字分はヴェルキンス家の足りない分の補填には使わせなかった。

だから領地の収支は黒字でも、領主一族の収支は赤字だ。

「ヴェルキンス家と婚約破棄するなら、うちが結婚準備金として用意した額のお金と商会にツケていたお金、それと借金は払ってもらわなくてはいけません」

ヴェルキンス家とうちの信頼関係は無くなったのだから、お金は貸せない。

いずれ婚家として繋がるからと担保もとっていないので、貸した金が回収できないのが一番困るのだ。

「それとまあ、アンディ様の不誠実な行いからくる婚約破棄ですので慰謝料はきちんといただきます」

「フェリシカ嬢はお金の精算さえされてしまえば、ヴェルキンス殿には未練がない?」

「そうですわ」

ヴェルキンス家で催されるお茶会や夜会に出席して、アンディのパートナーして交流を深めていたけれど、親しい友人というよりは私がアンディの子分のようだった。もしくは金蔓か。

私は欲しい物は自分の商会で買えたから、アンディにねだることもなかった。

そう考えれば、令嬢らしくアンディにデートしておねだりをしていたユイリーノの方が好ましいだろう。

「私は貴族の令嬢である前に商売人です。だから今回のことはある意味仕方ないと思っています。ですから、上手く話がまとまればよいと…」

「それなら君はどうするんだ?」

「私…ですか?」

「君はこれで婚約者はいなくなった。すでに多くの求婚者が君の周囲にはいるだろう?」

「……そうですわね。お相手は商会に利する方…いえ、私が商会長として働くのを許せる男性でしょうか」

女性が爵位を継ぐことはできるが、爵位に伴う仕事は夫が多くすることが一般的だ。

私のように爵位も家業もすべて継いで働く令嬢はそういない。

「でも、しばらくはどなたも選びたくはありません。もし結婚しなければいけないなら、うちの商会の者から誰か夫に迎えてもいいですし、最悪未婚で養子という手もあります」

「フェリシカ嬢」

マクスウェルの真剣な声に俯いていた顔をあげる。

「フェリシカ嬢、私は王子ではなく一人の友人として、君には幸せになって欲しいんだ。だから、幸せを諦めるようなことは言わないでくれ」

「はい…申し訳ございません…」

マクスウェルは本当に私のことを案じてくれているのだろう。

「そもそも君達の婚約は王宮側が強引に結んだものだ。フェリシカ嬢が望めば難しい縁組でも王宮がなんとかするよ」

「……ありがとうございます」

マクスウェルの優しさに、ようやく肩の力が抜けた気がした。


「マクスウェル様の立太子の儀や婚約でパーティーがいっぱいありますから、これから先は自分のことより商会の方で手一杯になりそうなんですよねぇ…」

「そうなる前に誰か良いヤツを見つけてくれ」

「……善処します」

三年生にもなれば卒業へのカウントダウンが始まる。

それぞれの進路への準備期間の色が濃い期間だがらこの間で貴族は婚約者を決めてしまう。

早くしないと良い人はいなくなってしまう。

マクスウェルの心配もわかるのだけれど、どうしても男性と積極的に関わりたいとは思えない。

アンディは私をエスコートすることで、モードレイ商会の関係者や商会へと縁を繋ぎたい人間と挨拶される。

それを自分の功績だとアンディは偉そうにしていた。

結婚すればモードレイ商会が自分のものになるなんて振る舞いは良い気はしなかった。

もし次の婚約者にそんな振る舞いをされたら、と思うとどうしても二の足を踏む。

しばらくは学業と仕事優先でいい、そう思う。

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